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25話「まさかのサレンダーと昼休憩」

『おっとぉぉぉ!? これは一体どうした事だろうかぁぁ!! なんと一樹候補生が花怜候補生に降参宣言(サレンダー)だぁぁ! よってこの試合は四組の司波花怜候補生の勝利ですっ!』


 春のその言葉がスピーカーに乗って辺りに響き渡ると、望六はモニター越しでも見ていて分かった。一樹が降参した瞬間に観客席から応援していた先輩達が一斉に言葉を無くして呆然としていたことに。


 さらに付け加えるなら海外勢達も頭を抱えたり、首を左右に振って悶々としている様子だ。

 これは恐らく一樹のデータが取れなかった事に対しての不満なのだろう。


「まさか一樹が試合開始して十分で降参するとは……。やはり気弱な女性が相手だと駄目か! くっ!」


 望六はモニターに映る項垂れて退場していく一樹を見ながら眉間を抑える。


「愚弟は一体なにを考えている。降参なんぞ言語道断だぞ」


 その横では七瀬が怒りを顕にしているのか彼女の周りには禍々しいオーラが漂っているように感じられた。 

 

 そして彼がなぜ降参したかと言う理由だが、それは対戦相手の花怜が一樹の気迫に押しつぶされたのか急に大泣きを始めたからである。


 一樹はああ見えても女性が流す涙と過度な露出をしている服を着た女性を最も苦手としているのだ。主にそれは彼が持ち前としている純粋さからなのかも知れないが……今回はその純粋さが(あだ)になったのだ。よって彼は泣いている女子相手に剣を振るう事は出来ずに降参を選んだというのが望六の推測だ。


「やれやれ、この対戦相手は組んだ先生方は一樹の弱みをよく知っているようだ」


 肩をすくめて望六が何とも言えない感じで呟くと、背後からは弱々しい足音が聞こえてきた。

 その足音が彼に聞こえたと言うことは当然隣に立っている七瀬にも聞こえているわけで、ここで望六は一樹の死期を悟った。


「よくもおめおめと戻ってこれたな愚弟。お前はこの試合を舐めているのか? これは練習試合以前の問題だぞ」


 七瀬は振り向かずにただ前を見ながらそう言うと、やはり足音の正体は一樹でありその様子は蛇に睨まれた蛙のような状態であった。


「ひいっ!! ご、ごめん姉貴!」


 彼は咄嗟に両手を合わせて謝っているが足元はバイブレーションのように震えている。

 そんな重々しい空気の中、望六は一樹の礼装へと視線を向けると汚れ一つなくあるのは多少の砂埃のあとぐらいだ。その綺麗な見た目が如何に彼が戦っていないかを物語っている。


「姉貴ではない宮園先生だ馬鹿者。ったく……いいか? お前がしたことは敵に命乞いをしたのと同じだ。ここが学園でよかったと思え。でなければお前は背中を貫かれるか心臓を射抜かれてとっくに死んでいるぞ」


 七瀬から言われた事が一樹には刺さったのか顔を下に向ける。


「……すみません宮園先生。次から気をつけます……」 


 その声には覇気が抜けているように消え入りそうなものだった。だが七瀬が言っている命乞いや死ぬという事は不思議と望六はすんなりと納得が出来ていた。それは彼女が元々戦略級の魔術士だからこその発言だからだろうか。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 そのあと一樹の試合を一区切りとして昼休憩を迎えると、望六と一樹は控え室から出て昼食を取るべく休憩室へと向かう事になった。時刻は既に十二時半を超えたあたりだ。

 午後の部はこの休憩が終わったあと第二十七試合目として望六が戦う事になっている。


「まあまあ、そんな気を落とすなよ。七瀬さんはああ言っているがこれは練習試合で本番の”一年魔導対決”までに直せば良いんだから」


 休憩室へと向かう道中で望六が気を使って声を掛ける。


「そ、そうだよな……はぁ……。姉貴に怒られたショックで飯食えないかも……」


 実の姉に顔すら向けて貰えずに怒られると相当堪えるらしく一樹は両肩が大きく下がっていた。

 そして二人は喋りながら別室の前へと着くと、望六は部屋に入った瞬間自らの目を疑った。


「やあ、遅かったね二人とも」

「まったくだ。早くしないとシルヴィアが配給の弁当全部食べちゃうとこだったぞ!」

「なっ!? わ、私はそんなはしたなくないですの! ただちょっと足りないと思ったぐらいですの!」


 何故なら望六達の前には椅子に腰掛けながら、ナタリア、翠嵐、シルヴィア……いいや、その隣には月奈も座っていていつものメンバーが勢揃で弁当を食べていたのだ。

 もっとも望六の視界に映った月奈は一樹みたいに気落ちしている様子だ。


 なんせ箸で掴んでいる海老フライと睨めっこしているぐらいだ。

 こっちも多分だが試合のことを引きずっているのだろう。

 

