15話「姉弟の修羅場」
木本先生に脅されると一組の全員は慌てて教室を出て、体育館へと向かう為に廊下を歩き始めた。望六は重い足どりで視線を周りに向けると女子達は魔術デバイスと礼装が貰えるからなのか皆、和気藹々と話していてその足取りは随分と軽そうに見えた。
「はぁ……。どんどん俺の理想の学園生活からかけ離れていくな……」
決闘を正式に言い渡されて間が空くと改めて実感が湧いてきて、先の事を考えて不安になると彼の口からは自然と愚痴が零れる。
そもそも望六は後ろ盾目的でこの学園に入った節もあるのだが、どうせなら女子が多いこの学園ならではの青春系ラブコメのような甘酸っぱい学園生活を送ろうと密かに思っていたのだ。
……なのに一体どこで歯車は狂ったのだろうかと。
気づけばあれよあれよと一樹のせいで決闘と言う名の公開処刑をされる羽目に。
魔術の基礎も碌に知らない自分はきっとメリッサに蹂躙されて晒し者にされるのだろうと、それは深く考えなくとも望六には理解出来た。そして三年間召使いという苦い学園生活の幕開けも。
「帰りてえよ。もう……お家に帰りてえよ……」
ガラス細工のような繊細な心に亀裂が入る音がはっきりと聞こえると、望六は家に帰って妹達に膝枕されて永遠に寝ていたいと言う漠然とした欲が湧いてきた。
だが無情にもここはWM学園だ。そんな妄想は夢の中だけしか許されない。
◆◆◆◆◆◆◆◆
そして望六は重い足取りで体育館へと到着すると周りでは既に大勢の女子達が視力検査やら血液検査を受けている最中であった。所謂健診断と言う奴だろう。
しかしとある場所だけカーテンで覆い隠されている部分があり、彼はそこが気になってしょうがない。もしかたらそこには上半身を裸にして聴診器を当てられている女子が居るのではいないかと想像してしまうのだ。
「……まあだけど、流石に今は覗きに行くほどの気力を持ち合わせていないな」
望六は誰にも聞かれないだろうと思い歩きながら呟くと、
「おい待て、何が覗きだ? 今の台詞は教師……いや一人の女性として見過ごせないぞ」
偶然にも近くを通り過ぎた木本先生に聞かれていたらしい。
しかもそのまま睨みを効かせながら距離を縮めて来る。
「あっいや……気のせいじゃないですかね?」
彼は予想していなかった出来事に動揺を隠せないが取り敢えず誤魔化す事を選んだ。
ここで間違ってもその”覗き”と言う事実を認めてはいけない。
もし認めてしまったら木本先生は何かしらの刑を執行してくるかも知れないからだ。
なんせ適性検査の時でも初対面でいきなり魔法を使って縛り上げプレイを行う程の女性だ。
その辺はきっと容赦のないものだと考えた方がいいだろう。
「ほう、私の聞き間違いだと言いたいのか? ……だがまあ良いだろう。一度目は未遂として不問にしてやる。だがもしその愚行に及ぶのならば私は容赦しないからな。大勢の女子の前で下着一枚で十字架に磔にされるのはお前も嫌だろう? ふふっ」
「は、はいっす……」
木本先生の含みのある笑みを見ながら望六は少しずつ後退しながら返事をする。
だがやはり木本先生と言う女性は普通ではないのかも知れない。
恐らく何かが歪んでいるのか個性が豊か過ぎるのか、どちらにせよ敵に回したくない人である。
そして彼はその場から逃げるように去ると急いで一樹が立っている列へと向かった。
「よう望六! 随分と遅かったが木本先生と何を話していたんだ?」
望六が急ぎ足で列へと加わると横から一樹が話し掛けてきた。
「まあ色々とな。てかお前は即行で月奈と一緒に体育館に向かいやがったな」
「あ、ああ。月奈からシルヴィアさんについて色々と質問責めされていたからな……。望六を巻き込むのも悪いかと思って」
実は教室を出たあと望六は一樹と一緒に体育館へと行こうとしたのだが月奈と仲良さげに話しているのを発見して、野次馬のごとく見ていたのだがそう言う理由があったらしい。
だけど傍から見れば月奈と一樹はイチャイチャしているように見える筈だ。
その証拠に他の女子達は殺気立った様子で、二人が一緒に歩いている所を見ていたのを望六は知っているのだ。しかしそれについては恐らく本人の一樹と月奈は気づいていないだろうと彼は思いつつ何も言わない事にした。
