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77:新入生歓迎会①

 デヴィッドから宣言を受けたクリスティンは、家に帰るなり、クローゼットから紙袋を引っ張り出した。

 ベッドまで運び、紙袋から箱を取り出す。


 それはオーランドが用意してくれたドレス用の小物類を仕舞った箱であった。


(このままじゃダメ、絶対にダメだ)


 マージェリーの気持ちを知るクリスティンは、デヴィッドの選択を見過ごせない。


 稽古場の中庭でマージェリーが見せた豊かな表情が崩れる様など見たくなかった。彼女なりに示す思いやりは、年下のデヴィッドに感じられなくても、いずれきっと通じると願いたい。

 そんな希望を断つような行為は受け入れがたい。


 がばっと箱のふたを開ける。中にはドレスに合わせて用意された扇子、アクセサリー、靴といった小物類が買った時そのままに入っていた。


(どれ、どれにする?) 


 クリスティンは耳飾りとネックレス、はたまた扇子にするか迷う。開かれた手が、ネックレスから耳飾り、髪飾り、扇子の間を右往左往する。


(決めた)


 クリスティンの手は扇子の上でピタリと止まる。

 扇子を掴むと天井に向け、かかげあげた。


 親骨のかなめ側は金属で装飾が施されている。その中心部分に赤い石が埋まっていた。

 宝石に詳しくないクリスティンはそれが何の石か分かは分からない。

 綺麗な赤い石は、オーランドが選んだとなると、それなりの価値がある石かもしれない。


 これから行うことを思うと、気が引けた。

 だが、今は高価だとか、安価だとか、そんな小さなことにかまっていられない。


(絶対に婚約破棄は阻止しないと!)


 自分について語られる噂話など、もうどうでもよかった。


 マージェリーの心を傷つける愚行は看過できない。味方であるマージェリーが辱められる場面など見たくない。マージェリーがデヴィッドに好意を寄せているからこそ、なおさらだ。

 気が重いからと歓迎会を避けようと思っていたクリスティンだが、事態が一変し、気持ちががらりと切り替わっていた。


 クリスティンから見れば弟と同い年のデヴィッドである。

 勘違いや間違った判断をするのは仕方ないとしても、婚約破棄とは、明らかに許される範囲を超えているとしか思えなかった。

 

(殿下を止める。マージェリー様の名誉を傷つけない)


 強く決意するクリスティンは、親骨の装飾に埋まった赤い石を凝視する。


(ごめんなさい、ウィーラー(先生)。約束、今だけ、破る。けど、許して。絶対にばれないようにするから……)


 掲げた扇の赤い石の手前に、拳一つ分開けて、右手をかざす。


 右手を軽く握る。

 親指と人差し指の間に小石をつまむぐらいの空間を開けると、柔らかく包んだ拳の隙間から風と炎が噴き出した。風と炎は混ざり合い、クリスティンの拳周りで渦を巻く。数回旋回すると、親指と人差し指の間にある僅かな隙間に吸い寄せられた。


 程なく風も炎も止むと、何もなかった親指と人差し指の間に艶やかな赤い鉱石が生まれた。


 魔力が収斂しゅうれんされ、赤い鉱石に変わった。膨大な魔力をひとまとめにし結晶化させた鉱石、それすなわち魔石である。


 赤い魔石を親指と人差し指でつまむ。指先でこするとしっかりと固まっていた。


「上出来」


 魔力の収斂しゅうれんによる魔石生成。これこそ、オーランドとウィーラーが軽々しく人前で使用することを禁止した行為だった。


 リディアの魂を受け継ぐクリスティンは、記憶は蘇らなくとも、魔力だけはしっかりと受け継いでいる。


 オーランドとウィーラーは、クリスティンに彼女の魔力量に見合った技術を余すことなく伝授していた。


 魔石生成がどれほどの魔力を消費する稀有な技術か、クリスティンはまだ自覚していない。

 この技術を有するのは、王都どころか、国中を探し回っても、選民以外では、オーランド、ネイサン、スタージェス公爵、そして、ライアン、この四人しかいないのだ。

 

 貴族学院で教えている魔法魔石科の授業がどれほど陳腐な内容か。それを知るのはもう少し、先の話。




 扇の赤い石に生成した魔石を押し当てると、赤い石に亀裂が走った。魔力で作られた魔石が形状を僅かに変え、ひび割れのなかに押し入っていく。バリバリと赤い石は内側から壊れてゆき、赤い粉末と変わり果て、さらさらと零れ落ちた。赤い粉末が煌めきながら落ち切ると、赤い石がはまっていた台座部分に、すっぽりと魔石がはまり込む。


「よし」


 クリスティンは扇を開いた。右に左にやわらかくふれば、風が生じ、火の粉が散った。

 魔石がきちんと働くことを確認したクリスティンは、マージェリーの心を守ることを決意する。


 ぱんと扇を小気味良い音をたてながら閉じたクリスティンは、両の口角をあげて不敵に笑った。





 新入生歓迎会当日。

 さすがに平民が多いパン屋からドレスを着て出かける気にならなかったクリスティンは、事前にオーランドの屋敷に衣装を運んでいた。


 パン屋の仕事を終えると、急いで、制服に着替えて、オーランドの屋敷へと向かう。


 屋敷ではロジャーの妻ベリンダが待っていてくれており、到着するなり、髪を梳いたり、化粧を施したりときめ細やかに手伝ってくれた。

 魔石を埋め込んだ扇と小さなポシェットを手にしたクリスティンを見て、ロロを抱くラッセルが目を真ん丸にして、「クリスティン様、綺麗」と褒めてくれた。 

 まっすぐに褒められると嬉しくもあり、恥ずかしくもある。


「ありがとう、ラッセル。じゃあ、行ってくるね」


 ロジャー一家に見送られ、クリスティンは学院へと向かった。




 新入生歓迎会は、高等部だけの行事である。

 二年生が中心になり、準備がすすめられ、開始時間は十一時。

 主たる参加者は新入生であり、裏方に奔走する二年生以外の上級生も参加する。新入生にとっては、またとない他学年に人脈を広げるチャンスにもなる。

 

 会場となる食堂は、窓が開け放たれ、花園から流れてくる花の香りが充満していた。 


 クリスティンが現れると会場は僅かにざわめき、すぐに静まり返った。


 目的があるクリスティンは、堂々と立ち振る舞う。場の中央へは行かず、全体を見渡せる扉横の壁を背にして立った。


 食堂の中央に円形のステージが設置されている。司会進行役が周囲から見えやすいように、一段高くしているのだろう。


「クリスティン」

「シルビア」


 たくさんの人にかこまれているのに、話しかけられクリスティンはびっくりする。


「いいの、私に話しかけて。こんなに人がいっぱいいるのに」

「かまわないわよ。クリスティンこそ大丈夫なの。まさか、あなたが来るとは思わなかったわ」

「ええ、どうしても来なくちゃいけない理由ができたの」

「理由?」

「あのね……」


 クリスティンは扇を広げて口元へ寄せた。

 シルビアが耳を近づける。


「殿下が、マージェリー様に婚約を破棄すると宣言されるかもしれないのよ」

「えっ!」

 

 仰天したシルビアは、開いた口を戦慄かせて、両目を見開いた。


 隅に固まっていた数人の楽団が音楽を奏で始める。場がしんと静まり返ると、入り口からマージェリーが現れた。


 今日の司会進行役である彼女はゆっくりと食堂中央にある円形のステージに進み出た。






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