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80:新入生歓迎会④

 クリスティンを抱きあげるオーランドがデヴィッドを連れ、廊下を歩く。


「色々、大変だったな」

「うん……」

「もう大丈夫だ。俺が釘を刺したし、ここにはネイサンもいるからな。困ったことがあったら、なんでも相談しろ。そうしたら、俺に連絡が来て、どうとでも動けるからな」


 オーランドはクリスティンをなだめるように語り掛ける。


「ありがとう、でも大丈夫だよ。色んな人が支えてくれていたもの。私、一人のようで、一人じゃなかったよ」

「そうか……」

「ライアンもマージェリー様も分かっていらっしゃったし。騎士団の人達も親切だし、おかみさんも優しいし。同級生のジェーンとシルビアも助けてくれた。シルビアはさっきの会場でも話しかけてくれたのよ」

「シルビア? 友達か」

「そう、友達。困ったら相談できる同性の友達もちゃんといたんだよ」

「……そうか」

「うん。これからも仲良くできる友達よ」

「良かったな」


 廊下を歩き、階段を上る。さすがにクリスティンもこのままでいいのかと気になり始めた。


「ねえ、おいちゃん。そろそろ降ろしてくれない。私、一人でも歩けるよ」

「もうすぐだから、そのままにしてろ」

「でも、ねえ……」

 

 クリスティンはオーランドの横に見え隠れする大人しいデヴィッドの後頭部をチラ見する。放心したような表情の彼は、時々、オーランドの様子を伺いながら、ただただついてくるだけに見えた。


 オーランドは抱き上げたクリスティンを降ろす気配なく歩き続け、ある部屋へと入った。そこは特に何もない、殺風景な小部屋であった。


 部屋の中央でオーランドはクリスティンを降ろした。


「ありがとう、おいちゃん」

「いや、いいんだ。ウィーラーに任せていたが、早めに顔を出したいと思っていたんだ」


 横で聞いているデヴィッドは二人のやり取りを唖然と眺めていた。

 デヴィッドの記憶では、オーランドは真顔を崩さない、威厳ある聖騎士である。それが、クリスティンの前では目尻も下がりっぱなし、口元も緩みっぱなしで、まるで別人のようだ。

 さらには、クリスティンは、なんと呼んでいるかといえば、『おいちゃん』だ。どこをどうもじれば、そんな呼び方になり、さらにはそんな呼び方を許されるのか、まったくデヴィッドには理解できなかった。


「殿下、って。おいちゃんも殿下だし、王太子殿下も殿下なのよね。呼び方に困るわね」

「俺はいつも通り、おいちゃんでいいぞ」

「そう? ここではオーランド殿下と呼ばないと、威厳が保てないんじゃない?」

「いらない、いらない。クリスティンに殿下なんてよそよそしく呼ばれるなんて悲しいだけだ」


 あまりの会話内容に、さすがのデヴィッドも我慢ならなくなる。


オーランド(叔父上)、これは一体全体どういうことなんですか! まるでクリスティンは、クリスティンは……」


 これ以上なんと言葉を続けていいか、デヴィッドも分からなくなる。喉まで出かかったのは、『娘のような』という比喩であった。


「デヴィッド」


 クリスティンから目を逸らした瞬間に、オーランドの顔色が変わる。いつもの厳しい雰囲気に戻り、(クリスティンにむけるあの雰囲気はなんなんだ!)とデヴィッドは内心悲鳴をあげた。


「なんでしょうか、オーランド(叔父上)

「デヴィッド。

 まだ子どもとはいえ、言っていいことと悪いことがある。ましてや、今回のような軽率な行為は、冗談で済まされることではない。

 クリスティンが魔力を用い、俺が現れたから誤魔化せたものの、もし本当に婚約を破棄すると公衆の面前で宣言すれば、公爵家と王家の関係にもひびが入る。分かるな」

「はい……」

「だが、お前はまだ若い。

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 今回の件は俺からはこのぐらいにしておこう。重ねて言うが、重々反省するんだな」


 うなだれるデヴィッドが「ごめんなさい」と呟いた。


「しばらく、ここで待ちなさい」


 オーランドは二人を置いて部屋を出た。

 ぽつんと部屋の中央に残されたクリスティンとデヴィッドは顔を見合わせる。

 