「あーそうだ。姉貴から伝えとけって言われていた事があったんだ。危ない危ない」
「なんだそれ、普通に健康診断受けるだけじゃないのか? ……いや待てよ? もしかしてHRの時の決闘がどうのこうので説教の話か!?」
「いや説教の話では無かったぞ。単純にこの後の流れについての説明って感じだな。俺達は取り敢えず健康診断を先に終わらせてからデバイスと礼装を受け取りに行く感じらしい」
一樹が七瀬から伝言を頼まれていると聞いて、望六は少し身構えたがどうやら思っていた事ではなく流れの説明だったらしい。
彼はすっかり七瀬に怒られる事に対して怯えてしまっているのだ。
「ああ、なるほどな。確かにこっちはあの大勢の女子達に比べたら、二人しか居ないからスムーズに進むだろうな」
「まあな。月奈も女子達の列を見て面倒い……ってぼやいてた気がするし」
そんな事を二人が話し合っていると診察の準備が整ったのか、
「入っていいよ!」
という何処かで聞いたような声が望六の鼓膜を刺激していく。
……いや、ホワホワと過ぎ去っていくと言う方が正しいかも知れない。
「な、なあ。もしかしてこの中に居る人って……」
「皆まで言うな一樹よ。多分だが俺達の考えている事は一緒で、この中に居る人は間違いなくあの人だ!」
一樹が複雑な表情を浮かべながら白いカーテンの様な物を掴んで言うと、望六はこのカーテンの奥には間違いなく亜理紗が居ると言う事を心中で断言していた。
だがここで一つ問題がある。唯でさえ診察とは聴診器などを使って体に異常がないか確認するのだ。つまり水着姿の女性と合法的に密着する事になる訳だが、それは一樹にとって耐えられるものなのだろうかと。
「もぉ~早くしてよぉ! 何なら二人同時に入って来ても・い・い・よ?」
いつまで経っても入ってこない二人に痺れを切らしたのか中からは色気とは程遠い声が聞こえてくる。そしてその”言葉”を聞いた瞬間に一樹が望六の右腕を掴むとカーテンを捲って堂々と中へと入って行った。
「……はっ!? 一体何が起こったんだ!!」
その一切の迷いを感じられない動きに望六は脱帽していると気付いたら椅子に座らされて腕には採血の時に使うゴムみたいのが巻かれていた。
どうやら一樹は一体一では駄目だが人数が入れば何とかなると思ったらしい。
「んじゃ、ちょっと痛いけど我慢してね~! これも一応は仕事だから、ちゃんとやらないと七瀬ちゃんに怒られちゃうからさ~。ははっ」
「は、はひぃっ……」
望六が声のする方へと顔を向けると、そこには亜理紗が当然のように水着白衣を着て手には注射器を持っていた。それから一樹は……やはり駄目だったのか空いている手で目を隠して妙に緊張している様子だ。
あれでは採血する時に血が勢い良く出てきそうだなと望六は思っていると、一樹の腕に注射器が刺さり器具で固定されたあと亜理紗は自分の方へと近づいて来た。
「お待たせだよ! 次は望六くんの番だよ~。貴重な男性Aランクのデータが詰まった液体、いっぱい頂戴ね!」
と言って彼の腕にも同じく注射器を満面の笑みを浮かべながら亜理紗は突き刺していく。
だが意外な事に彼女は手馴れているのか皮膚を貫かれる時の痛みはそんなに感じなかった。
やはり人は見かけによらずと言う言葉はあながち間違っていないのかも知れないが、やっぱりこんな見た目で訳の分からない言動をしている人は普通に望六としては怖い。
……それから血液を15ml程度抜かれ終わると絆創膏を貼ってもらって、望六が指で抑えながら止血していると唐突にも一樹が口を開いた。
「あ、あの……亜理紗さん!」
「ん~、なんだい一樹くん? 刺した場所が痛むかい?」
亜理紗は二人の血液が入った容器を何やら銀色のケースに大事そうに仕舞いながら返事した。
しかし急に一樹はどうしたのだろうかと望六は隣で首を傾げている。
「あ、いや違います! ……実は月奈が亜理紗さんの名を聞くたび元気が無くなっている様子だったので、少しでもアイツと話をして欲しいかな……っと」
どうやら一樹は月奈の気落ちしていた様子を気に掛けていて、その解決策として彼女の姉の亜理紗に直接話すように頼み込んでいるようだ。
