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88:お屋敷を訪ねてみれば④

「おいちゃん、豪華すぎよ。私にこんな広い部屋は要らないよぉ」


 情けない顔で腕に抱き着いたまま見上げるクリスティンに、悪戯が成功した子どものようにオーランドは笑いかける。


「そう言うな。ベリンダが頑張って用意してくれたんだ」

「ベリンダさんが」

「ああ、貴族御用達の商会と俺の代わりに打ち合わせをして、整えてもらった。金に糸目はつけなくていいと言っておいただけあって、悪い部屋じゃないだろう」

「そりゃあ、綺麗な部屋ね。豪華で広くて腰が抜けそうな程よ」

「だろう」

「でも、金に糸目ぐらいつけてよ。うちのお祝いでもお願いしていたでしょう。なるべく使いまわせる品にしてって……」

「こっちは俺の屋敷だから、少しぐらい俺が贈りたいようにさせてもらってもいいだろう。いつもはジョンの言う通りにしているんだから」

「だからってねえ……。限度があるでしょう」

 

 気を持ち直したクリスティンはオーランドから離れた。


「衣裳部屋もあるからな」

「衣裳部屋?」

「こっちだ」


 部屋の隅にある扉までクリスティンを案内し、オーランドは開けるように促した。

 恐る恐るクリスティンが片開きの扉を開けると、縦に細長い部屋があった。片側がいくつか仕切られ、中ほどにポールがあり、ハンガーに吊り下げられた衣類が何着もかけられている。


 衣裳部屋とオーランドが言った意味を理解したクリスティンは目を剥いた。


「この細長い部屋はまるまるクローゼットなの」

 

 うんうんとオーランドが頷く。

 すでに十数着はかかっているものの、片側一杯、まだまだ衣装を並べられそうなほど余裕がある。


(なによこれ、巨人のクローゼットじゃないんだから!)

 

 クリスティンは開いた口がふさがらない。

 今並んでいる衣装だけで王都にいる三年間で着まわしても、全部着ることはできないかもしれない。


(パン屋の家にあった衣装だけでも十分なのに!)


 クリスティンはこのまま扉にもたれかかり、倒れそうになる。


「おいちゃん、なんなのこの服の量……。私、こんなに着れないよぉ……」

「三年いるんだ、一回は袖を通す機会があるだろう。それでいいんだ」

「それでいいって……」


 一回着るだけでいいなんて、なんともったいないことか。クリスティンは絶句する。


(おいちゃんって、金銭感覚、実は違うんじゃない)


 男爵の城で会うオーランドはいつも旅すがら立ち寄るため、ほこりまみれで、衣服も所々ほつれていた。時にはクリスティンがつくろってあげていたぐらいだ。

 薄汚れた旅人とも言え、とてもお金持ちになんて見えなかった。


(でも、よく考えれば……、お祝いの時は、たくさんお土産を用意してくれていたのよね。来る人に振舞ってあまりあるお菓子を当たり前に用意してたことを思えば、私が気づかなかっただけなのかも。

 ああ、みすぼらしい服装に騙されていただけなのね!)

 

 王弟とは知っていたし、王都のお城に住んでいるような偉い人だと頭では分かっていた。

 しかし、実際に暮らしぶりを目の当たりにしなければわからないこともある。


(王様になるかもしれない血筋ってやっぱり違うんだ。生活ぶりからしてまったく違うんだ!)


