29話「少年は前代未聞の魔術士候補生らしい」
望六と一樹は覚悟と意を決して談話室の扉を恐る恐る開けて中に入ると――
「遅いぞ貴様ら! 時間の管理がなっていない!」
「「す、済みません! これには海より深い事情がありまして!!」」
やはり当然の如く七瀬は怒り心頭のご様子であった。
しかも七瀬は何時にも増して目つきは鋭く、更には仁王立ちしながら両腕を組んで二人を威圧してくるのだ。正直、これはかなり怒っている時の状態だと言っても過言ではない。
「まぁまぁ七瀬ちゃん落ち着いてよ~。ちゃんと来たんだから大丈夫だよ!」
奥の方から物腰の柔らかいと言うかホワホワした声が聞こえてくると、その人物の正体は直ぐに分かった。そう、月奈の実の姉の水崎亜理紗である。
「……はぁ。お前が一緒の空間に居ると空気が緩くなる気がするな。ったく……まぁいい。そこに座れ二人とも」
「「は、はい……」」
どうやら二人は亜理紗のホワホワした声のおかげでこれ以上怒られることはなさそうだ。
望六は気の抜ける声で定評のある亜理紗に、本当に助かったと感謝の念を静かに胸の内に抱いた。
そして望六達は言われた通りに本革の長椅子に座ると対面には七瀬と亜理紗が座っている状況だ。……しかし今更だが何故この場に亜理紗が居るのだろうと言う疑問が望六の中に生まれた。
「んじゃぁ役者も揃ったし本題に入るよ~。まず望六くんには今から魔力適正を再度受けて貰うよ。私も望六くん達の試合を見ていたけど、無属性使いが雷属性を使えるだなんで前代未聞な出来事だからね~。これはしっかりと検査して結果を示さないと!」
そう言って亜理紗は相変わらず白衣を上に着た水着姿で言ってくるが、その痴女みたいな格好のせいで彼は話が半分しか理解できなかった。
すると亜理紗の隣に座っている七瀬が望六の顔を見て悟ったのか、ゆっくりと口を開いた。
「つまりこの痴女が言いたいのは、望六がなぜ雷属性を使えたのかという原因を調べたいのだ。無論その事に関しては私も同意だ。そして亜理紗は研究や実験も好きでな……。こういう事になると異様にテンションが上がって非常にめんどくさいが、腕は確かなものだから安心して欲しい」
その言い方から察するに今から望六の身体検査を行うと言うらしい。
そこで望六は雷属性を不用意に使ったせいで、段々と面倒事になってきている気がしないでもなかった。
「ってあれ? 俺が呼ばれた意味って何かあるのか?」
一樹が一通りの話を聞いて頷いていると急にそんな声を上げてきた。
「お前はただの付き添いだ。別に居なくても構わないが、あの場に居たからついでにな」
「なんだよそれ……」
その問いに七瀬からばっさりと横から切られると一樹は何処となくしょげている様子であった。
だが変われるのならこの立場を代わって貰いたいものだと望六は少なからず思っている。
検査とか非常に面倒な事しか起きない予感が漂ってきているからだ。
「じゃあちょっと検査用のタブレットを取ってくるから待っててね~」
亜理紗はそう言い残して談話室を出て行くと急に七瀬が望六の方をじっと見始めてきた。
一体なんだろうか、亜理紗が退出したからまた説教タイムの再開なのだろうか。
「お前が無属性だと言うことは幸いにも一組の連中と複数の人間しか知らない事だったから情報封鎖は容易だった。しかし二学年や三学年はお前の事を怪しんでいる。……だからこれから何者かが接触してきも属性の事に関しては何も言うな。それが自分の身を守る為に繋がる、分かったな?」
七瀬は重々しい雰囲気で語ってくると彼の中ではそんなに属性云々は危険視する程の事なのか疑問であった。たかが雷属性を使っただけで、そんな情報封鎖だなんてと言った感じだ。
世界中を探してみれば自分みたいに奴はきっと一人や二人ぐら居るだろうと思うと同時に、七瀬は少しばかり気の張りすぎなのではないだろうかと望六は楽観的であった。
「だ、大丈夫っすよ七瀬さん! たまたま使えちゃいましたとか何とか言って誤魔化せれば何とでも「お前はまだ自分の置かれている状況が理解できないのかっ!!」……えっ?」
それは一瞬の出来事であった。望六が軽い口調で言葉を返すと急に七瀬が立ち上がって彼の胸ぐらを掴んで強めの言葉で言ってきたのだ。
