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8.戻りたい理由はなんですか?(少女視点)


日が暮れて涼しくなった街には屋台が出始め、市場は日中よりも活気づいていた。

戸渡くんはまるで現地の人のようにスイスイと人の流れにのっていく。


(わぁ、綺麗!)


屋台には見事なガラス工芸や凝った紋様のランプが吊るされ、夕陽でキラキラと反射している。

異国情緒あふれるエモな光景にうっとりしていると、小声で注意される。


「よそ者だと思われるから、あんまりキョロキョロしないほうがいいかも。王宮の警備ですら手薄だったから、城下は治安が悪い可能性が高いし」


慌てて黒いマントを深く被りなおしたところで、屋台のおじさんに声をかけられる。


「あんたたち、今から神殿に行くのかい。なんでも聖女様の召喚に成功したそうじゃないか」


(ま、まずい!!)


焦る私の横で、戸渡くんがにこやかに受け答えをする。


「耳が早いですね、もう噂になっているんですか」

「あぁ、神殿の自警団が見回りのときに話してたからな」

「自警団が?」

「あぁ、自警団が情報源なら確かだろ。王城の兵士は何もしてくれねぇが奴らは頼りになるからな」

「神殿は救済医院も開放してくれているし、ありがたいよな」

「それに比べて今の王は勝手に戦争を始めておいて重税に徴兵に、酷すぎる」

「聖女様が来てくれたなら、この国もよくなるに違いねぇ」

「これで戦争が終わるといいな、今日はお祝いだ!親父、麦酒をくれ!」

「聖女様に乾杯!」「神殿の召喚成功に乾杯!」


周りの人々が盛り上がり、次々と聖女への期待を口にする。


(この人たちにとって聖女って……希望だったのか)


