18話「乙女達は恋の旬」
「そ、それで何で望六君の部屋から月奈さんが出てきたのか知りたいなーって……」
「ぐっ。そ、それは……」
この場合どう答えたら自分は無事に生還できるかと言う答えを導き出す為に望六は光の速さで脳を稼働させた。既に彼の両肩は二人の女子によって力強く掴まれている状況だ。
不思議なのは一体そのか弱そうな手の何処にそんな力強さがあると言う所だ。
しかし今ここでの下手な回答は死に直結すると言って間違いはないだろう。
「ねぇ望六……どうしてなのかな? もしかして僕に嘘を付いていたのかい?」
「おい、この話は一体どういう事なんだよ? ちゃんと説明してくれるんだろうなぁ?」
ナタリアと翠嵐は尚も彼から手を離す素振りはなく、何なら耳元に近づいて小声で言ってくる始末である。けれどナタリアは勘違いを起こしているようだ。
時系列的にはナタリアが帰った後に月奈もバスタオル一枚の姿で自分の部屋と戻っている。
即ち、津坂が見たのはその帰っていく場面の月奈だろう。
「あ、あれはそうだな。色々と訳があって月奈がシャワーを借りに来て……結果的にあれになったとしか言いようができないな……」
だが幾ら言い訳を述べた所で月奈が望六の部屋からあられもない姿で出てきたのは事実な訳で。
それを知っているのは月奈本人と彼の相部屋の一樹ぐらいだろう。
「そ、そうだったんだ。でも月奈さんが部屋から出てきた事実は変わらないから……。の、望六くんは変態さんだったんだね……! ご、ごめんなさいーー!!」
津坂は望六の言い訳を聞くと何を思ったのか急に謝り出すと、その場から逃げるように去ってしまった。
しかし去り際に見えた津坂の表情には心なしか頬に赤みが強く現れているようだった。
「お、おい……待ってくれよ津坂さん……。君が引き起こしたこの状況の後始末をどうしてくれると言うのだ……」
だけどその頬の赤みの意味を考える前に望六は二人の女子の禍々しい気を両脇から感じ取っていて、両足が小刻みに震えるほど恐怖の臨界点を突破していた。
「望六ぅ……ちょっと僕達と、お・は・な・し。しようか? まあ拒否権はないんだけどさ」
「そうだなそれが良い。じゃあ、あの廊下の隅でお話しようか……ね?」
ナタリアが右耳に囁いてくると次に翠嵐が同じく左耳に囁いてきた。
望六は一目散に逃げたくとも足が生まれたての子鹿のようになっていて逃げ切れる自信がない。
それに二人の目は何処に焦点が合っているかすら分からなくて更に彼の恐怖心が煽られる。
彼を見ているようで見ていない。
まるでその視線は内面をだけを見ているような感じにすら望六には思えてくるのだ。
「さあ行くよ望六……ふふふっ」
「楽しい楽しい尋問のお時間だな~。あははっ!!」
二人は奇妙な笑みと声を上げながら腕を引っ張り始めると、望六の耳は確かに聞き逃さなかった。翠嵐が確かにはっきりと”尋問”だと言っていた事を。
「畜生ッ! やっぱりただの話し合いじゃなかったか! 俺に何をする気だ! やめろ離せ!」
二人の底知れない力によって人通りの少ない廊下の隅へと連れ行かれそうになると、彼は一部の望みをかけて一樹達に視線を向ける。
もうお前たちだけが頼りなんだと。頼む、この正気の失った二人から助けてくれと!!
