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89:魔石の修理①

「おいちゃん……。私、ドレスなんていらないよ。本当に……」


 贈られてばかりで後ろめたいクリスティンは、行くと言ったにもかかわらず怖気づき、遠慮する。

 子どものように安易な受け答えはしてはいけないのだと、痛感していた。


 オーランドは軽く頭を左右に振った。


「そうはいかない。その夜会で俺は王から国領地の一部を賜るんだ。下手な恰好をしていっては不敬だろう。

 クリスティンに衣装を用意してあげていないとなれば、俺の沽券にかかわる。兄にも睨まれるな」

「大げさな……」

「大げさなものか。兄もネイサンも、俺がジョンに世話になっていることはよくよく知っているからな。クリスティンにドレス一つ贈っていないなんて思われたら、俺の甲斐性が疑われる」

 

 クリスティンは、はあとため息を吐いた。オーランドはクリスティンを夜会に連れて行く気を曲げそうにない。


(軽々しく、了承した私が悪いわ)


 クリスティンだって、王家の夜会に憧れとしての興味はある。

 でも、それは遠い世界のおとぎの世界のような感覚でしかない。


男爵領うちのためにしてくれるなら協力しないきゃと思ったけど、こんなお願いになるとは思わなかったわ)


 衣裳部屋の様子から見ると、どんなドレスが作られるものか、分かったものじゃない。気後れするのが目に見えている。

 不安と困惑を感じているクリスティンの頭部をオーランドは優しく撫でる。


「夜会は俺も好かないんだ。なにせ、いつも森の奥にばかり分け入っているのだからな。どうしても貴族の付き合いは窮屈に感じてしまう。

 だからって、男爵領の人々の生活に関わる以上、今回ばかりは逃げられない。

 夜会に出るのは、土地を賜る時だけだと思っている。すぐに戻るつもりだから、心配するな」

「そう……」


 不安げなクリスティンの横に流れる髪をすっと手に取り、オーランドは微笑みかける。


「会場には、デヴィッドやマージェリーも来るぞ。何人か、見知っている学院生も参加するはずだ。

 高等部になれば、両親が将来を考えて、連れてくる機会が増えるんだ」

「結婚相手を探すため?」

「そうだ。家格が合い、気心が知れている家の子息子女の顔合わせをしたり、学院で出会った者同士が両親を紹介するケースもある」


 学院生が来ると言われ、クリスティンは少しほっとした。大人達のなかに子どもである自分一人で紛れる気がして不安だったのだ。


「クリスティンには結婚や婚約の話はないのか?」

「ないよ。うちはそういうの貴族っぽくないのよ。お母さんも村出身だしね」


 おどけるクリスティンに、オーランドは微かにほっとしたような顔を見せた。


 かちゃりと食堂の奥にある扉が開く。ロジャーが顔を出した。


「お待たせいたしました。それでは料理のご用意をさせていただきます」


 彼は、すぐに飲み物と鮮やかな前菜を運んできた。


 ロジャー一家と一緒に食べる時は、大皿に盛られいたが、さすが屋敷のぬしであるオーランドの前には、お店で食べるように盛り付けられた料理が並び、クリスティンは感嘆する。


「すごいね。見ているだけで綺麗ね」


 長方形の白い皿に、一口大の料理が六種類並んでいる。整った盛り付けを壊すのはもったいないなと思いながら、クリスティンは目についた料理をフォークで口に運んだ。

 クリスティンの表情が途端に和らぎ、ほんのりと笑顔が浮かんだ。


「うまいか」

「うん」


 華やぐクリスティンにオーランドは満足げに笑った。


 パンとスープ、サラダ、魚料理と肉料理が続き、デザートが運ばれ、食べ終わる頃には、お腹がいっぱいになっていた。


(ロジャーさんの料理はやっぱりおいしいわ)


