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67:嫌がらせのはじまり③

 クリスティンの弟妹話に花を咲かしながら、三人は食堂へむかう。


「七人兄弟とは想像もできないな」

「領内の平民の家々でも、四人で多いと言われていますから、うちはちょっと多すぎです」

弟妹きょうだいがいるとはどんな感じなのだろう」

「殿下とライアン様の関係が近いですよ。喧嘩していても、どこか息があっている。お二人を見ていて、兄弟みたいと思いました」


 げっとデヴィッドが綺麗な顔を歪ませて嫌そうな顔をする。

 その表情の変化を一瞥し、ライアンは前を向いた。無表情のように見えて、閉じた唇に力がこもっている。

 それぞれになんとも言えないという顔をするものだから、「そういうところです」とクリスティンは吹き出してしまう。


「息が合っているんですよ。嫌な顔をするのも。なんででしょうね。公爵家と王家だから、血のつながりがあるからかしら」


 ライアンとデヴィッドが目を合わせる。


「血が繋がっていると言えば繋がっていますよね」

「そうだな、ライアン」


 複雑そうな表情を浮かべる二人を見て、クリスティンは触れてはいけないことに触れただろうかと不安にかられれた。

 表情の変化から彼女の心情を察したデヴィッドとライアンは同時に告げた。


「ライアンの実母が王の腹違いの姉にあたるんだ」

「言うなれば、従兄弟いとこ同士だ」


 声が重なると、二人は目を合わせ、さらに複雑な顔になる。


「少し面倒なんだよな」

「ですね」

「触れてはいけないことでしたか」


 一気に会話が重くなり、クリスティンは申し訳ない気持ちにかられる。折角の楽しい雰囲気を壊してしまったかのようで。


「みんな知っていると言えば知っている。クリスティンは地方にいたから、知らないだけだろう、気にしなくていい」

「王が身罷れば私がいる。しかし、私には兄弟がいない。となると、私がいなくなったらどうなると思う?」

「王位を継ぐ方がいなくなる?」

「そう。だけど、そういう訳にはいかない。となると、王家の血が濃い順番に継承権が与えられる。

 私に次いで権利を有するのは、叔父のオーランドと、王の異母姉(あね)の息子であるライアンだ。

 叔父は年々増していく瘴気の対応に追われているため、自ずと歳の近いライアンに白羽の矢が立つ」


 そこまで聞けば、なにも知らなかったクリスティンも理解できる。


(殿下だけでなくて、ライアンにも王位継承権があるのね。しかも、それは、殿下に次いで、第二位!)


 目を丸くするクリスティンに、デヴィッドは微笑みかける。


「些末なことだから、気にしなくていいさ」

「大したことじゃない」

「ライアンの立場は、私の倍は複雑なんだ」


 ひらひらと手を振り、軽く告げるデヴィッド。

 前を向いて、素っ気なく答えるライアン。


 二人にとって当たり前のことも、クリスティンは違う。

 デヴィッドよりライアンの立場は複雑だと、さわりだけでも知ってしまったことを後悔していた。


(この件は、これ以上ふれないことにしよう)

 

 そうクリスティンが決意した時、三人の前に開かれた食堂の扉が見えてきた。

 

 食堂は入学式より空いていた。

 受ける授業の組み合わせにより、二年生以上は登校時間はまばらであり、遅い昼食を選ぶ者も多い。昼前に学院に来て、食堂が閉まるギリギリの時間に入ってくる者もいる。


 今日の席も適度に空いており、座る場所に困らない。入学式の時の混みようが嘘のようだ。

 かと言って、窓際の目立つ場所もどうかということで、壁際の四人がけの席を選ぶ。


 デヴィッドがポケットからハンカチを取り出した。手のひらに載せてクリスティンに見せる。


「この刺繡はなにかわかるかい」

「一角獣ですね。雄々しい馬の額に一本の角がある」

「これは私の、しるしなんだ。王家の者はそれぞれ、固有の印を持っている」

 

 クレス用に用意された剣にオーランドの印、土竜が刻まれていた。それにより、騎士団の稽古場への出入りも、帯刀も許されている。


(印を刺繍したハンカチをどうするのかしら)


