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78:新入生歓迎会②

 ステージに立ったマージェリーは周囲をゆっくりと見回した。着飾った男女の参加者を見つめ、微笑みかける。 

 壇上のマージェリーに会場中の視線が集まり、楽団の音楽は一旦止んだ。美しいカーテシーを披露し、顔をあげたマージェリーが、厳かな表情で粛々と歓迎の言葉を告げる。


「皆さま、本日は新入生歓迎会によくお集まりくださいました。

 花々を望める芝生には歓談用の席を設けております。軽食も用意しており、いつものビュッフェ形式の食事を楽しみつつ、談話を楽しんでいただければと思っております。

 また、こちらのフロアでは、楽団が音楽を奏で、ダンスを楽しんでいただくこともできます。

 新たな門出を迎えます新入生の方々も、今年で最後となる最高学年の方々も、これより始まる歓迎会をどうぞお楽しみくださいませ」


 マージェリーの挨拶の最中、給仕に扮した二学年が盆にグラスを載せて歩き回る。学院で行われる行事なだけに酒ではなく、お茶やジュースが注がれたグラスを学院生は順に受け取ってゆく。


 給仕からグラスを受け取ったマージェリーは壇上から学院生にほぼグラスが回っていることを確認した。


「どうぞ、ご参加される皆様。

 今日という日を、存分に楽しんでください。

 乾杯」


 集まった学院生がマージェリーの音頭に合わせ「乾杯」と声をあげる。互いにグラスを打ちつけ合い、周囲の者と笑顔を交わす。その様子を確認し、マージェリーは近くの給仕にグラスを渡した。


 端にいたクリスティンとシルビアにグラスが手渡されていなかった。


 会場中が会を楽しもうと動き出した、その時。


「マージェリー!」


 デヴィッドの声が会場中に響き渡った。

 扉横にいたクリスティンは、出入り口にデヴィッドが現れたことを真横で確認する。

 僅かに高い位置にいたマージェリーもデヴィッドの存在を視認した。


 デヴィッドは口元を真一文字に結び、大きく息を吸う。

 腕を振り、つかつかと歩み出す。握る拳は微かに震えていた。彼の中ではマージェリーに抱く感情が沸々とたぎっていた。

 クリスティンの噂話によって蓋を開けられた感情は、もとより彼の肚で燻っていた疑念や怒り、不満である。双眸からも彼らしくないそれらの感情があふれ零れ落ちていた。


 歩みを進めるデヴィッドにとって、このような大舞台に割り込む無粋な行為は初めてだった。

 幼い頃から、周囲に気を配って生きてきた。周りの期待に応えるだけの裁量も持ち合わせており、なにもかも周囲の望むままの道を歩んできた。

 幼い頃はそれでよかった、疑問が出てきたのはいつ頃だろうか。最近であることは間違い。


 能力を持っていても、満たされないことはある。

 なにもかもを用意され、与えられたからこそ、つまらない。

 与えられるものを与えられるまま受け取り続けるだけでは、まるで人形のようだと気づいたのだ。


 ほんの少しでも自分で選んでみたいという鬱々とした欲求を、デヴィッドはマージェリーへの不服とともに抱いていた。

 クリスティンの噂話は、そんなデヴィッドの隠していた心底を露にしたきっかけとなってしまう。そして、その心底にはびこっていた幼さを心配していたのは、ほかならぬマージェリーであった。


