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7.嘘は上手なほうがいいですか?(少女視点)



「聖女様、お水をお持ちしました」

「ん…?」


扉のノックで目を覚ます。頭がモヤがかかったように重い。


(うたた寝しちゃったのか)


気付くとベッドの上に寝かされていた。なんとか身体を起こしたところで、こちらの返事も待たずに扉が開く。ずかずかと部屋に入りこんできた黒いマントの人物に、思わずムッとして声を荒げる。


「あの!出て行ってください!」

「俺だよ、遅れてごめん」


フードをとると、疲れた顔をした戸渡くんが現れた。頬に引っかき傷ができている。


「ほっぺた、どうしたの?」

「話はあと。とにかくここから出よう」


(はーん、美女に引っかかれたか。ハーレム野郎ざまぁみろ)


「立てる?」

「なんかぼーっとしちゃって」

「あのマントに染み込んでた薬、強かったもんなぁ。揮発したの吸い込んじゃったみたいだね」

「薬…って蜂蜜酒のこと?女官達がやたらすすめてきたから、飲んだふりしてた」

「ずいぶん強い睡眠薬が入ってたみたいだ。まぁそのおかげでこっちは助かったけど」

「助かった?」

「あぁ、マント返しとくね。洗ってきたからもう大丈夫だと思うよ」


黒いマントを頭から無理やりかぶらされる。

ぼんやりしている間にも戸渡くんはてきぱきとベッドにクッションを詰め、人型に整えている。


「あとこれ、眠気覚ましになるから」


先ほどのタブレットケースの反対側の口から出てきたのは、白い錠剤だ。

口に放り込むと刺激でピリピリする。


(うっわ、なにこれ。超強力ミントじゃん)


でもおかげで意識がしゃっきりしてきた。


「ヨシッ、いつでもいけるよ!」

「今なら見張りの兵士が少ない。使用人に紛れて城の通用口から脱出しよう」

「りょーかい!!」


準備運動で体をほぐしていると、戸渡くんにベッドサイドにあるガラスの水差しを持つよう指示される。


「これ持ってくの?全力疾走するのに邪魔じゃない?」

「手ぶらじゃ怪しまれるから。あと全力疾走はしません」

「そうか、正しいランニングフォームなら水をこぼさず走れるってことね?」

「だから走らないでってば」


戸渡くんは扉を少し開け左右を確認すると、静かに部屋を抜け出した。

王宮の赤じゅうたんの回廊を早足で歩く。

どこまでいっても似たような風景で、方向感覚が狂ってくるが、戸渡くんは迷いない足取りで進む。


「こっちが出口でいいの?」

「多分ね。この王宮はよくある間取りだから退路はなんとなくわかる」

「よくあるって」

「ちょっとあなたたち!」


女性の声に振り返ると、年配の女官が怪訝な顔でこちらを見ていた。


「どうして神殿の人間がここに?」

「神官長より、聖女様の身辺をサポートするようにと。先ほど水差しの交換をして参りました」


戸渡くんがしれっと真実を混ぜた嘘をつく。顔を見られないよう慌てて正面に水差しを掲げてみせると、女官は納得した様子だ。


「ちょうど聖女様のご様子を見に行こうと思ってたのよ」

「もうお休みになられたようで、声をおかけしても起きませんでした」

「そう、ヘレナの報告通りね。ならこのまま戻るわ。今夜は宴で忙しいのに、なぜか騎馬たちが逃げ出して中庭の花を食い荒らしてるもんだからお妃様がお怒りで。使用人総出で連れ戻してるのよ」

「私たちはこのまま聖女様についていますので、ご安心ください」

「人手が足りないから助かるわ。ヘレナが戻るまでよろしくね」

「はい」


ヘレナと名乗った黒髪のメイドを思い出す。


(私がいなくなったら、ヘレナは責められるんだろうか)


小動物のような少女に、ちょっと申し訳なくなる。


「明日は国民へ向けて聖女様のお披露目よ。その前に聖女様のお付きの男は処分するみたいだから、地下には近づかない方がいいわ」

「承知しました」


(処分?!まさか殺すってこと?)


