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17話「イタリア少女は本気」

 あれから望六は自分の教室を目指して必死に走ったが時とは無情なもので、既に授業開始から五分経過していたらしく遅刻判定となり、彼は大勢のクラスメイトの前で木本先生に怒られるとそのまま廊下へと立たされた。


「くそぉ……。いくら弾丸のように廊下を駆けたとしても本物のように早くはならないか……。てか七瀬さんが事前に木本先生に伝えてくれたら、俺は怒られずに済んだのだがな!」


 冷たい廊下に立たされて文句をつらつらと吐き捨てていると、背後からはクラスメイト達の楽しそうな声が聞こえてくる。どうやら今日の普通科の授業は楽しいもののようだ。


「なるほど先生! 月が三十日のことを”西向く士”と覚えれば分かりやすいですね!」

「ああそうだろう。これは別に授業で教える事ではないが、一般常識とてして覚えておくように」

「「「「はい」」」」


 そのような雑学的な知識の言葉が聞こえてくると、今一体教室では何の授業をしているのか望六は気になった。本来なら国語の授業の筈なのだが。


「木本先生は一体どんな授業をしているんだ?」


 彼は今行われている授業を不思議に思って考えていると、突然横の扉が音を立てながら開かれた。


「おい望六、反省は出来たか? いや返事はいらん。さっさと教室に戻って私の授業を受けろ」


 そのまま望六は開いた扉に視線を向けていると、そこから木本先生が顔を覗かしてきて言ってきた。


「えっ? あっはい……」


 それでも木本先生はまだ若干怒っている様子で目を細めながら見てきて、望六は特に返す言葉も浮かばなかった。取り敢えず彼は言われた通りに教室へと戻ると、皆の視線を身に浴びながら自分の席へと向かった。


「ねぇねぇ何で望六は遅刻したの? 何をしていたの?」

「あ、いやぁ……。色々としていたら時間を忘れていてな……ははっ」


 席に座るや否やナタリアが望六の顔を見ながら声を掛けてくると、遅刻を変に疑っているのか眉が不審に寄っていた。

 恐らく彼女の事だから遅刻した原因は女性関係とでも思っているのだろう。


「本当かな? もしその色々の部分が”逢引”とかだったら僕は……望六の足を切り落とすよ? そうすればその女とも会えなく出来るしね」


 ナタリアが急に怖い事を言い出すと彼の心拍数は一気に上昇した気がした。


「なっ!? い、いきなり何を言い出すんだよ!! 逢引とかそんなの……まず俺がモテる訳ないんだから分かるだろ?」


 ……なんだろうか、別に言い訳とかそんなんではないが自分で言っていて無性に悲しくなってきた望六である。

 だけどやはりナタリアは彼の遅刻を”女性関係”が絡んでいると疑っていたみたいだ。

 彼の勘は変な所で当たるから、あまり考えない方がいいのかも知れない。


「……そ、そうだよね。望六の良さは僕にしか分からない事だもんね!」

「そうそう。んで? 前の席のお二人がナタリアに嘘を吹き込んだのかな?」


 先程からこちらの事が気になっているのか一樹と月奈は後ろを振り返っては望六の事とちらちらと見てくる。当然のその視線に気づかないほど彼は鈍感ではないので二人に声を掛けた。


「ま、まあな。でもあんな暗い雰囲気のまま教室を出て行って晴れた顔をして戻ってきたら誰だってそう思うだろ? 最近は望六もクラスの女子と仲が良いし」

「そうだぞ。私も一樹からその話を聞いてこれはもしやと思ったのだ。望六は魔法実技で失敗して落ち込んだ所を、隠れて女子に会って癒されて戻ってきたと!!」


 彼の問いかけに二人は妄想豊かに膨らませた考えを話してくると、望六が隠れて女性に会ってきたと勘違いしていたらしい。一体何をどう考えたらそんな答えに行き着くのだろうか。


 確かにここ最近望六はクラスの女子達も仲は良好だが、別にこれと言った恋愛的な事には発展していない。強いて言うならナタリアからのアピールが凄い事ぐらいだろう。


「はぁ……。お前達二人がそんな事を言っていたら俺は命が幾つあっても足りないぞ。頼むからナタリアに変な事は言わなでくれ。でないと俺は手足かもしくは全ての血を持っていかれる」