悪政に苦しめられている人々がみせる明るい笑顔をみて、心に苦いものが広がる。


「行こう」


戸渡くんに促され、喧噪から逃れるように裏道に入る。早足で進む戸渡くんの背中を追いかけるが、足が鉛のように重い。


「これでいいのかな」


思わずため息と一緒に吐き出すと、戸渡くんが穏やかな顔で振り返った。


「ん?」

「逃げだしちゃって本当に良かったのかな。何か私にできることあったんじゃ」


思い悩む私に、戸渡くんは首をかしげる。


「異世界でできること?界渡りの掟は、しってるよね?」

「おきて?そんなワード聞いたことすらないよ」


そういうと目の前の少年は、額に手を当て小さくうめいた。


「いわゆる異事不介入ルールだよ」

「いわゆる……とは?」

「自分の世界とは関係のない、異世界のトラブルには立ち入ってはいけない。当然、異世界の文化や政、人の生死にも一切関わってはいけない」

「そうなの?」

「そうだよ。異なる理を持つ世界に、異邦人の俺たちは手を出してはいけない」


戸渡くんは、お人好しそうでいて、意外にあっさりしている。


「異世界のことは、そこに暮らす人々の手で変えていかないと意味がないんだ。人知を超えた力を借りれば、必ずどこかで破綻する」

「破綻?」

「例えばそうだな。以前、異世界に聖女として召喚された女がいた。彼女はその世界と相性が良かったらしく、どんな病も治癒する力を持っていた」

「おぉ、チート展開!」

「彼女は貧富に関係なく人々を癒し、赤ん坊のくしゃみすら、すぐに力を使って治した。一日も休むことなく働き続け、やがてその世界からは怪我も病も消えた」

「心優しい聖女だったのね」


困っている人たちを放って、異世界から逃げ出す自分とは大違いだ。


「うーん、それはどうかな」

「どういうこと?」


尋ねると、戸渡くんはマントの下で苦笑いする。


「彼女の死後、多くの人が病に倒れ、その世界の人類は絶滅しかけた」

「えっなんで?!」

「世界から免疫がなくなったんだ。病にかからなくなった人類は抗体を持たず、ただの風邪が命取りになったんだ」

「あっ」


それはなんというか、聖女の力の代償が大きすぎる。


「聖女に頼り切っていたせいで医療技術も衰退していて、結局、聖女召喚前の水準に戻すのに倍以上の年月がかかったとか」

「そんな。聖女がせっかく治してきたのに」

「案外、聖女と呼ばれた女性は、自分の死後どうなるか分かってたんじゃないかな」

「え?」

「病を執拗に治癒しつづけたのは、身勝手に自分を召喚した世界への復讐かも」

「まさか」


そうだとしたら、悲しすぎる。


「そんなわけで、異世界には介入してはいけないという大原則があります」

「なるほど。異世界のためにも、私たちは干渉してはいけないのね」

「まぁ契約と対価があれば話は別だけどね。今回俺たちができるのは早く元の世界に戻ることだけだ」


戸渡くんの淡々とした声に、ざわついていた心が落ち着いていく。


「早く戻ろう!」


ニコリと頷き歩調を戻した戸渡くんに、ずっと疑問に思っていたことを尋ねる。


「ねぇ。どうしてそんなに異世界に詳しいの?」


戸渡くんは少し困ったように肩をすくめた。


「俺、昔から異世界に飛ばされる機会多くて」


嘆く声からは、転勤を嘆くサラリーマンのごとく哀愁が漂う。


「そ、そうなの?」

「この世界は初めてだけど、似たような世界には何度か」

「あー、えーと、流行ってるよね異世界?チートとかスキルアップとか!」


私のフォローに戸渡くんは静かに首を振る。


「俺みたいな凡人が異世界に迷い込んでも、ただの不審者、下手すりゃ珍獣。見世物小屋に何回売られたっけな…」


戸渡くんは遠い目で夕陽を眺める。


「それでも毎回、元の世界に戻ってるんだ」

「異世界にそのまま居つくと世界の均衡が歪む原因になるし、俺には元の世界に帰らないといけない理由があるからね」


ふと、声に切なさが混じる。


(帰りたい理由?家族とか大事な人……もしかして恋人とか?)


ドキドキしながら聞く。


「帰りたい理由って?」

「トイレにウォッシュレットないと無理なんだよね、俺」


そんなケツ事情知りたくなかった。


「だから死ぬ気で日本に戻ってる」

「そうですか」

「春休みに獣人の世界に飛んだときは戻るのに半年もかかって、お尻の危機を感じたね」

「そう……ってあれ、半年?計算合わない」

「ほんとになにも知らないんだね」


春休みから1か月しか経ってないのにと首をかしげると、戸渡くんは驚いている。


「異世界は時間の流れが違うんだよ。異世界の一日が元の世界で一分のこともあるし、逆もある」

「えっ、それって、浦島太郎みたいに元の世界に戻ったらおじいちゃんとか?!どうしよう!!」


青ざめると、大丈夫だよと優しくなだめられる。


「元の世界ではまだ数分しか経ってない」

「どうしてわかるの?」


戸渡くんは、マントの影から変わった形の時計をこっそり見せてくれる。

∞マークのように配置された、黒と白の2つの時計盤はそれぞれ違う時間を指している。


「黒い盤面の時計が元の世界の時間、白い盤面は今いる異世界の時間」

「へぇ」

「異世界に来るとスマホも普通の時計も狂うんだけど、この時計だけはどの世界でも元の世界の時間を刻み続けるんだ」

「マジックアイテムだ!」

「うーん、うち家系的に異世界体質らしくて、これは母さんの形見らしい」

「そ、そうなんだ」


(もはや情報量が多すぎて、つっこめないな)


「まぁ、いくら元の世界で時間が経っていないとはいえ、一か月も異世界にいたら元の世界の記憶は曖昧になるし、戻ってきたのがテストある日なんて最悪だよ」

「うわ、たしかに」

「異世界転移はむしろ戻ってからが本番だよ」

「遠足よりしんどいね」


完全に陽が沈んだ街は、聖女召喚を祝う人々でますます賑やかになっていく。

人混みをぬけると、神殿がみえてきた。

固く閉ざされている神殿の門に近寄ると、黒マントを着た門番が声をかけてくる。


「今日は大きな神事があったから関係者以外は通せない」

「少しでいいので入れてもらえませんか?!」

「礼拝なら明日また来なさい」


門番はシッシと手をふり、とりつく島もない。


「どうしよう、こっそり塀を登るしかないかな」

「俺に任せて」


戸渡くんはそういうと、胸元から星形のチャームを取り出した。


「私たちは神官長様の遣いで参りました」


(あれ、神官長にもらってたやつだ)


門番がチャームを目にした瞬間、態度が軟化する。


「たしかに神官長様のものだ。見慣れない顔だが」

「はい、以前に地方巡業にいらしたときに弟子として認めていただきました」

「そうだったか。では入りなさい」


通してもらえると気を抜いたちょうどそのとき、後ろから蹄の音がした。



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