16話「工学科の女子は癖が強い」
「なにが起こったんだ……?」
唐突にも目の前で一樹が頬を叩かれる瞬間を目撃した望六は思わずその場で足を止めてしまった。しかも七瀬と一樹はずっと互いに見合って膠着している状態だ。
このままでは再び一樹が頬を叩かれるかも知れないと望六は止めていた足を再び動かす。
「ちょ、ちょっと七瀬さん! 急に何をしているんですか!?」
二人の元へと走っていくと彼は一樹の隣に立ち、七瀬に顔を合わせる。
「見て分からないのか? 叱っているのだ。この馬鹿がイギリス留学生に手を出していた事についてのな。私は恥ずかしい……恥ずかしいぞ。女性に手を出したなら最後まで男としてしっかりと責任を果たすべきだ。そして何よりも腹立たしいのは愚弟がその事について忘れている事だ」
七瀬は凍土のような冷気を纏った眼力で二人を交互に見ながら言う。
だが望六はそれを黙って聞く事しかできなかった。
何故なら七瀬が言っていることは全て正論だからだ。
一樹もその事が分かっているからこそ、先程から何も言わないのだろう。
「いいか愚弟。私は決闘の承諾をする時にあのイギリス留学生から全ての事情を聞いたのだ。だからこそ愚弟が負けて結婚したとしても私は一向に構わん。むしろ責任を取ってこい。……以上が姉としての言葉だ。そして――」
七瀬は先程の凍土のような視線からいつもの無愛想な表情に戻ると、望六と一樹の肩を掴んできた。一体次は何が起ころうとしているのだろうか、話の流れ的に一樹への説教は終わったよに思えるが。
「次は望六も含めてのお説教タイムだ。私は言った筈だ。あれほど海外の女子には注意しろと。なのにお前達は決闘の事を黙ったままで一切報告しなかった訳だな?」
七瀬は目元をヒクつかせながら二人に顔を近づけて言うと、その言葉と同時に望六の肩に強烈な痛みが迸った。
「「うぐっ……」」
横からも鈍い声が聞こてくると一樹も七瀬の握力にやられている事が分かる。
やはり決闘の事は早々に七瀬に伝えとくべきだったと望六は後悔した。
……が、したところで今更何が変わるわけでもない。次回また何か起こったら今回の事を活かす事ぐらいだろう。だが一番は何も起きない事の方が良いという事だ。
「次は無いからな? 気をつけろよ二人とも」
「「は、はい……」」
七瀬は一通りの説教を言い終わると二人の肩から手を離して何やら壁にもたれ掛けてあった魔術デバイスらしき物を手に取り、それを一樹への前へと差し出してきた。
「あね……いや、宮薗先生これは?」
「ふっ、今度はちゃんと先生と呼べたな。これはお前がこれから使う魔術デバイス【雷霆景光γ世代型】私が競技者として使っていた頃の両手剣デバイスを改良して貰い、お前専用に仕上げた逸品だ」
どうやら七瀬が手に持っている魔術デバイスは一樹専用の物らしい。
だけどγ世代とは一体なんの事だろうか、武器によって世代があるのだろうかと望六は手を顎に当てて思う。
見た所そのデバイスは望六が持っている片手剣と作りが似ている。だとしたらこれは恐らく一樹のデバイスも片手剣型なのではないだろうか。しかもあの七瀬が現役の頃に使っていたデバイスが元になっているということは凄い業物に違いない。
「これが……俺の魔術デバイス! 凄く格好良いなぁ!! 早く魔法使ってみたいぜ!」
一樹は七瀬からデバイスを受け取ると早速鞘から剣を引き抜いて全体を眺めている。
その刀身は純白色で体育館の照明を反射させると綺麗な輝きを周囲に放っているようだ。
と言うより凄く視覚に刺さるタイプの光り方をしていて目が痛いまであるかも知れない。
そして七瀬は一樹を見て舌打ちをすると、
「浮かれるな馬鹿者。それは武器だ。ちゃんと授業で使用方法と注意事項を学んでからにしろ、分かったな?」
「は、はい……」
一樹は今日三回目の説教を七瀬から受けると、しょんぼりとした表情をしたままデバイスを鞘に収めていた。
「あと望六は既にデバイスを持っているから受け取りは無しで良いぞ」
「はいっす」
やはり望六は既にデバイスを持っているから受け取りは無しのようだ。
あわよくばもう一個剣を貰って二刀流とかやってみたいと言う気持が彼にはあったのだが残念だ。
「それと礼装についてだが……お前達は事情が特殊だからな。政府支給の礼装を着ることになっているのだが、生憎まだ学園に届いていなくてな。すまないが届くまで学園支給のを着るように」
政府が礼装の支給をすると言う事を聞いて望六は怪しい匂いを感じ取っていた。
恐らくだが政府は男性初のAランクと言う貴重なデータを収集したい思惑があるのだろうと。
……そう考えると、やっていることは学園に来た海外女子勢と何ら変わない。
海外女子勢も初日の方は静かにしているみたいだが、いつ急にハニトラを仕掛けてくるかも分からない。
色々な憶測が脳内で駆け巡るが取り敢えず望六は改めて緩んでいた気持ちを引き締め直した。
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二人は学園支給の礼装を受け取ると後は教室に戻るだけとなったのだが、一樹がどうせなら月奈が終わるまで待つと言い始めたので場所を体育館の端っこに移動して待っている間にデバイスや礼装について話し合う事にした。
そして暫くすると月奈がデバイスと礼装を受け取って望六達の方に走ってくると彼女は一樹の顔を見て不思議そうな表情を浮かべていた。
多分、一樹の左頬に浮き出ている紅葉の跡を見ているのだろう。
