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82:後始末②

 階段を上がり、ライアンは一室にシルビアを連れてきた。

 殺風景な部屋の中央に椅子がある。そこに座るように指示すると、シルビアは大人しく従った。


 部屋には、ライアンの他、遠い壁に背をつけて立つネイサンもいる。

 近衛騎士団長がいることにシルビアは驚いたが、その感情もすぐに顔から消してしまった。


「逃げれやしないのは分かっているが、悪いが縛らせてもらう」


 シルビアが大人しく両腕を椅子の後ろに回す。

 背後に回りしゃがんだライアンは二つの手首を縛った。


「シルビア。君が、クリスティンの噂を流したんだろう」

「……、どうして私だと?」


 ライアンはちらりとネイサンを見た。視線が合うとネイサンは頷く。任されたライアンは、立ち上がり、再びシルビアに話しかける。


「いくつかの状況分析をすると、クリスティン、デヴィッド、マージェリー、この三人に近い位置にいる者のなかで、シルビア、君が浮かび上がった」


 話しながら、ライアンはシルビアの前に立ち、腕を組んだ。

 シルビアはうつむいたまま、床を見ている。


「マージェリーにクリスティンとの待ち合わせ場所を教えたのは君だろう」

「はい」


「居場所の変更を伝えてきたのはクリスティンだそうだな」

「はい」


「クリスティンもまた手紙で場所の変更連絡を受けていたようなんだ。

 変更の連絡を受けている者が、変更の連絡をする。それはないだろう」

「……ないですね」


 クリスティンに手紙を渡し、怪しんだアナベルは手紙を渡してきた人物の顔は覚えていた。

 そこでさりげなく、名前を知っていそうな者に尋ね、シルビアの名前を特定し、姉のトレイシーに伝えたことで、ライアンにまで届いていた。

 ここでライアンはシルビアの名前を知り、さらに騎士団の稽古場でも、マージェリーからフルネームを確認し、目星をつけていた。


「デヴィッドの御者にも確認した。手紙を渡したのは伊達眼鏡をかけた、髪も瞳も茶系の女生徒だったそうだ。

 眼鏡をかけた茶系色の娘となれば、デヴィッドならクリスティンを思い浮かべそうだが、シルビア、君もまた焦げ茶の髪と瞳を有している。

 茶系の娘と言えば、当てはまるだろう」

「……それだけで、私を噂を流した者と断定するのですか」

「いや、できないだろう。

 そもそも、今回の件は大事にする気は無い。消える噂の根を探っても意味はない」

「不問にするのですか」

「そうだね」


 やっと顔をあげたシルビアが、ライアンになぜという視線を向ける。


「ネイサン近衛騎士団長は、今回、オーランド殿下の付き人として学院に来ている。学院生の小事を取り締まりに来たわけじゃない」

 

 シルビアはさっきオーランドと廊下ですれ違ったことを思い出した。


「クリスティンの後ろ盾はオーランド殿下である。それを公にしておけば、デヴィッドと一緒に行動していても誰も何も言わなくなろうだろう。

 瘴気の影響が強まる中で、対抗できる力を持つオーランド殿下が保護する娘に対し、いわれのない噂を流し続ける程、愚かな者はいない。

 誰もオーランド殿下を敵に回したくはないはずだ」

「……、そうですね」


 さっき会場で見過ごした光景を思い出し、目を閉じたライアンははあと大きく息をついた。 


「今後は俺も、二人の動向を注視していく予定だ」


 先々を思うと、ライアンは少々気が重くなった。

 眉間をもみ、顔をあげる。


「トムリンズ子爵領で起こった工場排水の問題。動機はこのあたりか? 迷惑をかけたかった相手は、トレイシーか、マージェリーか、はたまたデヴィッドか。どちらにしろ、クリスティンはとばっちりだろう」

「ご存知でしたか」

「調べた。

 トムリンズ子爵領は、数年前に領地にできた工場施設から流れ出た汚水により畑地が穢れ、それ相応の地域がいまだ出荷できない状況だとな」


 数年前になる。

 トムリンズ子爵領内に急ごしらえの工場が建てられることになった。

 工業関係を取り仕切るヘンウィック侯爵家依頼であり、背後に王命もあったため、不承不承で子爵は承諾した。


 畑作用の灌漑から水を引き入れ、使用後に汚水処理をして戻すという話でまとまった。ところがその年の実りに大きな影響が出て、見た目は綺麗でも汚水処理が十分になされなかったと発覚する。

 無色透明な排水だっただけに長らく見過ごされ、作物の実る時期に、奇形や不良というかたちで表面化した。


 ウルフォード家も進言し、一時工場閉鎖。原因を突き止め対処したものの、土に沁み込んだ汚水はなかなか浄化されず、あと数年はまともな畑作は難しい状況となっている。


「……、そうです。

 うちもそれほど広い領地ではなく、神域山脈から流れる大河から水を引き、ほそぼそと畑作を行っている地域であります。

 なのに、大河と灌漑の間になぜ工場を建てねばいけなかったのですか。

 それによって領地の半分は使い物になりません」

「補償はされているだろう」

「不十分です。どうして、畑に流した汚水の浄化をしてくれないのです。魔石が高騰しているからですか? 魔石はあるのでしょう。隠しているのでしょう。どうして、細々とした食料の保証だけなのです。

 魔石の採掘量は知っているんです。

 公にされているではないですか。

 数年前から増えている。なのに、価格は高騰している。

 これって誰かが、囲っているからですよね。何のためですか。どうして、出してくれないんですか。

 うちだけはずれを引いたようです。領地の半分近くを未だ使えない状況のまま放置せざるをえないのですから。

 農業地帯を取りまとめるウルフォード公爵家は慈善事業には勤しむのに、なぜ私たちの領地は捨てられているのです。見向きもされないのですか」


 シルビアの語気はしゃべるごとに強くなっていった。

 ライアンは荒ぶるシルビアを静かに見つめる。言い訳をする気は無かった。その後も多くの工場が建てられたものの、トムリンズ子爵領のような事態はおこっていない。それは、前例があり対処できたからとも言える。


 きっとシルビアはライアンを睨み上げた。

 その眼光を受け流し、ライアンは無感情に告げる。


「やりすぎだ。子爵家を通して保証はされている。子どもが出る幕じゃない」

「そうですね。

 やりすぎたのは、クリスティンに対してですね。

 マージェリー様には、ざまあみろと思っていますよ」

「そうか、シルビアのターゲットはマージェリーだったのか」

「でも今は、クリスティンを巻き込んで良かったと思っているわ。だって、あの子、オーランド殿下に関係しているんでしょ。うちをたすけてくれなかったのは王家も一緒ですもの!」

 

 声を荒げるシルビアが続ける。


「あの汚水のせいで、子どもが死んでいるんですからね!」


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