12.どこにでもよくある聖女召喚
陽が落ちてきた参道に、二つの影が並んで伸びる。
「これからあの国どうなるのかな」
ポツリと隣の少女がつぶやいた。
「あのまま、なにも変わらないまま、戦争も続くのかな」
(勝手に召喚してきた異世界の心配なんて、お人よしだな)
自分が去ったあとの世界を気にしている様子の少女に、少し考えてから口を開く。
「今回必要だったのは聖女本人ではなく、聖女を召喚したという事実だ。いなくなっても問題ないよ」
「どういうこと?」
「聖女という駒が手に入ればよかったんだ、王国のパワーバランスをひっくり返すために」
よくある話だけど、ツバサはピンとこなかったのか、きょとんとしている。
「俺たちは王と神殿の権力争いに利用されただけってこと」
「えーと?王宮と神殿は仲が悪そうだなとは思ったけど」
「おそらく今は王権のほうが優勢。王が勝手に戦争を始めたというから独裁状態なんだろう。ただその戦争で疲弊した民衆の治安を守り、生活に寄り添っているのは神殿だ」
「たしかに、みんな王様の不満を言ってたけど、神殿には感謝してたね」
「すでに国民の心をつかんでいる神殿側は、王権に対抗する大義名分がほしかった」
「大義名分…それが異界の聖女…!?」
ツバサは驚いた顔をする。
「そう。神殿は聖女を神の遣いとでも謳って、聖女を祭り上げるつもりだったんだろう」
肝心の神官長は自分の力を誇示したいだけで、何も考えてなさそうだったけどな。
自警団の団長が、神殿側の実質的な権力者とみた。
「戦争で傷ついた人を癒すために聖女を召喚したんじゃないの?」
「表向きはね。でも本当に必要なのは聖女本人ではなく、『聖女』という王に匹敵する正当な権力だ」
「そんなことのために、異世界から帰れなくなるところだったのね」
「まぁ権力者主導の聖女召喚なんて、蓋開けてみれば大体そんなもんだよ」
「ふぅん……?」
隣の美少女は腕組みをして首をかしげている。
「幸い、聖女の顔を見た人間はわずかだ。俺たちが帰還した事実を伏せ、神殿で保護したとか言って、身代わりを立てればいい。神殿側が聖女だと断言すれば、誰でも聖女になれる」
(似たような背格好で、黒髪ならなおよしってね)
ツバサの横についていた、黒髪の小柄なメイドを思い浮かべる。
彼女はおそらく神殿側の内通者だ。
王宮の人間に気付かれないよう聖女の不在を誤魔化せるのは、聖女のすぐ傍にいた人間の可能性が高い。
それともう一人、ハーレム(刺客)要員だった黒髪の美女。
彼女とメイドは、つながっている。
あの場に突然乱入したフードで顔が隠れた黒マントの人間を、真っ先に聖女と判断できたのはあのメイドが聖女付きだと知っていたからだろう。
同じ黒髪をもつ北部出身の少女たちの間になにがあったのか、想像するのは野暮だ。
(戦争で村が消えたと語る声に、嘘は感じられなかった)
もしかしたらどちらかが、もしくは2人で聖女の身代わりとして生きていくんだろう。命がけで。
「じゃあ『聖女』はあの世界で残るのね」
「うん。聖女が戦争をやめろと訴えれば、王も無視はできないさ」
「じゃあ私たちが召喚されたのも無駄じゃなかったね!平和で良い方向に向かうといいな!」
(まぁ、こっから本格的に内戦になる可能性の方が高いけどな)
聖女という新たな火種を招いたからには、それなりの覚悟はあるんだろう。
だが、やっと明るい顔になった少女に知らせる必要はない。
(どうせ全部、俺の妄想だ)
無邪気に笑う美少女に同意する。
「そうだな」
「聖女召喚の目的に、いつから気づいてたの?」
「王都の中心が神殿って聞いたときからかなぁ」
「えっ!」
「ほら、王宮に向かう馬車の中で爺が」
「いや、それだけで?」
「地政学的に、王都の真ん中には王の住処があるのが普通でしょ。でもあの王国は神殿が王都の中心で、実際王宮周辺よりも栄えてたからこれはねじれてそうだなと」
そういうと、ツバサはため息をつく。
「位置関係なんて気にする余裕なかったよ」
「異世界の地形やキーパーソンの人間関係とか基本情報は、転移したらすぐ把握だよ」
「夢がないなぁ。どうせなら魔法の世界でギルドとかダンジョンとか、行ってみたかったなー」
「フラグ立てるのやめて」
言霊に震えると、ツバサはふふっと大きく伸びをした。
「やっぱり異世界よりこっちがいいわ。無事帰ってこられたのは戸渡くんのおかげだね、ありがと!」
「そんな、俺なんて地味落ちこぼれ眼鏡なのに急に異世界でいきり出すただのクソ野郎だから……」
あれ、夕陽が目にしみるな。現実って残酷だよな。
「ごめんて!なにかお礼がしたいんだけど」
「そんな、使用済みの下着なんていらないから」
「チッ、根に持つタイプだな。そうだ、よかったら試験勉強、一緒にしようよ!」
「え」
「異世界転移してた間、勉強忘れちゃったっていってたでしょ?」
「まぁそれはそうだけど」
「異世界じゃ役に立たなかったけど、これでも勉強は得意なほうなんだよ!任せて!」
「そうじゃなくて」
同じ世界線なのにコミュニケーションがとれない。
てか陽キャの人との距離の詰め方おかしくない?
(学園アイドルと試験勉強なんて、冗談じゃない!!)
異世界より、同級生たちの嫉妬が怖すぎる。
「俺のことは気にしないで大丈夫だから!!」
「遠慮しないで!じゃあまた明日ね、戸渡くん!」
ツバサはキュートな笑顔で手を振ると軽快に走りだし、あっという間に姿が見えなくなった。
異世界帰りなのにまだあんな元気があったのか。さすが体育会系。
(まぁ社交辞令だよな、うん)
気にすることないかと首を振り、神社へと踵を返す。あぁ今日は長い一日だった。
「あれ?そういや、なんで俺の名前」
いつ自己紹介したっけ?と首をひねるが、腹が減って何も考えられない。
(まぁいいか、さすがに初心者同伴の転移は疲れたわ。カレー食って寝よ)
これが美少女と俺のバラ色のラブコメ学園生活の幕開け……ではなく、さらなる異世界トラブルの始まりだった。