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閑話「在りし日のイタリア留学―前編―」 

 それは突然な出来事であった。

 望六が中学に入って初の夏休みを迎えようとして心を高鳴らせていると、何を考えたのか学校側が急に短期留学をする為の人材を募ってきたのだ。

 

 無論、夏休み中は家で妹達と過ごすと決めていた望六は留学に立候補することはなかった。

 そして彼のクラスは誰一人立候補する者はいなく、最終的に誰を送るかは多数決となったのだ。

 

 その時の望六は悪友達と呼ばれる親友達と結託して、手っ取り早く英語が堪能な山田に票を入れて終わらせようと思っていたのだ。……だが、この時彼は大事な事を忘れていたのだ。

 そう、結託していた仲間が純然たる悪友達だったと言う事を。

 

 ……その結果。最も票数が入っていたのは望六と一樹の二人だったのだ。

 つまり土壇場で彼は悪友達に裏切られたのだ。一樹に至っては女子からの票数が多かったみたいだ。恐らくイケメンだから取り敢えず選んでおこうとでも思ったのだろう。


 ――そしてその留学が決まってからあっという間に日数は経過していくと、とうとうその日はやってきた。


「ああ、なんでこんな事に……」


 キャリーバッグを引きずりながら空港の真ん中あたりで望六が弱々しく愚痴を吐く。


「ぐちぐち言ってたって今更決まったものは変わらんぞ?」


 その隣ではでは同じくキャリーを引きながら一樹が彼を宥めていた。

 既に時刻は午前八時で望六に至っては朝食すら抜きで空港へと来ている状態だ。


「にしても……あれだな。俺達が二週間ほどの留学に行くって言うのに誰一人見送りが居ないとは一体どうなっているんだ?」


 辺りを見渡してながら望六は呟くが、周りには同じ学校の連中の人影すら見えない。


「しょうがないぜ。なんせ今は夏休み真っ只中だ。月奈も見送りに行きたいと言っていたが居合の試合と重なっていたらしく、俺から遠慮してもらったしな」


 一樹はそれを横から言ってくるが、夏休み真っ只中だからこそ時間があって見送りぐらい来てもいいのではないだろうか。特に望六を短期留学に放り投げた悪友達は。

 

 この留学から帰ってきた際には足の小指を永遠に角にぶつける呪いを掛けてやろうと思うほどに望六は悪友達に対して憎悪の感情しか抱いていない。

 せめて見送りに来てさえいれば結果は違っていただろうに。


 ……と、そうこうしている内にあっという間に一樹が向かうイギリス行きの便が出発予定時刻となった。


「おっと時間か。んじゃまた二週間後に空港で会おうぜ~!」


 一樹が電子提示版を確認してイギリス便のゲートへと向かおうとする。


「おう! ……あ、それと俺から物知らずのお前へ一つアドバイスだ! 向こうの方では()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしいから、何かあったら試してみな!」


 望六は透かさず昨日寝る前にスマホを使って調べた知識を彼へと与えた。

 なぜ調べたかという理由は単純にイギリスと検索したら候補で出てきたからだ。


「おお本当か!? それはナイスなアドバイスだぜ! さっそく向こうで困ったら使ってみるぜ!」


 そう言って一樹は手を振りながらキャリーバッグを引きずると、イギリス行きの搭乗ゲートの方へと向かっていった。

 だけどこの時、望六はなにやら胸騒ぎがしてならなかった。

 彼はイケメンだから向こうで何か問題が起きなければいいが……と。


「さーってと、俺のイタリア行きの便はまだちょっと時間があるなぁ……」


 電子提示版を横目で確認すると望六はそのまま近くに設置されている椅子へと腰を下ろした。

 まだ時間があると言っても、ものの十五分ぐらいしか残っていない。


 しかしこの僅か時間でさえも彼にとっては貴重だ。

 しばらく日本の空気が吸えなくなり、愛しの妹達とも会えないのだから。


「あー……ホームステイ先が普通のとこでありますように。それと先生の話によれば向こうは日本語が堪能と言っていたけど本当に大丈夫だろうか……。こんにちは、ありがとう、とかしか言えなかったら終わりだ。逆に俺が知っているイタリア語なんてブオンジョールノぐらいだぞ」


 望六は独り言をブツブツと呟くと、確かに彼の担任が言っていた限りでは向こうのホームステイ先は日本語が堪能だと言っていた。

 これは一樹の方も同じで、どうやらホームステイさせて貰う家の条件は日本語が話せることらしい。

 

