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9.忘れ物はないですか?(少女視点)


(なに?)


振り向くと、強面なおじさんが六本脚の馬で駆けてきた。

黒色のベストに腰には剣がささっている。


「これは自警団長、どうされました」

「聖女と男が逃げたそうだ、ここへ来ていないか!」


威圧感ある声に、思わず身体がびくりと反応してしまう。

目敏くそれに気づいた強面のおじさんが、私たちに疑いの目をむける。


「この者たちは?おい、そこの二人組、マントをはずして顔を見せろ」


(ちょっと!ヤバいよ、逃げよう!)

(まだ絵姿は出回ってないはずだ。ここで逃げる方が怪しまれる)


後ずさりした私を戸渡くんが引き留める。しぶしぶフードを外して顔を上げる。


「黒髪の女か、聖女の特徴にあてはまるな」


おじさんの目つきが厳しくなるが、すぐに私が聖女とは分からなかったらしい。

戸渡くんが驚いた様子で答える。


「まさか聖女など!この子は私の妹です。北の方出身ですから髪が黒くて当たり前ですよ」

「たしかに北の方は黒髪が多いと聞くな」


(そういえば黒髪のハーレム美女がそんなこと言ってた)


あの断片的な情報だけで、それらしい嘘をつくとは。

顔色一つ変えない戸渡くんは、田舎から出てきた素朴な少年にしか見えない。


「まさか髪が黒いというだけで、こんな田舎娘を連れていくつもりではないですよね」

「しかし身元がわからない以上このままにしておけない」


団長の強い視線に思わず戸渡くんのマントをギュッと握ると、門番がフォローをいれる。


「団長、この人たちは神官長の弟子のようですよ」

「なに?」

「はい。神官長様よりこちらをいただきました」


戸渡くんはチャームを振りかざし、突然大声で祝詞を唱え始めた。


「ムーリクンーコ!チューシムーリク!スイラーレカ!バンビビ!ンハゴリク!」


(どうしたどうした?)


よどみなく、自信たっぷりに唱えている戸渡くんにやや引いていると、自警団長はもういいと手を振った。


「召喚されたばかりの異世界人が祝詞をとなえられるわけがない。もういい、早くいけ」

「はい!」

「王宮の人間はまだ聖女が消えたことに気づいていない。先にこちらで確保するぞ。お前たちも他言無用だ」

「もちろんです!」



戸渡くんは誠実そうな笑顔で、小指をアゴにつけ腰の角度をくいっと決めた。



神殿の扉を無事にくぐり抜けそっと後ろを振り返ると、黒いベストを着た兵士が続々と集まる様子が見えた。


「あ、危なかったね」


戸渡くんが小さく舌打ちをする。


「面倒だな、やっぱり王宮に神殿側の内通者がいた」

「そうなの?」

「王宮より早く神殿が動いてるのはおかしい」

「よくわかんないけど、急ごう!召喚に使った場所はあそこだったよね」


本殿から漏れている光を頼りに、真っ暗な中庭をショートカットしてドームへ向かう。

重厚な扉を押すが、鍵がかかっているようでびくともしない。


「ど、どうしよう。2人で助走つけて体当たりしたら開くかな!?」

「ちょっと待て待て」


戸渡くんは眼鏡をとりだすと、つるの部分を分解して針金の部分を両手で持った。


「そのポーズはまさか」

「はい」


戸渡くんは鍵穴の前で膝をつき、穴に針金をつきさすと無駄のない動きで探りはじめる。


(随分と手慣れてるな)


