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4.異世界交流は大事ですか?(少女視点)


揺れがひどい馬車の中で、隣の戸渡くんはぼんやりと窓の外をみている。


(これからどうするんだろう)


王宮に行くと言っていたが、嫌な予感しかしない。


向かいに腰掛けた老人はこちらをニヤニヤと見ていたが、やがて興奮が抑えきれなくなったのか大声で喋りだした。


「実に素晴らしい!ついに召喚に成功したのだ!神が我々の願いを聞き届けてくださった!」


こちらの迷惑そうな様子には気にもかけず、自分の台詞にうっとりとしている。


「召喚って。一体どういうことですか?ちゃんと説明してください」

「あなたは聖女としてこの国を救う名誉が与えられた。神に選ばれたことで、あなた自身も救われたのだ。我らがヌッシー神に感謝なさい」


会話にならない。自分の正義を信じて疑わない煌々とした瞳が不気味だ。


(勝手に人を呼び出して、なにを無茶苦茶な……)


思わず怒りがこみ上げ、言い返そうとすると戸渡くんの穏やかな声に遮ぎられる。


「あなたは神殿の偉い方なのですか?」

「私は、セダカヤ神殿のカタマアーイタ神官長だ」

「これはこれは神官長様でしたか。セダカヤ神殿というのは、先ほどの大きな神殿ですか?」

「その通り。この王都の中心に位置する大陸最高峰の神殿だ。私は歴代の神官長が成し遂げられなかった召喚の儀に初めて成功したのだ」


戸渡君は目を細めると、時計を隠している左手首を握りしめた。


「召喚は初めて……ですか。この国には他に異世界人はいないのですか?他国で召喚したという噂を聞いたことは?」

「歴代最高の神力をもつ私でさえ聖女召喚の陣を組むのに何十年もかかったのだ、他国が異世界人を召喚できるわけがないだろう」

「……そうですか。それは偉業として名が残りますね!」


戸渡くんが愛想よく持ち上げると、老人は自慢げに鼻を鳴らした。


(戸渡くん、少し残念そう……?)


「神官長のような方が信仰されている神様は、さぞかし素晴らしいのでしょうねぇ」

「もちろんだ」

「ぜひ祈りの言葉を、私にも教えていただけませんか」

「よろしい。信仰はすべての人に開かれている」


そういうと神官長は、大きく息を吸い込む。


「ムーリクンーコ!チューシムーリク!スイラーレカ!バンビビ!ンハゴリク!セイッ」

「ムーリクンーコ…スイラーレ…」


お経のようなものを息継ぎなしで唱え始めると、戸渡くんが熱心にブツブツと復唱する。


「リピートアフターミィッ!!ムーリクンーコ!チューシムーリク!セイッ」

「ムーリクンーコ!チューシムーリク!」」


老人と戸渡くんの掛け合いはだんだん盛り上がりをみせ、ラップバトルのように馬車の中で反響している。最悪すぎる。


(これなんなん。戸渡くん、異世界楽しんでないか?)


どこか裏切られたような気分で黙り込み、窓のカーテンを少し開けて外の様子をうかがう。


背の低い石造りの建物を白い太陽が照り付け、布やマントで全身を覆った人々が市街を行きかっている。中世RPG的な風景だが、砂埃と道行く人々の疲れた顔がこれは現実だと物語っている。


(本当に異世界なのか……)


絶望しながら揺られていると、急に馬車の揺れが収まりスピードが落ちた。


「おぉ、王宮についたな」

「神官長様。召喚いただいた記念に、なにか証をいただけませんか」

「証?」

「この素晴らしい奇跡に感謝したいのです」


戸渡君の言葉に上機嫌な老人神官は頷くと、腰ひもについていた星型のチャームを差し出した。


「これは私の弟子たちに渡しているものだ。お前にもやろう」

「ありがとうございます!大事にします」


戸渡くんは両手で受け取り、最も格の高い祈りとかいう小指を立ててアゴにあて腰をくねらす謎のポーズを教わっている。


(すっかり仲良しじゃん。やっぱり私がしっかりしなきゃ)


即席師弟コンビにあきれて馬車を出ると、目の前には美しく壮大な宮殿が立ちはだかっていた。


(アラビアンナイトのお城みたい!)


圧倒されていると、あれよあれよという間に謁見の間に通された。

見上げるほど高い豪華な玉座には、大きな宝石をつけた悪趣味なオヤジが座り、露出度の高い女性たちに囲まれている。


(わ、髪がライム色にショッキングピンク!これぞ異世界って感じ)


これまでマント姿の人ばかりで気付かなかったが、黒い髪の毛は珍しいのかもしれない。


神官長は喜色満面で報告をはじめる。


「陛下!こちらが異世界からの召喚に成功した聖女、ポンポコ・タヌキです」

「まさか本当に召喚に成功するとは……ご苦労だった」

「ありがたきお言葉」

「聖女よ、表をあげよ。ふむ、なかなか綺麗な娘だな。横の男はなんだ」

「夫だそうです」

「なに、夫だと?」

「えぇ、そのせいで聖女に触ると大事なところが使い物にならなくなるとか…」

「なんだそれは。まぁよい、聖女よ。我が国は隣国と大儀ある戦いの最中である。戦争で傷ついた民を、そなたの力で癒してほしい」


(戦争…?!)


「わ、私にはなんの力もありません。私は、聖女なんかじゃないです!」


声が震えたけれど、きっぱりと否定する。


「そんなわけはない!召喚は成功しております!」


神官長の言葉に、思わず立ち上がる。


「召喚って、こんなのただの誘拐じゃないですか!帰してください!」

「帰る?何を言ってるんだ」

「まさか、元の世界に戻れないの?!」

「当たり前だ。この素晴らしい神の世界になんの不満がある」

「そんなっ……!」


怒りで目の前が真っ赤になる。


(もう家族にも、友達にも、会えないってこと?)


生まれて初めてこみ上げる負の感情で頭が爆発しそうになった瞬間、涼しい声がした。


「陛下、発言をよろしいでしょうか?」


張り詰めた空気の中、顔色一つ変えず戸渡くんが手を挙げた。


「なんだ」

「聖女の拝命は大変名誉なことですが、妻は急なことで動揺しています。少し二人の時間をいただけませんか」


そう言うと、戸渡くんは例の人の良さそうな笑顔で微笑んだ。


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