 現実に脳天を叩かれ、いかに父や母がオーランドを牽制して、高価な品をやんわりと断っていたかをクリスティンは思い知った。


 仰天するクリスティンより先にオーランドは中にはいり、衣装を一着ずつ確かめ始める。


「パン屋の売り子から、騎士のいで立ち、私服、制服すべて揃えている。

 明日出る時には、パン屋の売り子姿になり、薄手のロングコートを羽織っていけば問題ないだろう」


 そう言うと、該当する衣装がかかったハンガーを取り出した。

 空色と白を基調としたワンピースと、薄灰色のフード付きのロングカーディガンだ。


 柔らかい色彩の可愛らしい衣装に、クリスティンはちょっとだけ胸が躍った。すぐさま、それが過分な品であると気づき、後ろめたくなる。


 これだけの贈答品を一人で受け取ったことなんてない。男爵領で、子どもの成長祝いでもらう品は、大抵みんなで分け合うものだ。

 おもちゃは兄弟で使い回し、食べ物はみんなで分かち合う。

 そんな風習の元で育ったクリスティンは、一気にたくさんの品を渡されても、どう受け止めていいか分からなかった。


 父や母に、これもらっていいのと聞きたいぐらいだ。脳裏に浮かぶ両親は、高価すぎる物はお断りしなさいというしかめっ面をしている。

 そんな顔が浮かんでは、素直に嬉しいありがとうとは表現しずらい。

 クローゼットも、その中身も、自分のものとは受け止められず、さらには、オーランドさえ遠い人のように見えてきた。


「もう……、こんなんじゃ、おいちゃんなんて呼べなくなるよぉ」


 一人で抱えきれなくなったクリスティンが涙目になる。溢れる涙が盛り上がると、オーランドが途端に慌て始める。

 まさかクリスティンがこんな悲しそうな顔をするなど思いもよらなかったのだ。


「クリスティン、なんでだ。なんで、そうなる」

「私、パン屋に帰りたいよぉ」

「待て待て、一体何が悪かった。部屋か? 内装か? 衣裳部屋か」

「私、あっちの方が落ち着く」


 クリスティンが眉を歪めると、オーランドの表情がどんどん悲し気に変わっていく。


「喜んでくれないのか……」

「どう受け止めていいか分からないの。こんなにいっぱい一人でもらった事ないもの。私、兄弟多いし。みんなで分かち合うのが普通だったでしょう。いきなり見せられても、どうしていいのか、わからないよ」


 情けなくクリスティンが嘆くと、オーランドも意気消沈してしまう。


「そんなに、悲しまないでくれよ。勝手に用意したのは悪かったから」

「驚いただけ。おかげで、おいちゃんと男爵家うちの身分差を痛感したわ。ひょっこり現れる風来坊だと思っていたけど、まったく違ったのね」


 クリスティンは眉間に皺を寄せて、つたなく笑った。


「あっちにいた時は、ジョンからも高価な品は受け取れないと言われていたからな。買い与えられない過分な品は一回は受け取ってくれても、二回目は断られている。

 そうか、そうか。クリスティンはジョンの娘だから、しっかりしているんだな」


 姿勢を正し、胸に手を当てたクリスティンは大きく息を吸った。

  

「驚いた、それだけよ」

「泊ってくれないぐらいに?」

「どうかな。明日の衣装があるなら、泊っていくわ。約束だもの」


 ぱっとオーランドの表情が明るくなる。


「そうか、良かった」

「今度、なにか贈り物してくれる時は、相談してね」

「分かった。クリスティンの希望も次回は取り入れるよ」


 オーランドとクリスティンは一旦部屋を出て、屋敷を見て回ることにした。

 一階にある食堂と浴場、応接室の場所を確認する。

 二階にはいくつもの部屋があるが、実質使っているのは、オーランドの私室と、今回用意したクリスティンの部屋だけだ。


 日が暮れてきた。

 もうすぐ夕食になると二人は食堂に戻る。

 

 とても広い食堂には、総勢十人は座れる細長いテーブルがあり、オーランドはクリスティンのために椅子を引いた。遠慮がちに座るクリスティンの隣に、オーランドも座った。


 オーランド側に体を傾けるクリスティンに、オーランドは小動物でも見つめるように目を細める。


「こんなに広い食堂でいつも一人で食べているの?」

「いや、いつもは応接室か自室で食べている。今日はクリスティンが泊まるから、ここにした」

「そうよね。一人で食べるにはここは広すぎよね」

 

 あらためて周囲を眺めるクリスティンを見つめるオーランドの目尻がさらに下がる。


「今日は、食べてから、風呂に入り、休むと良い。ベリンダが世話をしてくれる。それから、衣装の話の続きなんだが」


 言いにくそうにオーランドは拳を口元に当てる。


「なあに、おいちゃん」

「近いうちに、国領地の一部を俺がもらい受けることになるんだ。今までの功績による褒美なんだが……。実は、その土地の使い道として、男爵領の人々の移住先にと考えているんだ」

男爵領うちの?」

「領地を捨てるわけじゃないぞ。一時的な避難だ。このまま瘴気が濃くなれば住み続けるのは難しくなる。短期的な移住先の候補として、土地を確保しておこうと思っているんだ」

「そんなことまで考えてくれているの!」


 クリスティンが仰天すると、オーランドは厳かに頷いた。


「それで、一つ頼みがあるんだ。クリスティンにしか頼めないことだ」

「なあに。男爵領うちのために色々用意してくれるんでしょう。出来ることならなんでもするわ」


 オーランドの真顔のお願いに、クリスティンも大事な話だと思い、真正面から真剣に向き合う。


「その土地をもらい受けるにあたって、近々、ある夜会で授与式が行われる。そこに一緒に来てほしいんだ。

 夜会だろ。一人で行くにも恰好がつかない。女性を連れて行く方がさまになるが、俺は王都から離れてばかりで、頼める女性がいないんだ。

 男爵領の家族や領民の移住先に考えている土地の受領だからさ。頼めるかな、クリスティン」

「分かった。男爵領うちのためだもん」

「良かった。助かるよクリスティン」

「ううん、お安い御用だよ。おいちゃんにはお世話になってばかりだもの。できることなら協力するよ」

「ありがとう。クリスティン。

 じゃあ、近いうちに、夜会用のドレスを作ろうな」

「へっ?」

「クリスティンに似合うドレスを特注で作ろう」


 にんまり笑うオーランドに、クリスティンは(私、もしかしてはめられた!)と勘付いた。


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