 二人にナタリアに対しては冗談でも女性関係の事を言わないでくれと念押しする。

 彼女がさっき足を切り落とすと言った時、あれは冗談でも何でもく本気の声色だった事を望六は知っているのだ。


 それは依然、美優達にも同じ声色で似たような事を言われて実践された事があるからだ。

 ……そしてその時は二日間(祝日)妹達の部屋で過ごすというなの監禁だった訳だが。


「おいそこの馬鹿四人組、私語は慎めよ? 今は私が担当の授業時間だ。次に話声が聞こえたら纏めてペナルティを課すからな。覚悟しておけ」


 木本先生が教科書を向けて強めの口調で言ってくる。


「「「「は、はいっ!!」」」」

 

 望六達は一斉に背筋を伸ばして綺麗な姿勢を維持しながら返事をした。


「あ、危なかったぁ……」

 

 望六は額に滲み出た変な汗を手の甲で拭う。

 危うく再び廊下に立たされて、おまけにペナルティまで課せられてしまう所だったのだ。

 彼としてはまだまだ色々と話しておきたい事はあったが、それは昼休憩まで取っておく事にした。


 ――そして望六達は木本先生から注視されながら国語の授業を受けたが、もしかしたら木本先生は望六達を問題児とでも思っているのかも知れない。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「あぁぁぁ! やっと昼休憩になったな! めっちゃ腹減ったぜ!」


 木本先生による有り難みの深い国語の授業を終えると時刻は昼頃となっていて、望六は自身の胃が空腹であることを実感していた。

 周りでは既に女子達が数人のグループを作って食堂へと向かっている様子も伺える。


「やれやれ、望六とは実に単純な生き物だな。なぁナタリアよ」


 月奈は彼の独り言を聞いていたらしく肩を竦めながらナタリアへと声を掛けていた。


「そ、そうだね。……はうぅ!」


 だがナタリアが返事をすると同時に望六の横からお腹の鳴る音が聞こえてきた。

 彼は何気なく音の聞こえた方に……つまりナタリアの方へと顔を向けると、視線の先には顔を赤くして体が小刻みに震えている彼女の姿があった。

 

「ああ、なるほどな……」


 見た所、やはりお腹の音の出処はナタリアで間違いないないだろう。

 それにナタリアも望六達と同じく実技の授業でかなり魔法を放っていた事から体の消費が激しかったことも考えられる。


「おっと、誰だ今の音は? はっ!? ……ま、まさか月奈がっ!?」

「おい私ではないぞ。それに音は望六の方から聞こえた気がするしな」


 前の方では一樹と月奈がそんな会話を繰り広げている。そして音の出処を探るような会話が聞こえる度にナタリアが挙動不審に体をぴくぴっと反応させている。

 意外な事に彼女にも羞恥心という概念はあるらしい。

 

