天狗の法螺話(3)
「えーっと、この間はどの辺りまで…。」
闇の魔法使いさんは少し気まずそうに話出します。
「確か、女王様が石室に閉じ籠ったところまでですね。」
「あぁ、そうだったそうだった。それで従者の人に遠眼鏡を渡すんだよね。」
気のせいか、今日の彼はいつもと口調が違う気がしました。
「それで男は一旦女王様の事を諦めるんだけど、そこで配下の人達はこの機会に女王様に引退して貰って、次の若い女性指導者に交代させようと考えるんだ。」
「ふーん…、なんだか冷たいですね。」
私はなんだか女王様が可哀想に感じるようになっていました。
「うん。でもしょうがないよね、ずっと引きこもってる人に国の政治を任せる訳には行かないし……。」
闇の魔法使いさんも落胆の表情を見せながら話を続けます。
「次の女王候補は今の女王様の弟子だった女の子達から決める事になったんだけど。
代表になる娘を選んでいるを最中に、ある事件が起こるんだ。」
「あー、権力争いというヤツですね。誰が一番優秀かで揉めちゃうんだ。」
カノンは腕を組んで自信あり気に言いました。
「その通り。女達がそれぞれ相手の悪口を言い合うんだけど、そこからさらにどの娘がどの男と付き合ってるかとかの恋愛関係が次々と暴露されて行っちゃう。」
私は互いに醜くケンカをしている女性達の姿を想像しました。
そこに男女恋愛の秘密まで持ち込まれたら、まさしくそこは修羅場になるでしょう。
「やっぱり代表になるような女の子って、男達からも人気で何人もの彼氏を掛け持ちしてる娘が多かったんだよね。」
カノンの方を見つめながら、彼は話し続けます。
「それで何股もされていた事に気付いた男達が怒って、女王候補の娘に詰めよるんだけど…、そこへ例の男がやって来て争いを諌める為にある提案をするんだ。」
「へぇ、それは一体どんな案なんですか?」
私は続きを促すように聞きました。
「それは、そこにいるみんなでお祭りをやって女王候補に踊りを見せて貰おうというモノで…、男達を納得させる良い踊りを踊った女性を、次の女王様にしようと彼は言ったんだ。」
踊り……なるほど、女王としてアイドル的な役割も求められる国なのかしら?
…とカノンは思った。
「それで早速舞台や楽器を用意し、女達に踊って貰うんだけど……、浮気された男達は多少綺麗な踊り程度では納得してくれない訳だよね。」
闇の魔法使いさんは眉間にシワを寄せ、少し不満そうに言いました。
「というか、踊り程度じゃ、自分が裏切られた事を許せる人なんていないと思いますよ?」
私は困り顔の彼に対し、率直な感想を述べました。
「うん…まぁそうなんだけど。踊り続ける内に、一人の女性がある思い切った行動に移るんだ。」
と言ったところで、闇の魔法使いさんは一旦話を区切りました。
「…思い切った行動ってどんなのです?」
カノンは続きが聞きたくて彼を急かします。
「それはね、つまり……。上着を脱いで裸になって踊り出したんだって…。」
闇の魔法使いさんは少し恥ずかしそうに言いました。
「ふむ、要するに裸踊りって事ですか…。」
私は自分でも驚くほど冷静に言葉を返しました。
「そう…。それで裸になって踊り出した娘を見て、その滑稽さに男達は笑い出しちゃう訳さ。」
彼はヤレヤレと言った感じで掌を左右に広げ、肩を竦めました。
「でもそれで男の人達は納得して、次の女王様が決まったんですね。」
「そうだね、そして元の女王様は引退して新女王の娘と入れ替わると、臣下に連れられて男の元へとやって来るんだ。」
カノンはそれを聞いてホッと胸を撫で下ろします。
「良かった、これでハッピーエンドですね。」
「まぁまぁ焦らないで、もう少し続きがあるから…。」
そう言って闇の魔法使いさんは興奮する私を落ち着かせます。
「男は元女王に、船に乗って一緒に旅に出ようと誘うんだ。だけど彼女はなかなか決断が出来なくて、弟子の女達に意見を聞いて回る。」
「ふむふむ。」
私はさりげなく彼の横に体を近付けながら話を聞きます。
「ほとんどの娘は元女王が男の元へ行くべきだと薦めるんだけど、一人の弟子が不満そうに口をつぐんでいて、元女王はそれに怒って彼女の口を無理矢理開かせようとしちゃうんだよね。」
