蛇の目に化けたカグヤ姫
私は花咲カノン、34歳。三人の子のお母さんと魔法少女を兼任しています。
日頃のストレスでメンタルがボロボロになった私は、友達のマキさん宅…、
もとい彼女が同棲している闇の魔法使いさんの所へ遊びに行くのが日課になっていました。
カタカタカタ…とパソコンのキーボードを叩く音が静かな部屋に響きます。
「うーん…、やっぱり女王AIのプログラムをこのサイズのCPU で再現するのは無理があるか、そもそもマザーコンピューターですら解決できない倫理問題は無視するしかないし……、でもそれだと実用性に欠けるんだよなぁ。」
闇の魔法使いはそう言うと、腕を枕にしてゴロンと寝っころがりました。
「1台じゃあ不可能、なら2台運用を前提するか……?それならお互いがセーフティーになる筈だ……。」
彼はそんな事を呟きながら天井を見つめます。
その時、闇の魔法使いの部屋に誰かが入って来ました。
「やれやれ、何寝てるのよ。」
その声を聞いて、彼は上体を起こして振り向きます。
「ああ、マキさん。お帰りなさい。」
そこには闇の魔法使いの同棲相手である長髪の女性が立っていました。
「うん、ただいま。」
マキと呼ばれた女性は、少し照れ臭くそうに笑いながら答えます。
「ところで、またパソコンで何やってたの?」
そう言うと彼女は点きっぱなしのモニターを覗き込みます。
そこには美少女型アンドロイドの設計図と、書きかけたプログラミングのウインドウが開いてありました。
「なにこれ?女の子のロボット?」
「一応仕事ですよ、変な誤解しないで下さいね…?」
彼は咄嗟に弁明します。
「そうなんだぁ、ふーん…。」
マキは興味深そうに、パソコンの画面をジロジロ眺めていました。
「なかなか可愛いいんじゃない?このロボット。」
そう言うと闇の魔法使いさんは嬉しそうに言いました。
「そうでしょう?結構苦労したんですよ。不気味の谷っていうか、人形の顔の造形を人間から見てちゃんと美人に見せるのって難しいんですよね。」
そのように語る彼の姿を、マキは目を細めて微笑みながら見ていました。
「ところでさ、ちょっと付き合って欲しいんだけど……。」
そう言って、彼女は上目遣いで闇の魔法使いの顔を見つめました。
「…そういえば、マキさん普段から眼鏡なんかしてましたっけ?」
近所のデパートで、彼は買い物カゴを片手にぶら下げながら彼女の顔を指差して言います。
「あー、ちょっと仕事でパソコンとか使ってるせいか、だいぶ視力が落ちちゃったみたいでぇ…。」
衣料品売り場で品定めをしていた彼女は、苦笑しながら彼に答えました。
「そっか、まぁ…こういう時代だし仕方ないですよね。」
「それより…どお?この服、私に似合うと思う?」
そう言いながらマキは見繕った2着の洋服を闇の魔法使いに見せて来ます。
「う、うん…。そうですね……。」
彼は2つの服を見比べながら少し考え込むと、
ハンガーに掛けられた別の洋服を手に取りました。
「デザインは良いけど、色はこの方が似合うんじゃないですか?」
彼はそう言って、マキにその洋服を手渡します。
「うん……確かに、じゃあこっちにしよっか?」
彼女は微笑みながら闇の魔法使いの選んだ服をカゴの中に入れると、そのまま試着室へと向かいます。
「今試着するんですか?」
思わず彼は声をかけました。
「え……?そうだけど、だって折角選んでくれたんだし……。」
マキは不思議そうな顔で闇の魔法使いの事を見つめ返します。
「いや……うん、まぁ良いけどさ。」
「あっ、もしかしてアンタ、私が着替えてる姿見たいの?」
悪戯っぽく彼女は笑って見せます。
「ばっ!?何いってんですか!」
「冗談だよ冗談!もう、マジになっちゃって~。」
そんな彼女の様子に、闇の魔法使いは深い溜め息を吐きます。
「マキさん、何かテンションおかしいですよ……?」
そうして試着室の中で着替えを済ますと、彼女はカーテンを開け、彼にその姿を見せました。
マキは手を後ろにやると、恥ずかしそうにモジモジしながら闇の魔法使いを見つめます。
そんな様子を怪しげな目で見ていた彼は、腕を組みながら彼女に尋ねました。
「マキさんもしかして、好きな人でもできたんですか…?」
「えっ……!?い、いきなり何言い出すのよ!?」
マキは顔を赤らめながら目を丸くして言いました。
「いや……さっきから何か様子が変だし、それに貴女からそういう話ってあんまり聞かないですから……。」
彼はそう言ってマキに笑いかけます。
「……うん、実はそうなんだ。」
すると彼女は少し俯きながらそう答えました。
「……そっか!どんな人かは知らないですけど、良かったですね!」
そうして彼は嬉しそうに頷くのでした。
「さぁて、他に買いたい物が無いなら、そろそろ帰りましょうか。」
しばらくしてそう言うと、闇の魔法使いはデパートの出口に向かいます。
「えー、もうちょっと見てこうよー!」
その後をマキが文句を言いながら付いて歩きました。
「ダメですよ!今日はカノンさんが来る日なんですから。」
「……カノンちゃんなら、今日は来ないよ…?」
そう言って私は不適に笑います。