 だがこのままではナタリアが大恥を掻いてしまう事になる。

 ……それは望六としても何とかせねばならない。


 しかし特段大きな理由がある訳ではない。

 ただ困っている美少女を助けたいと思う彼の気まぐれなのだ。


「ふっ……すまないな。あれは俺の腹の虫だ。という事で教室でいつまでも喋ってないで、さっさと食堂いこーぜー」


 彼は一樹達にこれ以上とない今日一の得意気な顔を作って向けると、


「なんだよ望六からだったのか。俺はてっきり月奈かナタリアかと」

「一樹よ、女子の前で名指しでそれを言うのは些かデリカシーに欠けるぞ。だが望六からなら納得だな」


 一樹と月奈は勝手に信じてくれたようで腑に落ちた様子の表情を返してきた。

 だけど望六なら納得とは一体どういう事なのだろうか、月奈の中では彼は常に腹を鳴らしているイメージなのだろうか。


 だとしたらこれは少しばかり話し合いの必要があると望六が思っていると、


「……あ、ありがとうね望六。庇ってくれて」


 ナタリアが望六の制服の軽く引っ張りながら小声で言ってきた。

 表情はさっきより赤みが落ち着いているようだが、まだ若干恥ずかしいのか目が泳いでいる。


「なに、気にする必要はないぞ。これは単純に俺の気まぐれだからな」


 彼も小声でナタリアに言葉を返す。

 本当にただ単に気まぐれでしてあげた事だから感謝とかは要らないのだ。


 ――それから少しばかり遅れてしまったが昼食を取る為に教室を出ると、廊下の端にシルヴィアと翠嵐の立っている姿が見えた。

 二人は望六達が教室から出てきた事に気が付くと話すのを辞めて一直線でこっちに向かってくる。


「もぅ! 遅いですの四人とも! どれだけ私が待っていたと思いますの!」

「そうだぞ! こっちはお腹が減っているのを我慢して待っていたんだぞ!」


 シルヴィアと翠嵐が望六達に詰め寄ると早々に頬を膨らませながら言ってくる。

 しかしこの二人は怒っていても普通にハムスター見たいで可愛いと望六は不覚にも思えてしまった。


「あ、ああごめんな。色々とあって遅れてしまったんだ……ははっ。許してくれ頼む!」

「主に俺と望六が話していたせいだろうな。……遅れて申し訳ない!」


 望六と一樹は直ぐに手を合わせて謝るとシルヴィアと翠嵐は何か悪いことでも思い付いたのか互いに白い歯を見せて微笑んでいた。


「でしたら誠意として、何か食堂で奢って下さいですの」

「そうだな。それが妥当だとアタシも思うぞ」


 どうやら遅れた侘びとして二人に昼食を奢れという事らしい。

 だがこの提案には些か問題がある。

 翠嵐は望六達と同じで庶民派だがシルヴィアは生粋のイギリスお嬢様だ。


 ゆえに昼食はいつも高級なイギリス料理を食べている。

 ……即ちここで奢ると言う事は滅茶苦茶値の張る料理を奢らされると言う事だ。


 望六は既に中学時代のバイト(新聞配達)で稼いだ金を切り崩して何とかしている状況だと言うのに何という極悪非道な提案なのだろうか。


 だけど待たせたしまった事は事実だ。ここは潔く男を見せる場面だろう。

 望六と一樹は顔を見合わせて涙を堪えながら唇を噛みしめると、


「「わ、わがりまじだ……」」


 そう二人に言って心の中で静かに涙を流した。

 望六は後で口座の残高を見るのが怖くて怖くて仕方がない。


「なんで涙声なんだ?」

「さあ……?」


 月奈とナタリアが横で何かを言っている気がするが、今の望六はそんな事に構っていられない。

 下手したら無一文で学園を過ごす事になるかも知れないからだ。






 ――そして望六達はいつものメンバーで再び食堂へと向かって歩き出すと、


「あ、あの望六君!! 今ちょっと良いかな?」


 その声は突然彼らの後ろから聞こえてきた。

 望六は足を止めて振り返ると、そこには一人の女子が何やら手をもじもじとさせて立っていた。


「あれ、君は確か前の方の席に座っている津坂(つさか)さんだよね?」

「そ、そうだよ! 望六君が私なんかの名前を覚えていてくれるなんて嬉しいな……えへへっ」


 津坂とは彼の言った通り同じクラスで席は黒板寄りの前の方だ。

 それと津坂は身長が低くて長い茶色の髪は三つ編みにして綺麗に整えている。

 芋っぽさで言えば保険室の谷中先生と良い勝負だろう。


「それで津坂さんは俺に何か用事があるのか?」

「そ、そうなの! じ、実は私……見ちゃったんだ。望六君の寮部屋から月奈さんがバスタオル一枚の姿で飛び出していく所を……」


 その言葉を彼女が放った瞬間に望六の右肩にはナタリアの手が重く伸し掛る感覚が鮮明に伝わってくる。


 だがそだけでは終わらず、何なら翠嵐も左肩を掴んできて彼の両肩からは不穏な音が聞こてくる。それはまるで肩の骨が悲鳴を上げているような。

 

「ああ、何でこのタイミングでその話が……」


 震える口で言葉を発するも、その場に虚しく散るだけであった。

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