「……ま、まあ。死にはしないと思うぞ多分な」
「私はその場に居ませんでしたので、関係ないですの」
どうやら視線の意図は読み取ってくれたみたいだが、一樹とシルヴィアは巻き込まれたくないのか冷たい感じで容易く彼を見捨ててきた。
……これであと残っているのは月奈だけだ。
というより元々月奈がバスタオル一枚で部屋から出て行ったからこうなっているんだと望六は思うと同時に、ならば助ける義務ぐらいあるだろと確信していた。
「……ふんっ」
「えっ」
月奈は彼に一瞬だけ顔を合わせると直ぐにそっぽを向いて見捨てた。
そしてそれが合図となったのか二人は望六の力が緩んだ瞬間を狙ってた一気に廊下の隅へと誘った。
――それから何があったかは言うまでもなく分かるだろう。
尋問と称した脅迫に近いもを受けてナタリアからは「悪い子にはお仕置きが必要だね」と言われ吸血されかけ、翠嵐からは「望六は胸の大きい方が好みなのか?」という質問をされて正直にはいと答えたら腹を殴られたのだ。
もはや何が真実で何を信じたら良いのか望六には分からない。
彼は軽く人間不審になりかけている状態だ。
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「あー……。何というか凄いげっそりとしているけど大丈夫か?」
「お前が助けてくれたらこんな事にはならなかったぞ。俺はお前の裏切りを生涯忘れる事はないだろうな」
望六と一樹は食堂の一角の席に座りながら話している。
周りを見れば既に何人かの女子グループ達が楽しく会話をしながら昼食を食べているようだ。
まあ色々と起こりはしたが何とか食堂へと無事にたどり着くと彼はナタリアと翠嵐に許してもらう条件としてデザートを一個奢る約束を取り付けたのだ。
おかげでシルヴィアには高いイギリス料理を、翠嵐には中華料理とデザートのセットを、ナタリアにはデザートを一品という具合で彼の財布の中はレシートと小銭が少々だけとなってしまった。
……それでもシルヴィアと翠嵐の奢りは一樹も同じなので割り勘で何とかなった所もある。
これで命が助かるのなら、それはそれで安い物だと望六は割り切るしかなかった。
ああ、女子が甘いもの好きで本当に助かったと。
望六はお菓子を糖分補給の意味以外で食べないから良さが分からないが。
「待たせてしまったか? 私のうどん定食が思いのほか時間が掛かってしまってな」
「いや、そんな事はないぞ月奈。気にしないでくれ」
お冷を飲みながら望六が甘いものについて考えていると、月奈達が料理の乗ったお盆を持ちながら席へと戻ってきた。
彼と一樹はシルヴィア達の奢りで使える金が凄く限られた事で安い牛丼定食しか食べれないから、先に注文してこうして席を取って待っていた訳だ。
ちなみに、お冷は無料だから後でいっぱい飲もうと望六を決めている。
――それから全員が席に着くと恒例の頂きますをしてから昼食を食べ始めた。
暫くして食事の会話が弾んでくると唐突に翠嵐がこんな事を言い出した。
「そう言えば朝一で一樹達の部屋に行ったけど、あんたら二人はもうちょと早く起きた方が良いと思うぞ?」
翠嵐は赤みの強い辛そうな麻婆豆腐を散蓮華を使って食べながら望六と一樹を見てきた。
「そ、そうかなぁ……」
隣で一樹が弱々しく呟く。
確かに朝は弱い方だが、ここ最近は遅刻していなから大丈夫だと望六は思っている。
それより今の望六は翠嵐の食べている真っ赤な麻婆豆腐が気になってしょうがない。
あの赤みは正体は唐辛子系の影響なのだろうかと。
「おい何だその話は。翠嵐は朝から一樹の部屋に行ったのか? それはつまり起こしに行ったと、そういう事なのか?」
月奈が急にうどんを食べる手を止めて睨むような鋭い目付きに変わる。
「ええ? まぁ、そういう事になるのかな……?」
翠嵐は困惑した様子で返事をしていた。
そして月奈のその言葉によって楽し気な昼食は少しばかり雰囲気が重くなった。
「あの、それは立派な”抜け駆け”という所業ではないでしょうか翠嵐さん」
空気が重くなった所でシルヴィアが静かに手を上げて視線を向けて言う。
「えっ!? ぬ、抜け駆け!? それってどういう事だよ?」
翠嵐は一体何のことを言われているか理解できていない様子だった。
そしてそれを横で聞いている望六も翠嵐と同じく、その話の意味はさっぱり分からないでいた。
立派な抜け駆けとはどういう意味なのだろうか。
「はぁ……いいですか翠嵐さん? 私と月奈さんだって一樹さんを起こしに行きたいですの。その方が”彼女っぽくて”良いですからね。でも私達はそれが出来ませんでした。何故なら月奈さんには朝の鍛錬という日課があり時間がないからですの。……であるならば私も正々堂々と戦う為に一樹さんを起こしに行くという”彼女ぽい”行為は必死に抑えていましたのっ!」
……つまりそれは勝手に結ばれた協定みたいな物なのだろうか。