 不思議に思うクリスティンに得意げにデヴィッドは話す。


「このハンカチの刺繍部分を上において置けば、私が座ると理解し、このテーブルは確保されるだろう」

「あ~、なるほど。良いアイディアですね」

「だろう。これで誰かをこの場に待たせる必要が無くなるんだ」


 おお、とクリスティンが感嘆し、手を叩く。


 それなりに良いアイディアだが、他に席はいくつも空いている。ライアンは、小さな二人のやりとりを微笑ましく見ていた。


 ハンカチをテーブルにおき、三人は料理を選びに行く。

 おぼんとお皿、カトラリーが並ぶ場には、盛り付け例が用意されている。

 メインとスープ。副菜二品、紅茶とケーキとパン。

 見るからに、十分栄養がとれる内容だ。


(これだけ食べられるなんてありがたいわよね。ここでしっかり食べれば、朝と夜を軽くしてもやっていけそうだもの。

 ウィーラー(先生)の言う通りね。お代わりも自由なんだし、ここでしっかり栄養を取らないとね)


 うんうんとクリスティンは一人頷く。 

 学費は払い済み。元を取るつもりで、しっかり食べようと決意した。


 今日のメインは鶏肉のトマト煮、白身魚の香草蒸し。スープは根菜とソーセージの塩スープ、卵と海藻と豆のスープ。副菜に卵料理や豆料理、揚げ物などが用意され、他に数種類のパン、飲み物として珈琲、紅茶、ミルクもある。デザートに、一口大のチョコケーキとシフォンケーキまで用意されていた。


 一通り、盛り付けるだけ盛り付け、二種類のパンとミルクをおぼんにのせたクリスティンが席に戻ろうとした時だった。


「クリスティン」

 

 聞き覚えがある声に呼びとめられた。足を止め振り向く。ジェーンとシルビアが立っていた。手にはデザートをのせたお皿を持っている。


「授業が終わってから遅かったわね」

「殿下と一緒に生徒会室に行っていたのよ」

 

 その生徒会室でトレイシーと会った。彼女から聡明な印象を受けた。とても後輩に意地悪をする人、または意地悪するように指示を出す人に見えない。

 二人の忠告を疑いたくはなかったが、どうにも腑に落ちなかった。

 人が多い場では直接は聞きにくいため、間接的に仄めかすことにした。

 

「そしたら、トレイシー様がいらっしゃったわ。生徒会の副会長なのね」


 忠告をしてきたぐらいだ。

 トレイシーの名が出れば、なにか反応があるのではないかと考えたのだ。


「ご挨拶したの?」

「ええ、そうなの。とても聡明で優しい方ね。また生徒会室に遊びに来てねと言われたわ」


 トレイシーを褒めることで、二人がどう返すか観察する。


「トレイシー様は知性に富んだ方よね」


 あっさり肯定されてクリスティンのほうが驚いた。


(そこで肯定しちゃうの? トレイシーの派閥に気をつけろという意味で、トレイシー自身に警戒をしなくても構わないということかしら)

 二人の反応が腑に落ちない。


「クリスティン、今日は放課後、殿下とお約束はあるかしら?」

「特に約束はないわよ」


 どうしてそんなことを聞くの、とクリスティンは小首をかしげる。


「それなら、一般教養を学ぶ教室で待ち合わせない」

「えっ?」


 恐る恐る誘うシルビアに、クリスティンは両目を瞬かせる。

 殿下に声をかけられた時より、胸が高鳴った。


(私、今、普通に同級生に誘われているって状況よね。同級生に話しかけられているのよね)


 デヴィッドがくっついているクリスティンに積極的に話かけようとする人はほぼいなかった。

 同性の同級生に至っては、遠慮し挨拶する程度の距離から近づけていない。

 遠巻きにみる女の子の小集団を、この数日間、クリスティンは目で追っていた。

 ジェーンとシルビアが一緒にいるところを見て、(同性の親友がいるっていいなあ)とほのかに憧れを抱いていたのだった。


「ほら、私たち、殿下がいる手前、どうしても、遠慮しなくてはいけないでしょ。折角同じクラスで授業を受けれるうちに、お話したいなと思っていたのよ」

「いいわね、シルビア。私も賛成。ねえ時間はある、クリスティン」


 シルビアの提案にジェーンも乗ってくる。


「うん、あるわ」


 誘われたことが嬉しくて、クリスティンも満面の笑みで了承した。

 


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