 彼女の真意を理解できず、不満だけを表出させ、ただならない雰囲気を漂わすデヴィッド。彼を眺める学院生たちはしんと静まり返り、進む道をあけてゆく。


 円形のステージに立っていたマージェリーは壇上を降りた。会の流れでも、この段階で壇を撤去する予定であった。


 場に居合わせた学院生は固唾を飲んで見守る。

 身動きする者が誰一人いないなかで、クリスティンだけが一歩を踏み出した。





 デヴィッドが、マージェリーまであと数歩という距離で立ち止まる。


「マージェリー、私はあなたを見誤っていた。よもや、日々気高くあるあなたが、姑息な手段を選ぶとは思わなかった」

「なにをおっしゃっているのです。殿下」


 話が見えないとマージェリーはデヴィッドに冷たい眼差しを向ける。

 恐れを抱くデヴィッドはひるむまいと踏ん張った。


「自分の胸に聞いてみると良い。私の心は決した。

 マージェリー、君とはともに歩むことはできない」


 周囲に聞こえるか聞こえないか、分からない程度の押し殺した囁きであったが、マージェリーの耳には十分届いた。

 目元を震わせたマージェリーは感情を押し殺す。堪えた気持ちを悟られまいと、無感情の仮面を被った。


「殿下、なにをおかしなことをおっしゃるのです」

「私は、マージェリーとの婚約を考え直すことにした」

「なにをおっしゃいます、殿下。婚約とは、家と家の契約でもあります。そのような個人の勝手で判断できるものではありません」

「マージェリー、君の所業は目に余る。公爵家の子女がとる行動ではない。

 地位をかさに、君が罪を逃れようとしても、矜持に反する行いを罰せるのは私しかいないだろう」

「いったい何の話をされているのでしょうか。まったくもって話が見えませんわ」

「胸に手を当てて聞いてみればいい。この二週間の一連の騒動の黒幕はマージェリー、君ではないか!」


 意気揚々と言い切ったデヴィッドに対し、呆れ顔のマージェリーは目を伏せて、首を左右に振った。


「一体、何を根拠に……」

「私とクリスティンが一緒にいること、つまり婚約者である自分を差し置かれたことを根に持ち、噂を流した。違うか!」

「違いますね。よく、そのような憶測だけで、ものを言えるものです」


 呆れるだけのマージェリーにデヴィッドは歯ぎしりする。


「それだけではない。私は不満なんだ。

 父も母も、マージェリーを気に入っている。しかし、マージェリーはいつも私に厳しすぎる。

 マージェリーが私を褒めたことなど、何回あろうか。

 一度もない。

 まるで私を気にかけてもいないように厳しく、冷たいことこの上ないではないか」

「それは……」

「こんなのでは息が詰まる。そんな厳しい目に晒されて、父の跡を継げというのか。まるで背に槍を突きつけられているようだ。私は背にナイフを当てられて生きるような人生はまっぴらだ。

 私はもう少し、安らぎが欲しいのだ」


 言い切ったデヴィッドは肩で息を繰り返す。

 マージェリーの両目は大きく見開かれる。まさか、こんな公の場でデヴィッドの本心を聞くことになるとは夢にも思っていなかった。

 

 もしデヴィッドに実の弟妹きょうだいがいれば、もう少し彼の心理負担は少なかっただろう。しかし、彼にそんな存在はおらず、両親や家臣の期待を一身に背負ってきた。

 十三年間、望まれるままに期待に応えてきたデヴィッドもまた疲れ切っていたし、言われるままに生きてきたからこそ、抑圧された反発心を抱え込んでいた。

 クリスティンの噂は心底に凝り固まった不満の蓋を開け、マージェリーに本心を打ち明けるきっかけを作ったに過ぎない。


 そんな二人のやり取りを見ながら、クリスティンは歩調を早めつつ、扇を開いた。


「公爵令嬢マージェリー・ウールウォードに」


 デヴィッドの口上最中、クリスティンは扇を軽く一振りした。

 風が生じ、学院生の足元をすり抜け、窓から外へ抜けていく。風に煽られたのは、女子学院生たちのスカートだ。彼女たちは翻るスカートを押え、悲鳴をあげた。

 風の音、女子学院生の悲鳴がデヴィッドの声をかき消す役目を果たす。


 ドーナツ形に渦を巻く風はデヴィッドとマージェリーだけを避け、台風の目のように二人だけの空間を作り出す。

 二人の会話は周囲の耳に届きにくくなった。

 

 すでにマージェリーとデヴィッドも互いしか見えておらず、ここが公の場であることを失念していた。突風が吹いたことなど、気づいてもいなかった。


 もう一度クリスティンは扇を払う。風と共に炎が巻き上がり、天井へと向けて光がほとばしった。


「この場をもって、王太子デヴィッド・グランフィアンは婚約破棄を申し渡す」


 大きく息を吸ったデヴィッドが高らかとした宣言する。

 マージェリーの双眸が大きく見開かれ、潤み、揺らぐ。

 学院生たちの視線は、急な突風の後に現れた、火花に集中する。


 走り込んだクリスティンは、床に向けて扇を払い跳躍した。それはジャンプというには高すぎるほどで、軽々とデヴィッドの頭上を飛び越え、二人の間に音もなく降り立った。


 デヴィッドに背を向け、しゃがみ込んだクリスティンは顔をあげる。

 あまりのことに、マージェリーの両眼からは涙が引いていた。

 

(大丈夫。ご安心ください、マージェリー様。あなたの名誉も想いも私が守って差し上げます)


 騎士のごとく誓うクリスティンは余裕の笑みを浮かべていた。



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