「……はぁ。色々と考えると気が滅入るが、イタリアでは美味しいピザやパスタ料理があると言うではないか。ならば最早それが俺の行動原理となろうぞ!」


 折角向こうで二週も滞在できるのなら最低楽しもうと望六は既にイタリア料理をリサーチ済みなのだ。普段柳葉家では和食といった塩分濃い目の食事しかでなくて、洋食や中華と言った料理が出るのは極まれだ。


「……っとそんな事をしている間にそろそろ出発時刻だな。急いで飛行機に乗らないと」


 空港内でイタリア行きの便が出発時刻になったことを知らせるアナウンスが響くと望六は急いで搭乗ゲートへと向かっていった。向こうに到着するのは午後九時頃になる予定だ。

 

 かなり長いフライト時間なるが望六はそんなに気にしていない。

 約十三時間の旅なんぞ携帯ゲームをしていればあっという間だからだ。

 

「うぉ……これがビジネスクラスの座席か。何か分からんけど凄いという事だけは分かるな」


 彼の語彙力が低い事から分かりにくいが、望六はこれでも選ばれた者として留学へと向かう事になっているからビジネスクラスのシートが約束されていたのだ。

 これは一樹の方も同じで今頃は快適なフライトを満喫していることだろう。


「これなら長時間座っていてもケツが痛くならないな。よし! 早速新作のモンスターをハントするゲームをプレイして時間を潰すぞ」


 バッグから携帯ゲーム機を取り出して電源を入れると、望六はまだ時間がかなりあるというのにゲームを初めてしまった。

 恐らくこのままでは長くても三時間ほどで攻略して一回目の飽きが来るだろう。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 それから望六が長時間のフライトを終えてイタリアの某空港に到着すると、全身は軋むように痛くて凄い気だるさを感じていた。


 やはりゲームは直ぐに終わってしまい外の景色を眺めようにもずっと雲しか見えず、唯一感情が生き返った瞬間は機内食の時ぐらいだったのだ。


「ああ……なんたる拷問だろうか。二度と長時間のフライトはごめんだな」


 イタリアの某空港の待機所にて愚痴を吐くと、周りはイタリア人だらけで望六は本当に異国の地に足を踏み入れたのだと実感していた。


 ちなみにイタリア時間では既に十四時を過ぎたぐらいだ。

 そして彼はこの待機所でとある迎えを待っている状況だ。


 何でもここにホームステイ先の人が迎えに来てくれる事になっているらしいのだ。

 これは本当に感謝に尽きるだろう。

 本来ならば己の力のみでホームステイ先まで行かねばならないからだ。


「あ、あの……。ここに日本の方で白戸望六と言う方はい、居ませんか……?」


 すると彼の正面の方から何ともおぼつかない感じの日本語が聞こえてきた。

 まるでそれは覚えたての日本語のようで、望六には微かに自分の名前が呼ばれた気がした。

 だがそれは気がしただけで確証はない。故に少しばかり状況を見守る事にした。


「あ、あのあの……。ど、ど、どうしょう……。白戸望六くん居ないですか……?」


 だがしかし――

 やはり彼の正面にて困っている少女は自分の名を確かに言っていると望六は理解出来た。

 だけどその少女は見た目が所謂文系少女といった感じで恐らく望六と同い年ぐらいだろう。

 

 紫色の髪は寝癖なのか癖毛なのか至る所で跳ねていて長髪。しかも丸メガネというアンティークな物まで身に着けているのだ。服装は全体的に紫を基調としたワンピースで、この地味な待機所ではかなり浮いていると言ってもおかしくはない。


「うーむ、あれは俺と同じでコミュ障な匂いがするな……っ!」


 望六は彼女の容姿を見て呟くが、このまま声を掛けずに見ていたら恐らく彼女は周囲の奇怪な視線により泣いてしまうだろう。そんな雰囲気があの少女からは見て取れるのだ。


 それに自分の名を呼んでいるという事はホームステイ先の関係者に違いないだろうと彼は判断して、キャリーバッグを引きずってオドオドしている彼女の元へと駆け寄った。


「あのー? 自分が白戸望六ですけど、もしかしてカヴァロッティさんですか?」


 そして彼は自分の素性を話しながら近づくと、彼女は体をビクッと反応させて振り向いた。

 すると彼女は涙目になりながらも、弱々しく口を開いて、


「貴方が白戸望六……さん?」


 綺麗なゴールドイエローの瞳から涙が数滴零れ落ちると彼女は名前を確認してきた。


「は、はいっそうです! 俺の名前を知っていると言う事はステイ先のカヴァロッティさんで合ってますよね?」


 彼はそれに対して頷いて返すと、再度相手が自分のステイ先の人か確認する為に名前を尋ねた。


「……は、はい」


 しかし彼女は日本語を理解するのに少し掛かるのか直ぐに返事はこなかったが、本の間が空くと確かに”はい”と言う返事が望六の耳には聞こえた。

 

