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81:後始末①

 新入生歓迎会の真っ只中。

 中央に用意された壇上に立つマージェリーが「乾杯」と声をあげた。

 彼女をかこむ多くの学院生が「乾杯」と合唱し、手にしたグラスを近くにいる者同士で打ちつけ合う。


 喜びを分かち合う食堂からほど近い廊下で、和やかな会場を睨みつけるデヴィッドがいた。

 腹の上で手を組み合わせ、落ち着きなく指を動かす。


 階段を下りてきたライアンがそんなデヴィッドを見つけた。


(会場に入りもせず、なぜこんなところに?)


 駆け寄り、ライアンは問う。


「殿下、会場に入られないのですか」


 ビクンと体を強張らせたデヴィッドにじろりと睨まれ、ライアンは目を丸くする。


「これから入るタイミングを伺っているんだ」

「タイミングとは? もう始まっているでしょう」


 いやに真剣な面持ちのデヴィッドにライアンは嫌な予感を覚える。彼がイライラしたり感情的になっている時は、浅はかで悪い思考を巡らせることが多い。

 王自ら『私に似たのだろう』とかばい、デヴィッドの身辺に気を配ってほしいと頼まれていた。故に、デヴィッドに対しライアンは責任めいた感情を抱いていた。

 

 会場から漏れる歓声へ飛び込むように、デヴィッドが歩き出す。怒りに震える横顔に、ライアンは不審を抱く。


「待て、デヴィッド。何を考えている」

「私はマージェリーに婚約破棄をこの場で言い渡しに来たんだ」

 

 ぽつりと決意を述べ、デヴィッドが振り向きもせずに会場へ足を踏み入れた。

 あまりの発言に棒立ちになったライアンは、一歩出遅れる。気づいた時には、デヴィッドはマージェリーの元へ歩き始めていた。


「待て、待つんだ。デヴィッド、早まるな」

 

 焦ったライアンが腕を伸ばそうとする肩を、誰かが優しく叩いた。

 振り向けば、デヴィッドの背を見つめるオーランドが立っている。


「オーランド殿下。デヴィッドを止めなくては!」

「ほっておけ、若気の至りだ。たいしたことにはならない。

 そつなくこなすデヴィッドだからこそ、この程度の失敗、経験として必要だろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」 

「しかし……」


 止めるべき役目を追うライアンは釈然としない。


「婚約破棄を言い渡す程度の失敗なら、どのようにでもフォローできる。気にするな。ライアン、お前にもやるべきことがあるだろう」


 オーランドの手が肩から離れ、ライアンは表情を引き締めた。


「では、オーランド殿下、失礼します」


 一礼し、会場へ向かう。

 会場では学院生が左右に避け、一本の道ができていた。その道上で、デヴィッドとマージェリーが向き合っている。


 誰もが動かず、固唾を飲んで二人を見守っているなかで、クリスティンが動き出した。

 

(デヴィッドだけでなく、クリスティンも動くのか!)


 ライアンの目元が怒りに震えた。

 デヴィッドの件もクリスティンの件も今は後回しだ。ライアンには捕まえなくてはいけない人物がいる。


 会場へは、オーランドもネイサンも入れない。入れば目立ち、事を大きくしてしまうからだ。

 二年生の給仕役にだとて、特別ゲストと伝え、秘密厳守を言い渡している。


 大捕者をしたいわけではない。今回の件は、学院生が楽しんでいる合間に犯人を連れ出し、内々に事を済ませるつもりだ。


「クリスティン」

 

 小さな声が聞こえ、ライアンは声の主に目を向ける。

 そこにはシルビアがいた。彼女は歩き去るクリスティンの背に向けて、腕を伸ばしていた。


(いた!)


 目的の人物を見つけたライアンは俊敏に動き、シルビアの手首を掴んだ。


 手首を掴まれたシルビアは仰天した。

 手首を掴む拳から、相手の腕へと視線を運び、ライアンの顔を見る。

 冷静な表情であっても、瞳の奥に荒ぶる意思の炎を宿すライアンの両眼を見た瞬間、シルビアの顔から感情が消えた。

 眼光とは裏腹に、冷静にライアンは告げる。


「トムリンズ子爵家長女、シルビア。君はこちらに一緒に来てもらおう」


 ライアンに手首を掴まれたシルビアは抵抗しなかった。

 二人は静かに会場を後にする。


 去り際、クリスティンが扇を操り、風を巻き起こす様を見たライアンは一瞬渋い顔をした。

 すぐに目を逸らし、廊下に出ると、シルビアに話しかけた。


「抵抗しないんだな」

「はい」

「分かっているならいい。上の階へ行く」

 

 掴んだ手首をひねりあげ、後ろに回した。

 シルビアは痛そうに眉間に皺を寄せ両目を瞑った。

 手首をつかむライアンの拳が、どんとシルビアの背をつく。


「歩け」


 ライアンに命じられるままに、シルビアは大人しく歩き出した。


 オーランドの横を通った時、シルビアは心底驚き、ライアンは無表情で一礼した。







 新入生歓迎会の一週間前にさかのぼる。


 パンを買ったライアンは騎士団の稽古場に行き、ネイサンと面会した。先週から引き続き、学院内でのことを相談するために、叔父に時間を割いてもらったのだ。


 買ってきたミルクパンを片手に、近衛騎士団長の執務室にあるソファ席で二人は向き合う。

 ライアンが神妙な面持ちで語り出した。


「クリスティンの風評はまだ噂が立ち始めたばかりなので、残念ながら消える気配はないですね」


 ライアンの報告に、ネイサンは渋い顔をする。すでにクリスティンの状況は早馬でカスティル男爵を通じ、オーランドへ手紙を添えた言伝を頼んでいた。

 新入生歓迎会までには、オーランドは戻ってくる。ネイサンはそう確信していた。


「噂の出所は掴めたのか」

「デヴィッドに気づかれないように御者とコンタクトをとりましたし、クリスティンへ手紙を渡した者も割り出しました。

 御者から思い出せる限り詳しく聞くと、どうもクリスティンの容姿とは一致しませんでした。

 さらにクリスティンに手紙を渡したのは、アナベル・ティアナン。おそらく中立を保つ騎士の家系ということで依頼したのではないかと思います」

「そこまでよく調べ上げたな」

「アナベルは母方の家に戻ったトレイシーの実の妹です。クリスティンにかまをかけてみたら、何も知らない様子だったので噂はおかしいと判断し、知らせを受けたトレイシー経由で俺の耳に入ってきました」

「なるほどな」 

「俺は歓迎会では裏方に回ろうと思います。噂を広めた犯人も絞り込めました」

「誰か目星がついたのか」


 ネイサンは目を細める。


「はい、トムリンズ子爵家長女、シルビア。彼女が怪しいと思われます」



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