「えっ?なんでマキさんがそんな事知って……?」
彼は驚いた様子で彼女に尋ねます。
「だから、もう少しだけ付き合ってよ……。」
そう言い終わるが速いか、マキは素早く闇の魔法使いに抱き着き、唇をぶつけます。
ほんの数秒、互いの唇が触れ合ったかと思うと、彼は後ろへ身を引き……その口を手で拭いました。
「あっ…まさか、そのオレンジの眼鏡……。」
そう呟くと彼は妹の手を引き、物陰の通路まで連れて行きました。
「アンチ・マジック…」「アンチ・マジカル☆チェンジ!」
闇の魔法使いが呪文を唱え終わる前に、私は変身解除の魔法を使います。
そうしてマキの姿は光に包まれ、その奥から別の女性の姿が浮かび上がりました。
「えへへ…、バレちゃった♥」
そう言って正体を現したカノンは、ペロリと下を出します。
「一体、どういうつもりですか…。」
闇の魔法使いは低い声色で言いました。
「幻滅しました?同棲相手に化けて纏わり付いてくる女なんて。」
私はジトッとした目付きで彼を見つめます。
「…何かあったなら、話を聞きますよ。」
闇の魔法使いさんは心配そうな顔で私に言いました。
それに対し、カノンは無言の返事を彼に返します……。
「はぁ…。こんな場所じゃなんですから、少し歩きましょうか。」
そう言って彼は通路の外へ向かい、私もそれに付いて行きました。
デパートの外は初夏の陽気で、街路樹に繁った緑の葉が風に靡いています。
そんな街道を、私達は二人で歩き続けました。
「あっ、あの……。」
やがて痺れを切らしたのか、闇の魔法使いさんが私に話し掛けます。
「もしかして……俺の事……嫌いになりました?」
彼は目を伏せて申し訳なさそうに言いました。
そんな様子の彼に私は笑いかけます。
「ううん、嫌いになんかならないよ……。」
その言葉に安堵したのか、彼はホッとした表情で顔を上げました。
そして続けて、思い付いたように鋭い言葉を投げつけます。
「じゃあ、まさか俺の事を好きになっちゃったとか。」
それを聞いて、私は思わず足を止めそうになりました。
「ふふふ……冗談ですよ、冗談。」
そう言って闇の魔法使いさんはクスクスと笑います。
「えっ……、もう!びっくりさせないでよ……。」
そんな様子を見て、私も思わず笑ってしまいました。
そうしてまたしばらく歩いた後……私達は小さな公園に辿り着きます。
カノンと闇の魔法使いはその公園のベンチに腰掛けました。
「ねぇ……闇の魔法使いさん。私の一生のお願い、聞いてくれますか?」
私は空を見上げながら彼に声をかけます。
「な…なんでしょう?」
彼は少し緊張しているようでした。
そんな闇の魔法使いさんに、私は真っ直ぐな笑顔で言いました。
「この世界の全てを救う、そんな素敵な魔法を作って下さい。貴方なら……、
それが出来る気がするんです。」
そのカノンの言葉を聞いて、彼は表情を曇らせます。
「買い被り過ぎですよ…、俺はそんな大層な人間じゃない。」
そうして彼は目を伏せ、下を向きました。
「いえ……貴方ならきっと出来ます、私が保証しますよ!」
「え……?」
彼は驚いた顔で、私の方を向きます。
「だって貴方は、私の事……ちゃんと見てくれるんですもの。」
私は彼の目を見つめて言いました。
「……!」
カノンの言葉を聞いた闇の魔法使いは、何かに気が付いたようにハッとします。
そんな様子を横目で見ていた彼女は、少し悪戯っぽい笑顔をして見せました。
そして私の表情を見て安心したのか、彼は緊張を解きゆっくりと口を開きました。
「……分かりましたよ、じゃあ俺にも一つ条件があります。」
「はい、なんでしょうか?」
カノンはベンチから頭を着き出して闇の魔法使いさんの方を向きます。
「これからも、貴女の歌を俺に聞かせて下さい。そうすれば、俺も貴女の為に頑張れると思います。」
それを聞いて、私は死んだ魚のような目で固まりました。
「それは……、無理です。」
彼女はまるで無感情なロボットのように答えます。
「えっ?……なんで?」
彼は落胆した様子で尋ねました。
「……言いたくありません。」
カノンは頬を膨らませながら返事をします。
「そっか……、うん……分かりました。じゃあ仕方が無いですね……。」
闇の魔法使いは残念そうに俯きました。
「ごめんなさい……。」
私はそう言って不貞腐れたように彼に謝るのでした。
「……ただいま~。」
「あっ、おかえり―。遅かったねぇ。」
闇の魔法使いが家に帰るとマキさんが出迎えてくれます。
「はぁ……。」と彼は大きく溜め息を吐きました。
「どうしたの?疲れた顔して?」
マキは男の横顔を眺めながら言いました。
「どうもこうも…、失恋したんですよ。」
闇の魔法使いはフラフラと家の中へ入ると、力なく右手を上げて背中で語ります。
「ふーん……、いつもの事じゃない。」
「俺をフーテンのトラさんみたいに言わないで下さい!」
彼は少し苛ついたように答えると、自室に戻り、ベッドに横たわるのでした。
「やれやれ、あれはカグヤ姫だったか……。」
そう言うと闇の魔法使いは、まだ構想途中だった新しい魔法の呪文について思案を巡らせるのでした。




