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天狗の法螺話(2)

「さて…、昨日はどこまで話しましたっけ?」

翌日、座敷でお茶を啜りながら、闇の魔法使いさんが聞いてきます。

「確か、亀みたいな船に乗って日本へ帰って来たところだったと思いますけど…。」

カノンは俯き加減に湯飲み茶碗と彼を見比べながら答えました。

「そうでしたね。無事に日本まで帰って来た男は、当然自分の妻の元へ向かおうとするんです。しかしその女性は既に国の女王の地位に就いていて、部外者が簡単に会える立場ではなくなっていたんですね。」

私は話を聞きながら、無言でお茶を飲みます。

「そこで男はまず国の人々にこれまでの経緯を話したんです。彼は大洪水の後、船に乗ってずっと旅をしていたのですが、天変地異から皆を救った英雄という事で毎日ご馳走を食べて、お姫様の踊りなんかを見せて貰って楽しく暮らしていたそうです。」

「なるほど、それは良かったですね。」カノンは少し淡白に答えました。

「ええ、ですがその話を耳にした女王様は複雑な心境でした…。自分はずっと男を待ち続けて心を痛めて来たのに、当の本人は毎日楽しく暮らしていたというのですから。

だからつい、少し意地悪な気持ちになって男を追い返してしまったのです。」

「ほうほう…。」私はお茶菓子を食べながら闇の魔法使いさんの話を聞き続けます。

「なので男は、何か手土産を持って行こうと考えます。幸い、男が乗って来た船には大洪水を逃れる為に、様々な珍しい動植物が積み込まれていました。そしてその中には気性が荒く頭に角を抱いた馬のような生き物がいました。」

「えっ、それって…。」私の菓子を食べる手が止まります。

「そう…、伝説の獣『一角獣ユニコーン』です。」

カノンは胸の上にお菓子の食べかすを落としてしまい、慌てて指で救い上げました。

「男はまず女王の息子…つまりは男の息子でもある訳ですが、彼と入れ替わって仮面を被り。船から降ろしたユニコーンに跨がると、献上品だと言って王宮までやって来ました。こうなると女王様も彼に会わない訳にはいきません。」

そこまで聞いて、私は流石に話が出来すぎていると思いました。

「あの…、それってどこまで信憑性がある話なんですか?」

そう質問されて、闇の魔法使いさんは少し困った顔をします。

「あー、そうですね。多少…というかだいぶ俺の考えた脚色も入っていますけど、でも帰って来た男が女王様に会いに行った可能性は高いんじゃないかと思っています。」

「それは、どうしてですか?」

カノンは身を乗り出して彼に詰め寄りました。

「それは、古文書に男に対する皮肉が書き残されているからです。『ずっと海の底の都にいれば良いのに、わざわざ帰って来るなんて愚かな奴だ。』…と。」

私は彼が何を言いたいか少し考えてみました。

「……つまり、その一文は女王様が男に対して言った嫌味だという事ですね?」

「そうです、そう考えると違和感が無くなるんですよ。もちろん俺の主観でしかない事は否定しませんが……。」

カノンはまだ少し納得しかねる気もしたが、それ以上は追求しなかった。

「話が逸れてしまいましたね。それで、男は王宮に向かった訳なんですが……。女王様も男と顔を会わさない為に、ある策を講じました。」

私はそれを聞いて、少し不思議になって尋ねました。

「どうして女王様はそんなに彼に会いたくないんでしょうか?」

その質問に、闇の魔法使いさんはニヤリと笑いながら答えます。

「それはね、恥ずかしいからですよ。」

「はず…。」カノンは言いかけた言葉を途中で飲み込みます。

「女王様は十数年間男を待ち続けて、もうオバサンになってしまっていたのです。だから、年老いた自分の姿を彼に見られたくなかった……。そこで彼女は、自分によく似た若い娘を身代わりにして男と引き合わせる事にしました。」

そこまで聞いて、私はなんだか身体が固くなったように感じました。

「で…でも、そんな事をしても直ぐにバレてしまいませんか?」

「ええ、もちろん替え玉である事は気付かれたでしょう。ですがそこで、男は女王の気持ちを察して一旦は引き上げる事にするのです。」

カノンはそれを聞いて少し悲しくなりました。

彼女にはその女王様の気持ちがよく分かったからです。

「きっと、女王様は影から二人の様子を見守っていたんでしょうね。」

「そうですね、恐らくそんな感じでしょう。けれどその様子を見ていた女王の弟は、どうにか姉と男を再会させてやろうと考えます。」

そう言って闇の魔法使いさんはお茶を一杯啜りました。

「女王の弟は男を手引きして、姉が普段から出入りしている織物小屋へ向かいました。そうして他の若い娘と共謀して、女王と男が鉢合わせするように仕組んだのです。」

それを聞いて私は嬉しくなりました。

「それで二人はようやく再会出来たんですね。」

しかし、闇の魔法使いさんは曇った表情で話を続けます。

「はい。ですが顔を合わせたとたん、女王様はパニックになって叫び出したのです。

無理もありません、苦労して自分の顔を隠していたのに、ついにその年老いた姿を男に見られてしまったのですから……。」

「ええっ、そんな…。」カノンは驚嘆の声を上げました。

「その後、半狂乱になってあちこち走り回った女王様は、硬い岩の扉が付いた石室に閉じ籠って出てこなくなってしまったのです。」

私はその時思いました、これはもしかして自分の事ではないだろうかと。

そして息を飲んで、彼の話の続きを待ちました。

「こうなって来ると、男は流石に後悔しました。一目顔を合わせればなんだかんだで喜んでくれるだろうと思っていたのに、却って彼女を傷付けてしまったのですから。」

カノンはなんだか顔が赤くなるのを感じました。

「そして男はもう女王と会わない事を決め、代わりに自分の持っていた『遠眼鏡』を彼女に渡してくれるように周囲の人達に頼んだのでした…。」

そこまで話すと、男は空になった湯飲みにお茶を汲み、そのまま口に運びます。

「なんだか、切ないお話ですね……。」

私は俯きながら呟きました。

「そうですね…、でもまだ続きがありますから。今日はとりあえずここまでにしておきましょう。」

そう言って、闇の魔法使いさんは席を立ったのでした。

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