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10.危険物を持ち込んではいけません


移転特有の浮遊感は一瞬で、しゃがみこむ隙もなく、すぐに背中に冷たい衝撃が走る。


「いてててて……」


アルミフレームの窓から差し込んだ夕陽が目にしみる。


(戻ってこれたか……)


どうやら階段の踊り場に背中からダイブしたようだ。

息を吐いて、腕時計の黒い文字盤の針を止めた。


「到着時刻、同日18時05分。あ、もう目を開けて大丈夫だよ」


目を閉じていた少女が、大きな瞳で長い睫毛をぱちぱちと瞬かせた。


「帰って……これたの?」

「うん。飛んでから、こっちの世界では6分しか経ってない」

「よ、よかったーー」


美少女が笑顔を浮かべると、身体の上の重みが増した。

そうこの体勢は……


「まずいまずい」

「どしたの?」

「身体どけてくださいお願いします」


弾丸のようなスピードで胸に飛び込んできた少女を、俺のか弱い筋肉では受け止めきれず、現在そのまま押し倒されている体勢である。

汗で張り付いたシャツからは下着の線が浮き出ていて、なんというか、このアングルは非常にまずい。


「わわ、ごめんっ」

「非力なもので恐縮です……」

「なんか、安心したら腰抜けちゃったぁ」


もぞもぞと体の上を動く柔らかいものを意識しないよう、目を閉じ九九を暗唱する。必死に心頭滅却する俺に、四つん這いになった美少女がさらなる爆弾を落とす。


「えへへ、下着忘れちゃった!」

「下着!??それって、ぱぱぱぱぱパンツはいてなっ…」

「安心してください!異界のパンツはいてますっ!!!」


頭にのぼった血が、サーーーっと引いていく。


「あわわわわわ……!!!」

「な、なに?なにかいけなかった?」

「異世界のものは持ち込み禁止ーーー!!!」

「そうなの?」

「界の質量保存の法則だよ!」


基本中の基本だから、言い忘れていた。

過去には異世界から持ち帰った恋人の髪のせいで、世界に歪みが生じ、街ひとつ丸ごと異空間に飛ばされた例がある。異界のものはどんな影響があるか分からない。


焦りのあまり、キョトンとしている美少女へ向かって叫ぶ。




「早く下着脱いで、俺にちょうだい!」




その瞬間、世界からすべての音が消え、完全なる静寂が訪れた。


美少女は氷のような微笑みを浮かべ、スーッと距離をとっていく。


「お世話になりました、さようなら」

「あれおかしいな、変質者を見る目をしてるな?これなんか間違えたな?」

「おかげで戻ってこられたけど下着はさすがにちょっと」


頬を赤らめる美少女は実に可憐だが、このままでは俺は変質者である。


「いやいやいや、異世界の品を処分するだけだから!」

「処分って、普通に燃えるゴミに捨てちゃだめなの?」


首をかしげる少女に、思わずため息が漏れてしまう。


「だめ、なのね……」

「ごめん。ちゃんと説明してなかった俺が悪いです」


頭をかかえる。


「とにかく今のままだと危ないから」

「あの、でも、恥ずかしいよ」

「君のために言ってるんだ」

「やっぱり今すぐ脱がないと、ダメ?」

「うん。待ってるから」

「せめて洗ってから」

「そのままでいいよ」


(あれ、この会話だいじょうぶか)


そのとき階下から話し声が聞こえ、人が近づいてくる気配がする。


「でもやっぱり脱ぎたての下着を渡すなんて」

「わーわーわー!!!」


美少女の不穏な台詞を打ち消す。


(こんな押し問答見られたら面倒なことになる)


異世界歴の長い俺の危険センサーが、最高レベルを指している。


「とりあえず、それ着替えたら裏門のところで!」


急いで身体を起こすと、そそくさとその場から離れた。



(ふぅ。この時間じゃ誰もいないか)


商店街や駅に近い正門とちがい、山に面した裏門側には学生の姿は見当たらない。


色褪せた自販機で冷えたスポーツドリンクを2本買い、教科書を眺めて時間をつぶしていると、体操着に着替えた美少女が走ってきた。


「ごめん、お待たせ!汗かいたからついでに着替えてきちゃった!」


爽やかな美少女が俺の方に向かって駆けてくる。

どんな異世界よりも現実離れした光景に頬をたたく。


「えっなにどうしたの」

「いやなんでも」


浮かれるな俺!!

ペットボトルを手渡すと、美少女ははじける笑顔でお礼を言う。


「いいの?ありがとう!喉乾いてたんだ」


ゴクゴク喉を鳴らして飲む美少女は、まるで飲料メーカーのCMのようだ。

光魔法よりもまぶしい姿に感動していると、少女が手元をのぞきこんでくる。


「戻ってきたばっかりなのに、もう勉強?」

「中間試験が近いから。こないだの界渡りが長かったせいで今日も居残りだったし」

「そっか。異世界ボケも大変だね」


休みボケのように表現した少女は気の毒そうな目で、俺の肩をポンっと叩いた。


「そ、それで例のブツは?」

「ブツって。下着ならカバンの中だけど」

「今から処分するから一緒にきてくれる?三十分くらいで終わると思うけど」

「うん、どこに行くの?」

「裏山の神社」


あっちと方向を指さし、歩きだす。


「学校の裏に神社なんてあったんだ?行ったことないなぁ」

「ちょっと入口がわかりにくいからね」

「神社にこんな紐ビキニ捨てて大丈夫?」

「大丈夫。俺の家だから」

「えっ、実家が神社なの?!」

「古いだけの神社だけど。今の時間ならちょうどいいな」


小道に入り、しばらく行くと年季が入った石階段が現れる。

神社につづくこの長い階段は、結構な急勾配だが、隣の少女は平気な顔でペースを変えずにのぼっていく。


「いい階段だね!今度トレーニングに来ようかな」

「絶対やめて」


どこか脳筋気味な少女を警戒しつつ色褪せた朱色の鳥居をくぐると、甘い煙が漂ってきた。

匂いの元をたどって境内を歩くと、鈴を転がすような愛らしい声がする。


「おかえりなさい」


焚火の前にいたのは、巫女姿の金髪の少女だった。



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