「な、七瀬さん……?」
「いいか良く聞け! お前達はただでさえ希少な男性Aランクなんだぞ! それなのに更に無属性の他に雷属性が使えるだなんて周りに知られてみろ! それこそ世界は……いや、魔導国連もお前を研究対象として捕らえにくるんだぞ!」
七瀬は彼の目を真っ直ぐと見ながら力の篭った声で言うと、望六は自分が考えていた以上に事態は深刻なものなのだと否応無しに理解させられた。
決してこの問題は軽々しく考えていいものではなかったのだ。
「お、落ち着けよ姉貴……」
「……そうだな。少し熱くなり過ぎたようだ」
一樹が横から声を掛けると七瀬は望六を掴んでいた手を離して長椅子に再び腰を下ろした。
だが彼は生まれて初めて七瀬に真正面から怒られた事に動揺を隠せないでいた。
しかしタイミングとは奇妙なもので――
「ただいま~。亜理紗さん再び登場だーよ! ……ってあれ? なにこのお通夜ムードは?」
談話室の扉が勢い良く開かれると亜理紗が片手にタブレット端末を携えて戻ってきたのだ。
だけどこの異様な雰囲気を前に彼女は呆然とした表情を浮かべている。
「何でもない。さっさと検査を進めるぞ」
「……あーなるほどね。さては七瀬ちゃん怒ったねぇ? まぁ何でもいいけど~」
亜理紗は望六と一樹の顔を交互に見て何かを悟ったような顔をすると、どうやら七瀬と付き合いの長い彼女にはお見通しのようだ。
「んじゃ早速検査していこうね~。まずは恒例の適性検査からだね! やり方は……わかるよね?」
「当然ですよ。全ての始まりはこれでしたからね」
望六はそう言うと自慢気に手のストレッチを始めて、ほどい良い感じに緩んできた所で勢い良く右手をタブレットへと翳した。
「おっと、結果が出たみたいだね。どれどれ……?」
「えっ。も、もうですか?」
ストレッチをした効果があったのかどうかは分からないが、本人ですら驚く速度で適性結果が表示されるのは早かった。
そして亜理紗と七瀬は神妙な面持ちでタブレットを覗き込んでいる。
「……チッ。やはり結果は変わらんか」
「うーん。これはより専門的な血液検査やレントゲンとかしないと分かんないかもねぇ。なんせ複数の属性を扱う魔術士なんて前例がないし」
二人はタブレットから視線を外すと七瀬は深いため息を吐いて、亜理紗は右手を顎に添えながら何かを考えているような仕草をしていた。
そこで望六もタブレットを覗いてみるが、やはりそこに映し出されていたのは”無属性”という表示だけであった。
しかし亜理紗は今さり気なく前例がないと言っていたが、もしかして世界的にも自分みたいな存在は居ないと言う事なのだろうかと望六は少し怖気つく。
だとしたら先程の七瀬が言っていた魔導国連が捕まえにくると言う事にも納得がいくのだ。
「ふむ。ならば保健室で大体の検査はできそうだな。よし、今から向かうぞ」
七瀬はその場に居る全員に伝えると今度は保健室に向かうべく望六達は足を進めた。
ちなみに一樹はこのあと月奈と何やら用事があるらしく先に寮へと戻って行った。
だけど七瀬は忘れてはいないだろうか、望六はこれでも一応決闘を終えた直後だと言う事を。
肉体的にも精神的にも疲労が凄く溜まっているのだが恐らく今の七瀬には何を言っても無駄だろうと望六は何も言わなかった。
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「な、なるほどです! でしたら是非この保健室を使って下さい!」
「協力感謝します。谷中先生」
三人は保健室へと到着すると谷中先生に事情を伝えて保健室の器具の使用を許可して貰った。
相変わらず谷中先生は何処となく芋っぽい感じがして、見ているだけで望六は癒された気分になれる。
「それでは早速で済まないが、谷中先生は望六の採血とレントゲンをお願いします。私は今から理事長に事情を伝えに行きますので、何かあればこの痴女に言ってください」
「わ、分かりました……!」
七瀬からこの後の流れを任せられると谷中先生は小さくガッツポーズをしながら返事をしていた。そして痴女という名が定着し始めている亜理紗は、
「痴女ってひどいな~。これ一応私の正装なんだけど!」
と言って胸を張りながらキッパリと言い放っていた。