 しかし望六がざっと周りを見渡した限り休憩室の内装は長机とパイプ椅子が置かれているだけの無機質な広い部屋のようで、他クラスの女子達もここで食事を取っているようだ。


「はぁ……。こんなところまで似るのか? 幼馴染ってやつは」

「ん? なにか言ったか望六?」

「あーいや、なんでもない。それより俺達も弁当食べようぜ」


 何気なく思ったこと漏らすと隣にいる彼には聞こえていたらしいが特に深掘りすることもないだろうと望六は近くの椅子に腰を下ろすと、その右隣の席に一樹も同じく腰を下ろしたようだ。

 

 すると彼らが座ったと同時に奥側に座っていたナタリアが急に立ち上がって、望六の方に近づいてくると流れるように左隣に席に座ってきた。


「……な、なあナタリア? あれだけ翠嵐と死闘を繰り広げていたのに保健室で休んでなくて大丈夫なのか? まあ、それは翠嵐にも言えることだが……」


 望六はその行動に些細な疑問を覚えながらも一体なぜこの場にいるのだろうかと尋ねる。

 本来ならばあれだけの傷を負っていたら今頃保健室で安静にしているはずだと彼は思ったのだ。

 なのにナタリアと翠嵐は絆創膏と包帯を身につけただけの、かすり傷程度みたいな感じで普通に喋っているのだ。


「んーまあ、保健室に運ばれた時は流石に全身が痛くて動けなかったけど。谷中先生が回復魔法を施してくれるとあっという間に痛みが引いて動けるようになったんだよ!」


 ナタリアはそう言って谷中先生の回復魔法に感謝している様子だった。


「そうそう、谷中先生って見かけによらず回復魔法の技術高いよな。あれぐらいの使い手は中国にも居ないかも知れない……。っとまあ、アタシ達のあとに運ばれてきた人達も回復魔法を受けて軒並み歩けるまでには治ってるから保健室で寝ている子はいないよ」

 

 彼女の話を聞いていたのか望六達の正面から翠嵐が弁当を食べ終えた様子で紙パックのお茶を飲みながら言ってくると、どうやら今日の谷中先生はフルで働いているようであたふたしている姿が望六には容易に想像できた。


「な、なるほどな。んじゃ多少無理をして怪我を負っても大丈夫ってことか」


 望六は谷中先生が頑張ってくれるなら多少の傷は問題ないと知ると、だったら次の試合は一組に貢献する為に少しだけ無茶をしようと思えた。


「うんそうだよ。だから血を流しても大丈夫だよ? なんなら流血しても大丈夫だからね!! 寧ろ流れ出した血を僕に……ふふふっ」


 一体なにを想像したのだろうかナタリアは急に血と言う単語を言い始めると、やけにテンションが上がっているように見えた。もしかして彼女はまだ戦い後の興奮が収まっていないのだろうか。

 

「どうしていきなりそんな話になるんだよ。今から飯を食うって時に……」


 弁当の蓋を開けようとした矢先に血や流血という言葉を聞かされると、望六は先程まで湧いていた食欲が下がっていくのを身を持って感じられた。


「あははっごめんごめん。……あ、そうだ僕さ。幾ら回復魔法と施して貰ったと言えど、腕の調子がまだ良くなくって上手くフォークが使えないんだ。だから試合を頑張ったご褒美として望六が食べさせてくれないかな?」 


 ナタリアは笑って誤魔化したのかは分からないが、自分の腕をぷらぷらとさせて腕の具合を見せてきた。確かに彼女はアビリティ魔術を発動するとデバイスを地面に向けて叩いていた事から、腕には相当な負荷が掛かっていることは望六とて直ぐに理解できた。


 だがいくら何でも皆が見ている前で食べさせるのは如何なものだろうかと……、


「だったら手が空いているシルヴィアにでも頼んだらどうだ?」


 そう思って望六は手頃な人を指名して面倒事を避けようとした。


「……僕は望六が良いの。でも、どうしても駄目って言うなら今日寝ている時に忍び込んで吸血「心を込めて食べさせてあげますよナタリア様」……最初からそう言えば良いのに」


 だがしかし、その手はナタリアに通じることはなく挙句の果てには寝込みを襲いに来ると言い出す始末だ。これが何かの冗談なら愛想笑いでもしてやり過ごすのだが、彼女からは有言実行という雰囲気があるからこそ望六は折れて食べさせてあげることにしたのだ。


「はぁ……まったく。そもそもどうして俺がナタリアにご褒美を「あれ~? 誰が無詠唱のコツを教えたんだっけ~?」ぐぬっ、痛い所を突いてきたな……」


 改めてナタリアが何故ご褒美をせがんでくるのかと彼は疑問を抱くと、彼女は小悪魔っぽい表情を見せながら割り込んできた。


 だが望六の視界に映るナタリアの顔にはいくつもの絆創膏が貼られていて痛々しいものだが、逆にそれが何処かあどけなさを感じられて彼の中でやはり美少女というのは正義だと実感した。


「ふふんっ。さ、そんな事よりも早く食べさせてよ。僕は望六達が来るのを待ってて何も食べてないんだから!」


 ナタリアが腕を上下に小さく振って急かしてくるが果たして本当に腕が使えないだろうかと望六は考えたが、これ以上なにか言うと()()もするよとか言い出してきそうだと思い黙って彼女と自分の弁当の蓋を開ける事にした。

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