(ああ、女王様の気持ちはもうとっくに決まってるんだな。)…とカノンは思いました。
「それで結局、男と一緒に旅に出る事に決めたんですね。」
私はフゥ…、と溜め息を漏らしました。
「そういう事、元女王と男は船に乗って海の向こうへ旅立ち、末長く幸せに暮らしましたとさ……。」
闇の魔法使いさんが話終わると、部屋の中は静寂に包まれました。
「でも……、本当にそれで良かったんですかね?女王様。」
私はそれが気になっていました。
「まぁ……僕も最初はそう思ってたけどさ……、やっぱり恋愛って難しいよね……。」と闇の魔法使いさんも同意しました。
そして二人は同時に溜め息を漏らしました。
「でもさ……。」と闇の魔法使いさんは言います。
「何ですか?」
私は少し期待を込めて彼の方へ向き直りました。
「男は、きっと元女王と旅をしている間も新しい女の子に声を掛けていたんだろうな……って思うと、ちょっと同情するね。」
「あははは……。」
カノンは苦笑いで答えます。
そして、二人は同時に笑い出しました。
「ねぇ、闇の魔法使いさん。」
しばらくして彼女は口を開きます。
「私、彼くんと離婚しようと思うんです、それで貴方のお嫁さんになります。」
カノンはそう言いながら、恍惚とした表情で闇の魔法使いを見つめました。
それに対し、彼は青ざめた顔で言いました。
「ゴメン、カノンちゃん。そんなつもりは無かったんだけど!」
そんな言葉とともに闇の魔法使いさんは掌を合わせます。
「えっ?それってどういう事ですか……?」
私が混乱していると、隣の部屋から声が聞こえて来ます。
「つまりこういう事ですよ。」
扉が開くと、服を着た闇の魔法使いさんが入って来ました。
そしてもう一人の自分に向かって魔法の杖を振ります。
するとカノンの隣にいる方の彼の身体が光に包まれ、その姿がどんどん変わって行きます。
髪は長い金髪になり、その肉体は女性らしいボディラインになりました。
変身を終えたその姿を目にして、私は思わず叫びました。
「マキさん!?」
なんと私が先程まで抱き合っていたのは闇の魔法使いさんではなく、
私の先輩である弦巻マキさんだったのです!
「はは…カノンちゃん久しぶり~。」
彼女は申し訳なさそうに手を振りながら、開いた口が塞がらない私に挨拶をしました。
「な……なんでマキさんがここに?」
部屋には三人の男女の、なんとも言えない珍妙な空気が流れていました。
「要するに、闇の魔法使いさんは私だけじゃなく、マキさんにも同じ昔話を聞かせてたって事なんですね?」
カノンは仁王立ちになりながら、怒った顔で二人を見下ろしていました。
「ごめんなさい、俺がマキさんに頼んだんですよ。この話はきっと、女性の方が上手く伝えられると思って…。」
闇の魔法使いさんはそう言いながら頭を下げます。
「別に悪気があってやった訳じゃないんだよ?ただいきなり私がカノンちゃんと話すのは不自然だから、こういう形になっちゃっただけでさ……。」
マキさんは闇の魔法使いさんを庇うように弁明しました。
そして私は「ハァ…。」と溜め息をつきます。
「それで二人して私の気持ちを弄んだんですか?私の事を尻軽女だって馬鹿にしたいんですか!」
私は顔を真っ赤にして怒ります。
「いやまぁ、尻軽女なのは割とその通りじゃないですか?」
闇の魔法使いは真顔になって冷静に反論します。
「なんですって!」
そう言われて、カノンは自分の頭に血が登って行くのを感じました。
「ちょっと、何余計な事言ってんのよ。」
マキがそう言って彼を肘で小突きます。
「男から見ればそういう風にしか見えないってことですよ!違うというなら、ちゃんと旦那さんが納得するような説明が出来るんですか?」
闇の魔法使いはマキの制止も聞かずさらに反論を返しました。
「違います違います!だって私はずっと不安だったから…、自分に自信が無かったから、でもようやく本当に好きになれる人を見つけたのに、それくらい許されたって良いじゃないですか!!」
私は泣きべそをかきながら二人の前で叫び続けました。