 クリスティンはふふっと笑う。憂鬱な気持ちが食べ物一つで吹き飛んでいた。

 食後の紅茶を飲んでいると、今度はベリンダがやってきた。


「クリスティン様。湯の用意がととのってございます」


 恭しく礼をされ、クリスティンはぎこちなく笑うしかなかった。

 立ち上がったオーランドがクリスティンの後ろに立つ。椅子を引くので、流されるままに立ち上がった。


 オーランドはクリスティンにいつも優しく、甘い。

 王都でも、男爵領うちにいると時となんら変わらないはずなのに、どことなく居心地が悪い。それがなんなのか、はっきりししないことがクリスティンの胸につかえていた。

 

 立ち上がったクリスティンはオーランドをじっと見つめた。


「どうした」

「おいちゃん。おいちゃんは、おいちゃんよね」

「ああ、俺は俺だよ。急にどうした」

男爵領うちで会っていた時と、変わらないよね」

「もちろんだ。親元を離れ、慣れない王都に来ているクリスティンを、ジョンから任せられているからな。今は俺にも責任がある。違うとしたら、それぐらいだ」

「そっか……。お父さんからたのまれているからね……」


 父から頼まれている微妙な違いに敏感になるのも、慣れない地にきて、色々あったからかもしれないと思った。


「私、疲れているのかも……」


 ぎこちないクリスティンの結論をオーランドはあたたかく受け止める。


「そうだろう、無理もない。どんなに一人ではないと強がっても、慣れない地で大変だったはずだ。今日はゆっくり休むといい」

「うん。あの部屋で休ませてもらうね。おいちゃんなりに気を使って用意してくれたのに、びっくりして変なこと言って、ごめんね」

「いいさ。また明日。おやすみ」

「おやすみ」


 オーランドと挨拶したクリスティンはベリンダとともに退室する。


「さあ、クリスティン様、こちらへどうぞ」

「あの……、ベリンダさん。ベリンダさんまでよそよそしいのは辛いわ」


 言いにくそうにクリスティンが告げると、ベリンダも困った顔になる。


「ごめんなさい。殿下の前ですもの。そこは、立場をわきまえないといけないの。クリスティン様は、男爵領からいらしたお嬢様で、本来は私たちがおもてなしするお客様なのよ」


 二人は話しながら歩き始める。


「そっか、おいちゃんもいるものね。仕方ないわね。

 ロジャーさんやラッセルと和気あいあいと食卓を囲むのは大好きだったから、ちょっと寂しいわ」

「殿下がいらっしゃらない学院帰りによってくださいな。ラッセルも本当はティンお姉ちゃんと遊びたがっていたのよ」

「本当。私も一緒に遊びたかったわ。嬉しい」

「ありがとう。でも今日はお家でお留守番してもらているの。やっぱり、泊られる初日でしょう。殿下のご意向が優先なのよ」

「そうね。仕方ないわね。でも、ベリンダさん、ラッセルが一人でお留守番は心配じゃない。もしなんなら、早めに戻ってもいいのよ」

「大丈夫よ。ロジャーが台所を片付けたら、すぐ戻るから。その辺は殿下も分かっていらっしゃるわ」

「そっか……」


 近くにいるのに、ロロやラッセルと触れ合えないのは寂しい。それが顔に出ていたようでベリンダが言った。


「明日には会えるわ。殿下もラッセルには甘くて、庭で自由にいつも遊ばせてくれるのよ」


 風呂場に着く頃には穏やかな会話にクリスティンの心は和んでいた。

 そこで湯につかり、用意された寝衣を身につける。

 脱衣所の片隅には化粧台があった、ベリンダに促され椅子に座る。

 ベリンダが無臭の植物油を髪になでつけ、櫛で梳いてくれた。


 こざっぱりと身ぎれいになったクリスティンは、ふわっと心が軽くなる。

 今まで、知らない場所で気持ちを引き締め、張りつめていた糸がぷつりと切れた。


 自覚していた以上に、心身疲れていたクリスティンは鏡に映る自分を見ながらはらはらと涙を流した。

  

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