要はシルヴィアと月奈も一樹を起こしに行きたかったが月奈は朝の日課があるから無理で、それを知ったシルヴィアはフェアな条件として一樹を起こしに行くのを我慢していたと。
「ああ、なるほどな。通りでおかしいと思ったのだ。あの一樹ラブ勢達が朝起こしにくるという重要なイベントを発生させなかった理由はそう言う事だったのか」
望六の中にあった一樹に起こりうるラブコメイベントの謎が解明されると、頭の隅の隅にあった灰色のもやもやが少し晴れた気がした。
だけど翠嵐はシルヴィアのその話を聞くと強気な姿勢で、
「だったら二人とも朝起こしに行ったら良いじゃん。それなら正々堂々となるでしょ?」
散蓮華を皿に置いて顔を月奈とシルヴィアに向けて言い放った。
すると月奈はため息を吐いてから口を開いた。
「翠嵐は人の話を聞いていなかったのか? 私には朝の日課が「だったらそれを休日限定とかにすれば良いじゃない。恋が一番の旬を迎えているアタシ達に恋より優先する事は何もないっ!」な、なんだと……!?」
月奈が話している途中に翠嵐が食い気味に割って入ると、その言葉の意味は彼女に深く突き刺さったようで目を丸くして箸を持っていた手が止まってしまった。
「た、確かに言われてみれば私達は恋が旬のうら若き乙女ですの……。翠嵐さんの言っている事には一理ありますの……」
シルヴィアも翠嵐の言葉が刺さったようで自分で乙女とか言い出している。
望六にはその気持ちがさっぱり理解できないが、確かに青春というのを謳歌するのならば今の年齢は旬だと言えるだろう。
「そうだろ~? だったらこの際だし明日から皆で一樹を起こしに行けば問題ないなっ! ははっ!」
「そ、そうだな! 鍛錬の日数を減らせ良いだけだしな! うむっ!」
「月奈さんも参加するのでしたら、無論私も参加しますの!」
何やら望六達を置いて勝手に三人で盛り上がっている様子だが、それはつまり望六も巻き添えを食らうという事だろう。何故なら彼と一樹は同じ部屋だからだ。
しかしこれから幼馴染と、お嬢様と、ボーイッシュ娘が、親友を起こしにくる朝のハーレム展開を横目に起きないといけないのかと望六は少々頭が重くなった。
だがやはり一樹だけいつも良い思いをしていると望六は改めて認識させられた瞬間でもある。
そして少しは自分にもそのラブコメ要素を分けて欲しいものだと。
もちろんだが純愛的なものを彼は望んでいる。
しかしそんな事を口に出したら、横に居るナタリアがきっと黙っていないと望六は分っているからこそ言わない。
「てかさ。盛り上がっている所を申し訳ないけど、もうお昼終わるよ?」
「「「「……あっ」」」」
望六の横で黙々と食事をしていたナタリアがついに口を開くと、それは昼休憩が終わろうとしている事を教えてくれる言葉だった。
「くっ! しまったな……!」
咄嗟に食堂の壁に掛かっている時計に望六は目を向けると、残り時間は五分ぐらいしか残されていなかった。
これ以上の授業遅刻は何としても回避しなければならないだろう。
唯でさえ木本先生に目を付けられている可能性すらあるのだ。
望六はそう思いつつ残りの白飯を一気に掻き込むと、
「ご馳走様でした! すまない皆、俺は先に教室に戻ってるからな!」
ご馳走様をしてから席を立ち上がり食器を返却しに向かった。
「あ、待ってよ望六。僕も一緒に行くよ~」
隣ではナタリアも食器が乗ったお盆を抱えて並走している。
「おばちゃん! 今日も美味かったよ!」
「美味しいplanzoをありがとうございます」
二人はそう言ってお盆と食器を返却口に返すと、そのまま教室へと向かう。
――そして望六とナタリアは無事に時間内に教室へと戻ってくる事が出来ると、
「あ、そうだ。僕もこれから望六の事を起こしに行くからねっ。……だけど僕が起こしに行って望六が寝ていたら、その時は首筋に注意し・て・ね。ふふっ」
ナタリアが意味深らしきことを八重歯を見せながら言ってきた。
どうやら彼はこれから寝坊が許されないようだ。
だけどこれはこれで一種のラブコメなんじゃないかと思えてしまう望六が居るのもまた事実。
例えそれが狂気に満ち溢れていたとしても。
「ああ、気をつけるよ。でもナタリアが起こしに来てくれるのなら、俺の目覚めはきっと良いものになるだろうな」
「ッ……の、望六ってたまにはっきりな事を言って僕を困らせてくる……ね」
彼は正直に思った事を言っただけなのだが、ナタリアにはそれが困るらしく耳を真っ赤にさせながら唇を尖らせていた。それは本当に困っている時の反応なのだろうか。
「そうか? ま、取り敢えず授業の準備だけ先にしとこうぜ」
「……う、うん」
望六としてはこの表情と仕草は普通に可愛くてもっと見ていたかったのだが、流石に次の授業の準備をしなければならないのだ。
二人は自分の席へと向かうと教科書とノートを机に出して、一樹達が無事に授業に間に合うかどうか話しながら待つ事にしたのだった。
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