「カノンちゃん…。」
マキは哀しそうな目で彼女の様子を眺めていました。
「とにかく私は彼くんと離婚します!その後、もう一度ちゃんと私に向き合って下さい。」
カノンは闇の魔法使いに詰めよって言いました。
「それはダメです。貴女のメンタル・ケアならいくらでもやってあげますけど、それは旦那さんと夫婦をやる事が前提の話なんだから。」
彼は厳しい口調でピシャリと言いました。
「闇の魔法使いさんは私の事が嫌いなんですか?」
カノンは思いがけず彼に確認します。
それを聞いて闇の魔法使いさんは少したじろぎます。
「カノンちゃん、その質問はズルいよ。」
マキは言い淀んだ彼に変わって咄嗟に反論しました。
「……ごめんなさい。」
不味い事を口にしたと感じた私は不服そうにしながらも、素直に謝ります。
そして少し黙り込んでから、闇の魔法使いとマキさんの方を向き直して言いました。
「お二人はきっと良い夫婦になれますね、では私はこれで!」
私は捨て台詞のようにそう言い放つと、踵を返してその場を後にしました。
そして部屋に残された二人は、恥ずかしそうに話をします。
「カノンちゃんには悪い事しちゃったかな?」
申し訳無さそうにするマキに対し、闇の魔法使いは思い付いたように言いました。
「マキさん、さっきの昔話だけど…やっぱりオチは少し変えた方が良いかもしれませんね。」
「えっ、変えるって…どんな風に?」
マキさんは驚いて闇の魔法使いさんに聞きました。
「うん、だってあの国には大洪水で避難してきた難民が大量にいる筈だと思うんだ。それをほおって自分達だけ外国へ行くなんて無責任じゃないかな…?」
胡座をかきながら闇の魔法使いさんは言います。
「だから、まずは国内を旅して回るべきだと思うんだ。海外の事は、きっとそれからでも遅くはない…と思う。」
闇の魔法使いさんは少し自信なさげに言いました。
「……うん、私もそれに賛成。」
そう言ってマキさんは彼の肩に寄り添います。
(そうだ、これでいいんだ…。前にお母さんが私にしてくれたように。)
カノンは自分にそう言い聞かせながら歩き続けました。
「ただいまーー。」
そうして私は自分の家まで帰って来ます。
「おかえり~。」
そう言って母のリズムが出迎えてくれます。
「お母さん!」
カノンはいきなり母親に抱きつきました。
「!?いきなりどうしたの…カノン?」
「ありがとうお母さん、私と彼くんを結び付けてくれて。」
そう言って私は姉にお礼の気持ちをを伝えました。
「藪から棒に何を言ってるのよ。まっ、アンタもようやく私の有り難みに気付いたみたいね!」
「うん。」
カノンは素直に頷きます。そしてこう続けました。
「私…、彼の奥さんをやってみる。やっと決心が着いたみたいなの。」
「……何か悪いものでも食べたの?」
母は不思議そうに私を見つめました。
「ううん、別に何も食べてないよ?ただちょっと自分に自信が持てるようになった気がするの。」
そう言って私は母親の手を握りました。
「そう……なら良いけど……。」
リズムは少し不思議そうな顔をしながら言いました。
「お帰りなさい、お母さん。」
息子と娘が私を出迎えてくれます。
「やぁ、お帰り。」
そして奥から、彼くんが出てきました。
「うん、ただいま。」
私は笑顔でそう答えます。
「ねぇ、お母さん。」
娘が私に声をかけてきました。
「どうしたの?」
私が聞くと、娘はこう言いました。
「私……彼氏が出来たの!」
私は驚きました。まさかもう娘にそんな相手がいるなんて!と。
しかしすぐに冷静になってこう返します。
「すごいじゃない!でもちゃんと相手の事をよく見てから付き合いなさいね?」
すると娘は嬉しそうに頷きました。
「そう言えば彼くん、少し太った?」
私は彼くんのお腹をさすりながら聞きました。
「あぁ、最近ちょっと食べ過ぎててさ……。」
彼は少し照れながら答えます。
「ダメだよ?もっと健康的な食生活を送ってね?」と私。
「……うん、分かったよ母さん。」と彼くん。
(素敵な夫婦になる為に、私も…もっと頑張らないとね?)
カノンは心の中で、静かにそう誓うのでした。