だがそれは余計なお節介なのではないだろうかと望六は話を聞いていて思う。
「うーん、確かにここ数年は会ってないからねぇ。……でも、私が直接会いに行ったら尚更逆効果だと思うよ。それに……おっとぉ? そろそろ次の問診に行かないと時間がなくなっちゃうぞぉ二人とも!」
彼女には何か引っかかる事でもあるのか月奈に会いに行く事に関しては消極的な様子だ。
そして亜理紗が言う通り次の問診に向かわないと時間内にデバイスと礼装が受け取れなくなってしまう。
「お、おい一樹! 急いで次の問診場所行くぞ!」
「……それでも俺は月奈は亜理紗さんに会いたがっていると思います」
望六が彼の腕を引っ張って次の箇所に向かおうとすると、一樹は只管に亜理紗へと顔を向けて真剣な口調でそう言っていた。
――その後は順調に視力検査や体重測定や身体計測をこなしていき、望六の身長が百七十五センチで体重が六十四キロであった事が分かると次はいよいよ本命の”魔術デバイス”と”礼装”の受け取りとなった。ちなみに一樹の身長体重は分からないが体系や見た目も大凡望六と同じである。
「しかし謎だな。亜理紗さんは本当に問診と言うか、そういう資格みたいの持っているのだろうか? ……まあ今更言った所で遅いかも知れないが」
望六が独り言を言いながら歩いていると隣を歩いている一樹には聞こえていないらしい。
そればかりか一樹からは魔術デバイスと礼装に興味津々と言った感じが伝わってくる。
さきほど亜理紗に向けて見せていた真面目な顔つきは何処へやらだ。
それから無論だが、その二つの受け渡しを行っているのは七瀬と木本先生だ。
望六達は受け取りを済ませる為に授与場所に向かうと机の上にはデバイスと思われる武器の形をした物が多数並べられていて、その隣には礼装と思われる体操服に見た目が近い衣服が綺麗に畳まれて置かれていた。
「姉貴! デバイスと礼装を受け取りに来たぞ!」
「姉貴ではない。勤務中は先生を付けろいいな? それとお前達には話したい事がある。こっちに来い」
一樹が爽やかな笑顔を浮かべながら話しかけると七瀬は目を細めて返してきた。
しかもその雰囲気は何処となく怒っているように見えなくもない。
これはもしかしてだが一樹が七瀬を姉貴呼びした事について自分も含めて怒られるのではないだろうかと望六は瞬時に予想した。
例えば「ここは学園だ。教師と生徒の関係を忘れるな」とか言われてだ。
……と言う事はまた彼は一樹の巻き添えで面倒な事に巻き込まれると言うことだ。
けれど代わりと言っては何だが七瀬はちゃんと公私混同を守るタイプだと言う事が判明した。
「はやく来い。そこの馬鹿二人組」
七瀬が人気のない窓際へと歩いて行くと、その場に足を止めて振り返って二人に言ってくる。
「す、すぐ行くよ! まったく何が起こってんだ?」
一樹は返事をすると小走りで七瀬の元へと向かう。
望六はそんな一樹を見ていると本当に自分も行かないといけないのだろうかと言う疑問が湧いてきた。
そこで彼は視線を木本先生に向けてみると彼女は女子達にデバイスを渡しながら時折こっちを見ては苦笑いを浮かべていた。
ついでに「早く行けよ」と言わんばかりに右手の人差し指で七瀬の方角を指している。
「やっぱり行かないと駄目ですか……」
ほんの一瞬だけでも木本先生に頼ろうと思っていたのだが、やっぱりあの七瀬が相手じゃ駄目と言う事なのだろう。
望六は泣く泣く七瀬の元へと向かうと、
――――パンッ!!
その音は手の平で何かを思いっきり叩いたような音であった。
彼は思わず足を止めて顔を音のする方へと向けると、そこには一樹が左の頬を手で抑えながら七瀬を見ていた。
「あ、姉貴……?」
「私は……お前をそんな風に育てた覚えはない……っ!!」
七瀬は怒りを孕んだ言葉を一樹に向けて放つと全身が震えているようだった。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録お願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