固まった私の横で、戸渡くんが淡々とお礼をいうと、女官は忙しそうに立ち去った。


「俺たちも行こう」


処分と聞いても顔色一つ変えない戸渡くんを、小声で問い詰める。


「ねぇ!どういうこと」

「あぁ騎舎の騎馬を逃がしておいたんだ。家畜の檻も開けておいたから今頃大パニックだろうな」

「いつそんな工作を。てか、ハーレムは?」

「ハーレム?」

「美女に囲まれて鼻の下伸ばしてたじゃん。黒髪のお姉さんとイイ感じだったし」

「あー、あのヤル気満々なお姉さんね」

「おいおい、まさかのハレンチ展開か?」

「誤解!!」


戸渡くんが青い顔で震える。


「あれ全員、暗殺稼業の方々だからね?」

「そうなの?」

「体つき見たら一発でわかるでしょ、あの暗殺者特有の発達した大胸筋」

「そんなスポーツ感覚で暗殺やってる知り合い身近にいないからわかんないよ」

「鍛えた上腕二頭筋をゴリゴリに押し付けて牽制してくるし」

「いや、押し付けたかったのは別の柔らかな部位だったと思うけど」

「ハーレムどころか狩人に囲まれたキツネの気分だったよ」


戸渡くんはがっくりと肩を落とした。

美女の爆裂グラビアボディより筋肉のつき方が気になるとは、なんとも残念な少年である。


「その状態で、よく逃げてこられたね」

「マントに染みこんでた薬使ってちょっとね」

「ふーん」

「疑われないようマント投げてくれて、助かった」


マントを投げつけたのは、美女に浮かれている姿に本気でムカついてただけなのだが、黙っておこう。


(異世界ハーレムを楽しんでたわけじゃないのね)


ざわついていた心が、少し落ち着く。


「あのさ。異世界いきり野郎とか、思っててごめんね」

「異世界いきり野郎?!え、なに……刺客より女子高生の本音がこわいんだけど」

「でも、どうして暗殺なんて」

「聖女に夫がいるなんて不都合極まりないからだろ」

「ねぇどうして夫婦なんて嘘ついたの」


疑問を口にしたところで、ハッとする。


(自分の身を危険にさらしても、私を守るためか)


宴席で向けられた気持ち悪い視線を思い出し、身震いする。


「ありがとうね」

「いきってる?俺、異世界こなれた感じでいい気になってる恥ずかしい奴?」


思いやりがこそばゆくて小声で御礼を言うが、戸渡くんは暗い顔でぶつぶつ言っている。

歩くうちにいつの間にか足元の赤い絨毯はなくなり、廊下はどんどん殺風景になっていく。


「使用人棟にはいったね、このまま通用口から出よう」


使用人たちとすれ違うたびにヒヤヒヤするが、皆こちらに目を向けるものの、すぐに忙しそうに通り過ぎていく。出口には甲冑をきた兵士が立っていたが、騎馬を外に出さないほうが重要らしく、すんなり通された。


戸渡くんは足を緩めることなく、人が多いにぎやかな市街地のほうへ向かう。

雑踏に紛れて角をいくつか曲がった後、ようやくため息をついた。


「誰かついてきてる様子はないな」

「やったー!脱出成功!案外あっさり出られたね」

「ウーパーイーツと同じだよ」

「ん?」

「自分のマンションの廊下を知らない人が歩いていたら警戒するけど、ウーパーのリュック背負ってたら出前かと思うだろ」

「たしかに」

「今回は、リュックが黒いマントってこと。神殿の人間なら出入りしていても不思議はない」


黒マント万能だな。


「えーと、召喚された神殿はどっちだろ?」

「なんとなく覚えてるから大丈夫」

「え?」

「来るとき目印になりそうなものチェックしてたから」


馬車から見える光景に気を取られていた私とちがい、戸渡くんはちゃんと道順を記憶していたらしい。


「徒歩だと30分はかかりそうだけど。歩ける?」

「うん、脚には自信がある!」

「あ、あぁ、たしかに綺麗な足でした」

「そーゆー意味じゃなく!!」


なにかを思い出すように宙を見る戸渡くんをにらみつける。


「こ、こっちだよ」


異世界人とはスムーズに会話していたくせに、急にギクシャクと動揺しながら戸渡くんは歩き始めた。




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