呆れていると、すぐにカチリと鍵が開く音が響いた。


「入ろう」


扉に身体を滑り込ませ、すぐに閉める。

ホールの中は真っ暗で何も見えないが、戸渡くんがスマホのライトをつける。


「ラッキー。これならそのまま反転すれば使えるな」


召喚されたときのまま放置されていた祭壇を照らして確認すると、戸渡くんは嬉しそうに呟いた。


「帰れそう?」

「うん。単純に魔法陣を反転させればいけると思う。急いで準備するから今のうち着替えてきなよ」


戸渡くんがどうぞ、とマントの中から麻袋を出す。中をのぞくと制服とスマホが入っていた。


「あ。すっかり忘れてた」

「帰る前に着替えたほうがいいよ」


そっと目をそらす戸渡くんの言葉で、黒マントの下がほぼ全裸ビキニであることを思い出す。

校内でこんな格好を目撃されたら、放課後ひとりカーニバル、私の高校生活はそこで終了である。


「さすが異世界のプロ!世界をまたにかける二刀流!先輩、あざーす!!」

「いえいえ、俺なんかただの異世界いきり野郎ですから」

「案外、根に持ってるな」


戸渡くんは私に気を使ってか、背中を向けた。


「これ回収するのに時間かかったんだ。どこにも見当たらないから、てっきり捨てられてるのかと思ったら、使用人の部屋に綺麗にたたまれて置いてあった」


脳裏に、同じ髪の色をした小柄なメイドが思い浮かんだ。


「そうなんだ……」


微妙な顔になった私をみて、戸渡くんが青ざめた。


「ご、ごめん!コイツずっと懐に着替え入れてたの気持ち悪いとか思ってるよね!俺が触った着替えとかもうゴミだよね燃やしたいよね!」

「誰もそこまで言ってないぞ」

「どうかお許しを!異世界でいきって、すいません!!」

「悪かったってば」


アワアワと涙目で訴える戸渡くんは、先ほどまで異世界で平然と嘘を吐いていた人物とは思えない。


丁重にお礼を言い、早速着替えることにする。


(ひもビキニも着慣れるもんだな。とりあえず下着はこのままでいいか!この上に制服着ちゃえ)


麻袋にお気に入りの水色の下着だけ残し、制服を身に着けていく。

戸渡くんはスマホで手元を照らしながら、祭壇の床に書かれた文字をなぞって書き換えていた。

その姿は神秘的、というより、一心不乱に落書きをしている少年にしか見えない。


(ほんとに不思議な子だな……)


人のよさそうな顔でどこにでも溶け込み、情報を聞き出し、綺麗な嘘をつく。

美女を出し抜く度胸はあるのに、同級生の女子は苦手らしい。

ぼんやりしてるようで、他人の一挙手一投足を鋭く観察している。


(きっと、これも戸渡くんの一面でしかないんだろうな)


底が知れない男子。でもこれだけはわかる。


(突き放すようでいて、優しい)


胸の中に湧いた温かい感情は、悪いものではなさそうだ。

靴下をひざ下まできっちり伸ばして、戸渡くんに声をかける。


「着替え、終わったよー!なにかお手伝いできることある?」

「そしたら燭台に火をつけてくれると助かる」


手招きされて祭壇に近寄ると、時計を渡される。


「これ、バックルのところがファイアースターターになってるから」

「ファイアー…?火が出る呪文かなにかですか!?」

「異世界用語じゃなくて、アウトドア用語ですね」


戸渡くんは時計のバックルの金属をこすり合わせて、ティッシュの上に黒い砂鉄のような粉を落としていく。


「ここに摩擦で火をつけて」


言われた通りにバックルこすり合わせてマッチのように擦ると火花が散り、小さな火種ができた。


「あっ、火がついた!」

「……いいね」


戸渡くんがその火をロウソクに移す。


「これで他のロウソクにも火をつけてくれる?半時計回りに」

「うん!」


祭壇を取り囲むよう円形に配置されていたロウソクに火を移していく。百本近くある蝋燭に火をつけ終わるころには、汗だくになっていた。


「全部つけたよ。なんか暑くなってきたね」

「ちょうどこっちも終わった。早速始めよう」


魔法陣の中にはいり、ここへ来た時と同じ位置に立つと、淡い光が足元に広がり始める。

召喚されたときの不快な強い光ではなく、木漏れ日のようなあたたかで柔らかい光だ。


(わっ、すごい。これが魔法陣……)


リアルな魔法の世界に鳥肌がたち、二の腕をこすりながら正面に立つ少年を見上げるが、戸渡くんにとっては光る魔法陣ですらエレベーター感覚らしく平然としている。


(なんだよ、テンション低いな)


感動を共有できず少しがっかりするが、身だしなみを整えている戸渡くんを見て肝心なことを思い出す。


「どわーーーーーーーっっっ!!!」

「え?な、なにごと!?」


驚いた顔の戸渡くんを残し、魔法陣を飛び出す。


「ちょっと、どこ行くの?!」

「忘れ物!!」


いま私の頭の中を占めているのは、「下・着」の2文字である。

麻袋に入れっぱなしだ!


「もう間に合わない!早く戻って」


焦った声が聞こえるが、使用済みの下着をこんなところに残していけない。

目測で80メートルくらいの距離か。

祭壇を駆け下り、麻袋に指先をひっかけ掴むと、ターンで向きを変え祭壇へ戻る。


「おい、中に誰かいるぞ!」

「まさか聖女か?鍵を持ってこい!」


扉の外が騒がしくなった。


「急いで!」


祭壇の上では戸渡くんが手を伸ばして待っていた。

夢中で足を前へ前へ、必死に駆ける。


(いま絶対、自己最高記録でてる!!!)


魔法陣の中はどんどん光が強くなり、すでに戸渡くんの姿は半分見えなくなっている。


「こっち!」


少年が少女の手を引き上げ、少女が光に飛び込んだのと同時に、扉が開いた。


「おい、召喚の陣が動いてるぞ!」


ドームへなだれ込んできた神官と兵士たちの目を、強烈な閃光が襲う。


光がおさまった後、祭壇の上から少年少女の姿は跡形もなく消えていた。



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