「……」

「……」

「……すまない」


 先にデヴィッドから謝った。


「いいえ、私の方こそ……」

「……」


 互いに何に謝り、何を謙遜しているのかよくわからなかった。


「たぶん、おいちゃんが私をかばってくれたから、ほとぼり、冷めるんじゃないかと思います」

「なら良かった」


 ぽつりぽつりとクリスティンが語ると、抑揚乏しくデヴィッドも納得する。


「クリスティン」

「はい」

オーランド(叔父上)とは、昔から親しいのか」

「はい、私が産まれた時には、すでによくうちに来ていたらしくて、子どもの頃から知っています。

 ここで学ぶように薦めてくれた一人でもあります」

「なるほど。カスティル男爵は旧知の仲と聞いたことがあるが、本当だったんだな」


 ぱっとデヴィッドの表情が明るくなる。


オーランド(叔父上)のおかげだな。科も一緒だし、今まで通り仲良くやろうな」


 悪気のないデヴィッドにクリスティンは苦笑する。


「なら一つだけ、覚えていてください」

「なんだ」

「今回の噂には、マージェリー様は一切かかわっていません。むしろ、私のことを心から心配してくださった方の一人です。

 マージェリー様を疑ったりしないでください。彼女はとても尊敬できる方です」


 デヴィッドの表情が曇る。まずいことをしたと自覚した顔つきだ。


「分かった。反省する。だから、これからも仲良くしような。後でマージェリーにも謝ればいいだろう」

「はい、仲良くしましょう」


 二人が握手を交わそうとした時、扉が開いた。

 誰が来たのだろうと二人同時に、気の抜けた顔を向ける。

 

 現れたのは、凍てつく表情をしたライアンだった。

 その顔を見た瞬間、まるで猛禽類に狙われた子鼠のようにデヴィッドとクリスティンは身震いし、真っ青になる。


 二人の脳裏に閃いたのは、まずい、にげなきゃ、怒られるなどといった恐怖に彩られた狙われた獲物の心境だ。


 ライアンの紺碧の瞳は冷たく光り、体中から白く重々しい冷気が垂れこめていた。怒りによってほとばしる魔力が、彼を包み込み、淡く発光している。

 感情の高ぶりとともに、あふれ出た魔力が、床を這い、二人の足元にも漂ってくる。


 怖い! 怖い! 怖い!


 同じ身長の二人は互いの手を組み合わせ、身を寄せあった。冷徹で獰猛な獣のように悠々と近づくライアンに怯え切った目を向ける。 

 

 顎を軽くあげ、見下すような視線を向けたライアンは言い放つ。


「お前ら、俺に手間をかけさせるのもいい加減にしろよ」


 怒鳴ってはいない。ライアンはあくまで冷静に言ったにすぎない。しかし、聞く側は、その声だけで震えが止まらなくなる。


「クリスティン、俺はなにかあれば相談しろと言っていたな」

「はい」

「デヴィッド、俺に話もなしに、勝手な思い込みで行動したな。お前もなぜ俺に一言ないんだ」

「すっ、すまん」


 子鼠二人は、怒りを露に近づくライアンと相対し、がくがくと震え続ける。


「殿下、いや、デヴィッド。お前はこの学院が身分不問であると知っているか」

「もちろん。身分に関係なく、学院生同士は対等なんだろ。建前は……」

「ああ、そうだ。

 幸い、お前たちは俺と同じ科だしな」


「らっ、ライアン。一体、何を考えている」

 

 辛うじて問いかけるデヴィッド。

 怒りをほとばしる様に怯え切ったクリスティンは声も出ない。

 

「お前ら、問題児二人。俺がまとめて面倒をみてやる。

 丁度、去年の卒業生をもって、生徒会書記が空いていてな。

 デヴィッド!

 お前はマージェリーの優しい忠言だけでは甘かったようだな。高等部と中等部と立ち位置が違うならあれこれ言う気は無かったが、せっかく高等部に入り俺の目の届く範囲にいるんだ。

 これからは、俺がみっちり躾けてやる。

 クリスティン! 

 同年代で俺ほど魔力の扱いを鍛錬している者はいない。オーランド様からも、よろしく頼むと言われたところだ。だから、俺は頼まれることにした。

 デヴィッドともども合わせて面倒を見てやる。

 同級生ということで、デヴィッドの監視役兼務だ!」


 聞いている二人はもう何を言われているのか、まったく理解が及ばなかった。そんな二人の様子に満足したライアンがにやりと笑う。


「これから二人は、生徒会書記に任ずる。

 魔法魔石科でも手加減はしない。

 二人そろって、俺の配下として、鍛え直してやる」

 

 はっきり宣告されて、二人はやっと現状認識が追いついた。


「いやだあぁぁぁ」

「なんで、わたしもぉぉ」


 デヴィッドとクリスティンは二人同時に半泣きの悲鳴をあげていた。


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