「その頬はどうしたんだ一樹?」
「い、いや気にしないでくれ……」
案の定、月奈に頬の事に関して突っ込まれると一樹は力のない笑みを作って乾いた声を出していた。
その不自然な声に月奈はさらに疑問に思ったのか望六の方を見てきたが、一片の同情の余地なしと言った感じで自分の口からは何も言わないと彼は割り切った考え方をした。
「あっ! そう言えば何で月奈は朝起こしてくれなかったんだよ?」
一樹は急に思い出したかのように話題を変えて喋り始める。
「そんな事は知らん。自分達で何とかしろ」
しかし月奈はそんな話題を一刀両断するかの如く切り伏せていく。
何とも微妙な雰囲気が三人の周りを立ち込めていくと、そこへ救世主とも言える人物が話しかけてきた。
「やあ、お馴染みの三人組さん達。今日も仲良く漫才でもしているのかな?」
望六達はその声を耳にすると一斉に声の聞こえた方へと視線を向ける。
するとそこには、気だるい感じで工学科の制服を身に纏った女子が立っていたのだ。
と言っても工学科の制服は魔術科の物とそんなに大差はない。
肩章に書かれているデザインが違うぐらいだろう。
「おお!! その相変わらず気だるそうな見た目と声をしているのは咲じゃないか! どうしてこんな所に居るんだ?」
望六から咲と言われた女子は中学二年頃に同じクラスメイトだった知人で名前は【神凪咲】と言う。
紆余曲折あり望六達とは顔見知りで、その中でも月奈と咲は何故か仲が良い。
「キミは相変わらず失礼な事をずかずかと言ってくれるな。……まあ気にしないがね」
「ふっ、事実を隠した所で意味は無いからな。それよりもその制服を着ていると言う事は……」
望六は改めて視線を咲の全体へと向けて凝視し始めると、黒色の髪は肩まで伸ばしてあり寝癖なのか癖毛なのか分からないが所々で髪が跳ねていて目の下にはもう何日も寝ていないだろうかクマがはっきりと出来ているのが見て分かった。
そして咲は実家が神社と言う事で、その影響なのか髪飾りはちゃんと白色をしている。
「ああ、見て分かる通り私は工学科の一組に属する者だよ。やはり私は神社で巫女をやるより、こうして世の為に……いいや、自分の好奇心を刺激するような物作りをして生きていきたいのだよ!」
咲は両腕を組みながら表情を誇らしげにして語ると、それを聞いて望六はどういった反応をしたら良いか分からなかった。
だけど無反応というのも何か悲しい気がしたので、
「そ、そうか。それは良かったな。ここでなら咲の敬愛する亜理紗さんも居るから天国みたいなもんだろ?」
と言ってさり気なく話の中身を逸らす事にした。
「そうだねぇ。あの天才魔装具エンジニアの亜理紗さんに技術の指導をして貰えるだなんて最高だとも。これなら家を追い出されてこの学園に来れたのは我ながらラッキーと言う物だろうね」
けれど彼が何気なく放った言葉に咲は数倍重たい内容で返してくる。
一体何を仕出かしたら家を追い出される事になるのだろうか。
望六は少しばかり気になったが、とてもじゃないが今は聞ける雰囲気ではない。
「咲よ……。もしかしてまた何か実験と称して親を怒らせたのか?」
だがここで咲と親友の間からだと思われる月奈が踏み込んだ質問を投げ掛けた。
「なっ、失敬だな。別に怒らせた事はないぞ。……ただ私は庭の池の掃除が面倒だと父が話していたのを聞いて、掃除不要の池にする為に薬品を作って投与しただけさ。……まあ副効果として何故か池の水が虹色に輝くようになってしまったが」
絶対にそれが原因と望六は話を聞いて思うと同時に、月奈が右手で頭を抱えている状態を見て普段から咲はそう言う事をやっているのだろうと何となく察しが付いた。
「池が虹色って凄いな……。だけどそれが原因で追い出されたのか?」
先程までずっと黙って話を聞いていた一樹が口を開くと凄い直球的に尋ねていた。
この男には遠慮と言う物がないのだろうか。
……いや、これはきっと彼が潜在的に持っている能天気と言う能力が発動した結果だろう。
「さあね。元々両親は私をお淑やかなで清楚な巫女になるように育てていたらしいが、私が実験や開発に夢中になるようになってからは毛嫌いしているような節があったからね。もしかたら池の件を絡めて追い出す口実でも作りたかったんじゃないかな」
だが返ってきた言葉はまたもや数倍重たい感じの物であった。
望六は両親がいない事から咲の言っている事の意味は理解出来ても心情の部分はよく分からない。
「っと、それよりも良いのかね君達? 既にこの体育館は魔術科の人達は居ないようだけど?」
「「「あっ!?」」」
咲が辺りを見渡してから言ってくると一樹や月奈の顔色が見る見るうちに青ざめていく。
そう、ここで三人が咲と話している間に既に魔術科の健康診断は全て終わり全員が教室へと戻っていたのだ。つまりここで呑気に話し込んでいた三人は次の授業に遅刻寸前である。
「マジかよ!? やべえ急いで教室に戻らねば!! すまないがまた今度ゆっくりと話そうな!」
「ああ、私が暇だったらね。あーあと君の背後に二人の生霊がとり憑いているから気をつけた方が良いぞ」
望六が咲に別れを告げて体育館の出口目指して走り出すと後ろからそんな言葉が聞こえたが、今は授業に遅れたら七瀬と木本先生による説教の方が怖くて手を振って返す事しか出来なかった。
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