けれど本当にこの学園は巨乳率が高いと望六は改めて思い知らされる。
どこを見ても巨乳の女性しかいないのだ。
亜理紗のものは規格外に大きく、谷中先生もそれに引けを取らないほどの大きさである。
しかし、この光景は禁欲している思春期の男子には効くものがあるだろう。
なんせ望六は特訓やらで数日ほどエロ系から離れていたからだ。
ゆえに彼は自慢のマイサンが爆発しない内に早く終わらせたい所だった。
だが先程までは七瀬を見ても何も思わなかった事から、やはり保健室というのは望六の中でエッチな場所だという認定を自然としているのだろう。だから雰囲気的に連想してしまうのだ。
そこで望六は『己許さんぞ深夜アニメ達よ! 特に学園ラブコメはな!』と行き場のない文句を心の中で吐き捨てた。
「の、望六くん! 下着だけ残してあとは脱いでくれるかな? 採血とレントゲンがあるからね……?」
すると横からおどおどした雰囲気で谷中先生が声を掛けてきた。
望六は視線を彼女の方へと向けると、本当に見た感じの芋っぽさと言動が凄く田舎娘と言う感じがして最高だと荒んだ心が一瞬で復活した。
「あ、はいっ。そうですね! 了解です」
今日は決闘のせいで体中傷だらけで余り脱ぎたくはないのだが、これも検査を早く終わらせる為だと思えば致し方ないだろうと望六は服を脱ぎ始める。
「うわぁ凄い傷ですね……。やっぱり試合後は皆こんな風になるんですね……。あ、そうだ! この検査が終わったら回復魔法を掛けてあげますね! 少しは痛みと疲労が抜けると思いますから!」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
谷中先生は望六の上半身を見て少しだけ悲しげな表情をすると後で回復魔法を使ってくれると言ってきた。やはり保健室の先生は女神のように優しいようだ。
――それからは検査が色々と始まった。
腕から血液を採取されたり全身をレントゲンでくまなく撮られたりとかだ。
だけどその中で望六が一番不可解だったのは、何故か亜理紗が興奮気味に採血で取った血の入った瓶を眺めたり頬擦りをしていた事であった。
これは以前にも体育館で健康診断を行った時に似たような光景を見たが亜理紗は人の血を見て興奮するタイプなのだろうか。
……いや、そんな人種は流石に居ないだろうと望六は彼女の奇怪な行動を見なかった事にする。
だがそのあと小声で独り言のように、
「うへへ……。これでAランクの秘密をまるっと全部裸に……うへっへへ!!」
と言っていたのが望六にもしっかりと聞こえていて凄く怖った印象だ。
普段から気の抜けた顔と声をしているのに何処からあんな禍々しい声が出るのだろうかと。
それと一応血液の解析は最新機器を使わないと分からないらしいので、亜理紗が担当してくれるらしいのだが本当に大丈夫なんだろうか。望六には一抹の不安がある。
「ではこれで検査は以上となります! 回復魔法をしっかりと使ったので明日には元気に動けますよ!」
「谷中先生……! 本当に色々とありがとうございます!」
望六は椅子に座りながら谷中先生に深々と頭を下げてお礼を述べる。
採血の時もそうだったが谷中先生の医療は的確で凄く丁寧なのだ。
特に痛みを感じると事はなく、体を勞って最小限の行動範囲で全てをやってくれたのだ。
これには流石に感謝の言葉しかないだろう。
だけど亜理紗が採血をしなかったと言う事は……つまりはそう言う事なのだろう。
そして検査が一通り終わるのには二十分ほど掛かったが、いざ全部を終えると意外とあっさりした感じだと彼は思った。
あとは結果がいつ分かるのかという問題だが、これは暫く待つ必要があるだろう。
「さてさて検査も終わった事だし、私は工学科の研究室に戻って望六くんの細胞を隅々と調べるとするよ~。じゃあね~!」
「お、お願いします……」
望六は本当に亜理紗にお願いして大丈夫なのだろうかと不安と不安しかなかった。
しかし、ああ見えても天才の部類の筈だ。きっと大丈夫だと信じるしかない。
「ははっ……。大丈夫だと良いな……はぁ」
保健室から出て行く亜理紗の後ろ姿を見て彼は乾いた声しか出せなかった。
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