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番外編③ FIREヴァレンシュタイン駅通り魔事件

 2024年8月18日、この年に開業した欧州高速国際鉄道のヴァレンシュタイン駅にミュンヘン始発のヴィーナス430号が到着したのは、予定より10分ほど遅れた午後6時3分のことだった。欧州高速国際鉄道にはFIREという愛称が付けられている。ラルス・アトレゼーは降車してきた乗客たちを改札口で待ち受けてナイフで切りかかり、ガソリンを撒いてライターで着火した。


 血と炎を見た人々はパニックになった。騒然とする現場に消防と救急が到着したのが午後6時19分、警察の到着は同20分だった。駅員や乗務員の迅速な初期消火によって駅舎への被害は最低限に留められたが、乗客4名が死亡、19名が重軽傷を負った。アトレゼーは一連の犯行を終えると自らナイフを投げ捨て、警察に身柄を拘束された。現在、アトレゼーは裁判の開始を待っている。


 当初、人々はアトレゼーがテロ行為に及んだものと推測した。ロシアによるウクライナ侵攻が長期化し、いつヴァレンシュタインに飛び火するかと誰もが恐れていたのだ。また、犠牲者の中にユダヤ人をルーツにもち、車椅子テニスのヴァレンシュタイン代表としてパリパラリンピックに出場予定だったボリス・ゴルトベルクが含まれていたことからヘイトクライムの可能性も指摘された。


 しかし、実際の取り調べでアトレゼーが語った犯行動機は民衆の予想とは違ったものだった。アトレゼーは新型コロナウイルスのパンデミックに伴う景気悪化の煽りを受けて2021年に失業しており、以降3年に渡って定職に就けない日々が続いていた。生活に困窮する中で自身を救済しない政府や施しをしようとしない市民に憎悪を抱くようになり、復讐心から犯行に及んだのだという。


 犯行動機が明かされると、インターネットやSNSを中心として世論は2つに分かれた。身勝手な理由で4名もの命を奪ったアトレゼーに憤る者と、重大な犯罪者を生み出す環境を作り出した政府、ひいては現代社会に失望する者である。現代の教育制度、思想犯罪の取り締まり、果てはヴァレンシュタインが独立国家として存続する必要性の有無など、飛躍した極論にまで言及する者も少数ながら存在した。


 実際にヴァレンシュタインは他国と比較して新型コロナウイルス感染症への対応に関する遅れや誤りが多かったとする世論調査の結果もある。アトレゼーは意図的にせよそうでないにせよ犯罪が社会を動かす声になり得るかという問いをヴァレンシュタインに投げかけた。犯罪によって社会が変わることへの是非が問われている本事件は、まだ解決を見たとはいえないだろう。




 開業から僅か2ヶ月ほどで悲劇に見舞われたFIREヴァレンシュタイン駅だが、駅利用客の線路への転落や列車との接触事故など危険な事象が数多く発生している。真新しい設備に利用客が慣れていないことも理由のひとつではあるだろうが、ホームドア設置が予算不足により断念されるなど、計画段階での失策も指摘されている。ヴァレンシュタインは選挙の投票率が年を追うごとに低下していっているが、国家予算の用途について国民が監視することも、アトレゼーのような犯罪者の出現を防止することに繋がるのかもしれない。

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