プロローグ
ポツ・・・、ポツン、ポトン
底冷えする鍾乳洞で、不規則に落ちる水滴の音にまじり、耳障りなキーキー音が反響する。
「虹色コウモリのフンは、あっちか」
少年は甲高い鳴き声に耳を澄まし、暗闇の中を手探りで進んでいく。コウモリを見つけると驚かさないよう近づき、キラキラとレインボーに輝くフンを手早く拾い集める。ぎりぎりリュックに背負えるくらいまで詰めると、手元の糸を手繰り寄せながら洞窟の出口へと慎重に進んでいく。
「ギャオオオ~ルン!!」
「やべっ!」
洞窟を出てすぐ魔獣と遭遇し、少年は全速力で走り出す。
逃げ出した先は、木のほらだ。外からは巨大な樹木にしか見えないそこは魔女の住処だ。
しっとりと薬草の匂いが漂う空間で、白髪のふっくらした魔女が鍋をかき回していた。
サンタクロースを婆さんにしたような見た目の老婆は、魔女という不健康なイメージとは程遠い。
「なんだい、騒がしい」
「魔獣に追いかけられた!」
「まったく大袈裟だね、この辺の魔獣は人間なんぞ食わないと言ったろ」
「食べないけど、口の中に入れて飴玉みたいに転がすじゃん!もふもふならともかく、ヌルヌルのゴワゴワにそれされたら生命の危機なんだわ」
「じゃれてるだけだろ」
「そのせいで数日は獣の匂いがとれなくなるんだよっ!」
「乳臭いガキにはちょうどいいだろ」
「ちっ、男子高校生は色々気を遣うんだぞ。はいこれ。採取依頼のフン」
背中のリュックを差し出すと、魔女がにやりと笑う。
「おや、粒が揃ってるね。上出来だ、気が利くようになったじゃないか」
「そりゃ素材収集のたびに召喚されてたらな」
「コウモリの鳴き声は子どもにしか聞こえないんだよ」
「モスキート音ってやつか」
魔女は中身を確認し、満足げに袋を振り回すと、こちらを向く。
「さて、対価はいつものでいいかね」
「うん、腹減った」
「さっさと食べな」
召喚されたものが約束を果たしたら、召喚者はそれに見合う対価を差し出せねばならない。
魔女が振る舞うテーブルいっぱいのご馳走は、パンケーキやグラタンと馴染みのあるもので意外に美味い。少年が制服のベルトをゆるめながら食後のお茶を飲んでいると、魔女が声をかける。
「帰りは、そこの扉つなげといたよ」
「忙しいんだから気軽に呼び出さないでくれよ」
「ふん、ひよっこ召喚獣のくせに生意気だね」
魔女は鼻で笑い、しっしっと手を振る。
「ご馳走様!じゃあな」
少年は躊躇せず扉を勢いよく開けると、広がる漆黒の中に足を踏み入れた。




