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68:嫌がらせのはじまり④

 着席したクリスティンに、先に座っていたライアンが視線を投げ、素っ気なく問うてきた。


「友達か」

「……。はい」


 クリスティンは、ジェーンとシルビアに声をかけられたことかなと推測し、間をおいて肯定した。


「同級生か」

「はい。ジェーンとシルビアは同級生です」

「殿下と一緒だとなかなか他の学院生と接するのは難しいと思っていたんだ。良かったな」

「はい」


 仏頂面のライアンが見せる不器用な優しさに、クリスティンは嬉しくなる。

 嬉々として返事をしたら、ライアンがクリスティンをちらりと見た。

 目が合い、クリスティンは柔らかくほほ笑む。

 ライアンの口角が少しあがり、彼はまた視線を横に投げた。


「お待たせ」


 クリスティンの横に、大量の料理を盛りつけたお皿をのせたおぼんをどんと置いたデヴィッドが、椅子をひき、素早く座る。


 育ち盛りの、遠慮しない盛り付け量にライアンとクリスティンは苦笑する。そんな二人をものともせず、デヴィッドは皿か溢れんばかりの料理を前にし満足気だ。

 二人を交互に見つ、明るく笑うデヴィッドが言った。


「さあ、食べようじゃないか」





 クリスティンは、ライアンとデヴィッドといると居心地が良かった。

 

 逃げ出したくなるほど身分差がありながら、一緒にいればいるほど、以前から一緒に遊んでいた幼馴染のようにしっくりくる。

 

 リディアの魂を引き継いでいることをクリスティンは知らない。

 彼らの兄弟のような関係は、オーランドとジャレッドに通じている。


 二人といる心地よさがどこからくるのか理解できないクリスティンは、ただデヴィッドが弟と同い年で、ライアンとは色々な場面で接点があり、見知っているから落ち着くのだろうと思っていた。




 

 昼食を終え、午後の授業を済ませてから、ロッカーのある大部屋前でデヴィッドと別れた。


 大部屋のゴミ箱をちらりと見る。

 目につくような物はなにも落ちてはいなかった。


 ほっとして、わりあてられたロッカーへ行く。その前でクリスティンは扉を開けようと手をかけて、躊躇う。思いのほか、緊張していた。

 深呼吸をして、一気に開く。ロッカーの中は朝扉を閉めた時と変わらない状態だった。


(良かった)

 ほっと胸を撫でおろした。

 

 教科書類がきちんと仕舞われていることをいつもより念入りに調べた。名前の記入漏れもない。

 明日、登校して確認する時のために、端から一冊ずつ、本の並び順をもう一度確認した。


(これで、なにかあったら、相談しないとね)


 ライアンに相談するには生徒会室の敷居が高い。デヴィッドに先に相談したら大変なことになりそうだ。年下でもあり、ライアンからも釘を刺されているから論外。

 気安いのは同じクラスのジェーンとシルビアだろう。


(変化があった場合は、ジェーンとシルビアに相談しよう。

 よし、明日の朝、ロッカーのなかに変化があったら、相談する。決めた)


 クリスティンは気合を入れるように、両手で頬を強く叩いた。乾いた高い音が響き、「よし」と自分に喝を入れた。


 ロッカーから、鞄を持ち、初日にオリエンテーションで集められ、今は一般教養で使う教室へと向かった。


 教室の扉を開けても、誰もいなかった。

 がらんとする空間は物寂しく、クリスティンの胸に郷愁を呼び起こす。

 

 空の端が赤く染まり、夕暮れが近いと告げている。巣に帰る鳥たちが飛んでいく。

 ふらふらと窓辺に寄る。

 ガラスに手を添え、外を眺めると、途端に侘しくなってきた。


 背後で扉が開く音がして、ジェーンとシルビアが来たと思ったクリスティンは振り向く。

 得も言われぬ侘しさは、現実の音によって散ってしまった。


 胸に赤いリボンをつけた、知らない女子学院生が教室をきょろきょろと見回す。

(違う人だったわね)と顔を背けようとした時、入ってきた彼女が「ねえ、あなた。あなたがクリスティン?」と声をかけてきた。


 名を呼ばれ、クリスティンははっとする。

 

「はい。そうですけど、なにか?」

「よかった。さっき頼まれたのよ。教室に戻る予定なら、この手紙を渡してって言われたのよ」


 そういうと女子学院生は、四つ折りの紙を鞄から取り出し、近寄ってくる。長い髪をゆるく三つ編みにし、右肩に垂らす女生徒は、クリスティンが見上げる程背が高い。


 つかつかと歩き、目の前まできた彼女は、クリスティンの胸元に手紙を突きつけた。


「受け取ってもらえる」

「あっ、はい」


 クリスティンはその手紙を両手で掴んだ。


「ありがとうございます」


 お礼を告げると、まじまじと上から下まで彼女はクリスティンを見て、小首を傾げた。


「あなた、デヴィッド王太子殿下と一緒にいる人よね」

「はい、そうです」

「ふーん。もっと、厚化粧で、派手派手しい子かと思っていたら、意外と地味なのね」


(厚化粧? 派手派手しい? 意外と地味?)


 誰かと自分を間違えているのかと困惑するクリスティンに、女子学院生は呆れ顔で告げた。


「あなた何も知らないのね。噂になっているというのに。他のクラスにもちらほら聞こえてくるぐらいよ」

「噂!?」

「上級生も噂してたから、高等部中で囁かれているかもしれないわね」

「えっ? 待って、なんのこと」


 去ろうとする女生徒の腕をクリスティンは掴む、彼女の言っていることが聞き捨てならなかった。


「噂ってなに。まだ一週間も経っていないのよ。噂が立つようなことは何もしていないはずよ」


 腕を掴まれ、驚いた女子学院生は腕を振り、クリスティンの手を振り払った。


「殿下と一緒にいれば、否応なく目立つわよ。ましてやストラザーン公爵家のライアン様とまで一緒にいて、目立っている自覚がないなんて、やっぱりあなた、噂通りの厚顔無恥なの」


(厚顔無恥!)

 初対面の人に面と向かって言われる覚えのない台詞にクリスティンは絶句する。そんな誹謗中傷を受けることはしていないつもりだった。

 クリスティンの顔色を見て、女子学院生は呆れ顔になる。


「あなた、なにも知らないの?」

「知らない、知らないわ。殿下と一緒なのも、所属する科が一緒だからにすぎないのよ」

「ふうん。ならご愁傷様、目立ちすぎたのね。もしくは、周囲に見せつけ過ぎたということかしら」

「目立ちすぎって……」

「王太子殿下と生徒会長と一緒にいるのよ。目を引くのは当然。あなた、バカなの。そんなこともわからないとは言わせないわよ」


 ずいっと彼女は身を乗り出す。

 覆いかぶさるような威圧感を感じ、クリスティンは半歩引いた。


「じゃあね。私はただ手紙を渡しにきただけだから」

 

 去ろうとする女子学院生の腕を掴んだクリスティンは、自ら前に乗り出し、彼女を見上げた。


「待って。本当に意味が分からないの。噂だけでも教えてくれない」


 両目を瞬かせた女子学院生の顔から表情が消える。


「端的に言えば、あなたがマージェリー様から殿下を奪おうと誘惑していると噂されているわ」

「はあぁ」


(なにそれ、ありえない。そんなことないのに!)

 

 力が萎えたクリスティンの手を振り払った女子学院生は、用は済んだとばかりに、背を向けるなり、振り向きもせずに教室を去った。


 残されたクリスティンは、意味が分からず、呆然と立ち尽くしていた。


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