 その微かな返事は何とかイタリアと言う国で遭難は免れて、最初の課題ステイ先の人と合流が達成された事を意味していた。


 ……だがここで想定外の問題が発生した。

 望六とカヴァロッティ少女は互いに異国の人で更にはコミュニケーション能力が乏しいとなると、それで話題が尽きてしまって二人とも黙ったまま膠着してしまったのだ。


 望六とてしては一刻も早くこの場から動きたい所なのだが、ここで下手に声を掛けてまた涙目になられるのも余りの気持ちの良いものでない。

 ゆえにここは彼女からの言葉を待っているのだが……。


 どうにもカヴァロッティの方も様子を伺っているのか一向に喋る気配がない。

 寧ろ自分の服の裾を掴んで震えているようにも見える。

 一体彼女の身には何が起こっているのだろうか。

 

 ――そんな互いに喋る喋らないの心理戦のような事を五分ほど待機所の一角にて繰り広げていると、またしても待機所に新たな女性が現れた。

 そしてその女性は辺りを見渡したあと何かを発見した様子でカヴァロッティの元へ近づいてくると、


「大丈夫でしたかナタリア?」

「う、うん……」


 そんな会話が望六の所まで聞こえてきた。

 どうやら日本語で会話しているようだが、突然彼の目の前に現れたカジュアルコーデを着こなした女性は何者だろうか。


 見た目はゴールドカラーの長髪に何処か人当たりの良さそうな表情をしていて、身長は望六より少し低いぐらいだろう。


 望六は思案しながらカヴァロッティとカジュアルな女性を交互に見て固まってるいと、先に動き出したのは向こうの方だった。


「あの、いきなりで申し訳ないのですが貴方が日本から来た短期留学生の方ですか?」


 その日本語はとても滑らかで明らかに覚えたてではない事が伝わってくる。

 

「そ、そうです! カヴァロッティさんの家で二週間程お世話になる予定の白戸です!」


 それから矢継ぎ早に望六が返事をすると、漸くこの心理戦も終わると思い安堵出来た。

 すると向こうは急にスマホを取り出して視線をスマホと望六に交互に向けて頷く仕草を見せると、


「なるほど、確かに送られてきた写真と見た目が一致しますね。失礼ながら私はナタリアの家で家政婦をしています【Alberta(アルベルタ)】と申します。短い間ですがよろしくお願いしますね」


 自分のことアルベルタと名乗って軽いお辞儀をしてきた。

 恐らく事前に送られていた証明写真と一致するかどうか確かめていたのだろう。

 だが望六は写真写りが凄く悪い筈だが……ちゃんと分かったのだろうか。


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 だけど彼はそんな事気にせずに取り敢えず同じようにして頭を下げた。


「……まったく、既に白戸さんと会っているなら車を止めている場所まで案内しないと駄目でしょう?」


 アルベルタは人差し指を立てながら注意するように言う。


「ひぅっ! ……ご、ごめんなさい」


 カヴァロッティは体を強ばらせて謝っていた。彼女のその一個一個の反応が気弱さを表しているようで望六は何とも言えない気持ちを抱いている。


 しかし彼女らの話を聞いて察するにカヴァロッティが望六を車を止めている場所まで案内する予定だったがコミュニケーション能力の問題でそれが不可能になり、アルベルタが中々戻ってこない彼女を心配して今の状況になったと言った感じだろう。


「では早速で申し訳ないのですが、そろそろ車の方に向かいましょう。ここでの立ち話は些か不都合なので」


 アルベルタがカヴァロッティから視線を外すと先程と違って凛とした態度で望六に言ってきた。 


「わ、分かりました!」

 

 その切り替えの速さに彼は驚きつつも確かにこの場での立ち話は不都合だと考えていた。

 だから早めにステイ先に行けるのなら何の問題もない。寧ろ大歓迎と言えるだろう。

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