2. 自己紹介はだめですか?(少女視点)
【少女視点】
いきなり目の前がまぶしくなって、階段を踏み外す。
(落ちるっ!!!)
身構えるが、いつまでたっても衝撃が来ない。
それどころか大きな光の渦に巻き込まれたように身体が旋回している。
(グルグル気持ち悪いよぉ!!何が起こってるの?!)
まるで洗濯機に放り込まれたようだ。
フラフラと手探りで固いものに必死に抱き着くと、耳元で少し低い少年の声がした。
「転移が始まったら、目を閉じてすぐしゃがまないと。倒れて頭を打ったら大変だよ」
(転移?な、なんのこと……?)
よく分からないまま、言われた通り身体をキュッと丸める。
強烈な浮遊感に耐えること体感にして1分、どこかに到着したようで揺れが収まった。
身体を起こそうと身じろぎすると、再び落ち着いた声がする。
「まだ目を開けない方がいい。光で目をやられるとしばらく動けなくなる」
もう大丈夫、と言われてからゆっくり目を開けると、ぼやけた視界に同じ高校の制服を着た少年が映った。
私より少しだけ背の高い、人のよさそうな、眼鏡をかけた少年。
(E組の戸渡くん、だよね)
彼は私のこと憶えていないだろうけど。
霞む目でぼんやりと見上げていると、戸渡くんは赤くなる。
「悪いんだけど……手、離してもらえる?」
「え、わわ、ごめんなさい!」
コアラのように全力でしがみついていたせいで、シャツも皺になってしまっている。
(恥ずかしい!!顔が熱いわ……いやこれ実際熱いな)
なんだか蒸し暑く、立っているだけで汗ばむ。
あたりを見回すが、霧のような白い煙に包まれてよくわからない。
「ここは……?そうだ私、階段から落ちたはずじゃ」
「どこだろうねぇ」
戸渡くんはうんざりした様子でテキトーな相槌を返すと、ため息をつきながら腕まくりをした。
左手首に現れたのは、2つの時計盤が八の字に配置されている見たことのない形の腕時計だ。
「出発時間は17時59分、今日中に帰れるかなぁ」
今夜はカレーなのに、とぼやくと戸渡くんは眼鏡を外し、制服ブレザーの胸ポケットにしまう。
(どういうこと?)
この非常事態と思わしき状況でも、戸渡くんは眉一つ動かさず平然としている。
私の視線に気づくと、戸渡くんは困ったように笑う。
「あぁ、これ伊達メガネ。ほら文化レベルによってオーパーツ扱いされるから」
「オー…?そうだ、スマホ!誰かに連絡を!」
我に返り、慌ててポケットの中のスマホを探るが、圏外だ。それどころかーーー
(現在時刻、00:00ってどういうこと?時間がエラー表示になるなんて見たことない)
「私のスマホ、壊れてるみたい」
「あぁ。電波入らなくても、電源切っといた方がいいよ。アラーム鳴るとトラブルになるし」
「マナーは大事だよね!ってなんの?」
「異世界に着いたらまず携帯電源オフ。異世界転移の初動マナーだよ」
異世界?なにをいってるの?
「ごめん追いつけない。えっと、私たちどうしたのかな」
スマホを持つ手が震える。
(ダメだ、落ち着け自分!そう、四百メートルトラックをイメージするんだ!)
フトモモの裏を叩き、真っすぐなコースを頭に思い浮かべると少し冷静になる。
「うん。まずは自己紹介かな。私は1年F組のま……」
「わーわーわー!!!!!」
名前を言おうとすると、すごい勢いで唇を人差し指で塞がれた。
「ひゃにっ!?」
「しーっ、今、もしかして名乗ろうとした?!ここで真名を言うなんて正気?!」
(まな?名前のこと?)
目の前の戸渡君の気迫に、コクコク頷く。
「異世界で名前を残したら、一生跡が残るよ!!」
「えーと、デジタルタトゥー的な?」
「どっちかってとマイナンバーカード?個人が特定しやすくなって異世界と紐づいちゃう」
「異世界……」
「異世界きたらハンドルネーム、これ常識」
状況がのみ込めず目を白黒させていると、まさかという顔で戸渡くんが固まった。
「もしかして異世界転移、初めて?」
「い、異世界?!!わたし、異世界に来ちゃったの?!」
「わぁ、その新鮮な驚き!!」
お互い混乱していると、霧の向こうから怒号のような歓声が響いた。
「聖女召喚に成功したぞー!!!!」
「天に我々の祈りが届いたのだ!!」
徐々に霧が晴れていく。
(ここは、ドームの中?)
黒いローブをきた数百の人々がズラリと整列し、妙なポーズでこちらへ祈りを捧げている。
私たちはどうやら祭壇のような壇上にいるらしい。
足元には見知らぬ文字で書かれた魔法陣が広がり、陣を取り囲むように蝋燭の火がゆらめいている。
暑いはずなのに、なぜか背中に冷たい汗が流れる。
「な、なにこれ」
「このパターンかぁ」
へなへなと座り込む私をよそに、戸渡くんは場内を一瞥してつぶやいた。
「旧式魔方陣によるスタンダードな聖女召喚だ。言語の互換性はあるし、初心者向けで良かったね」
こちらへサムズアップした戸渡くんに向かって叫ぶ。
「異世界転移とか、しらんけど!!!」