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65:嫌がらせのはじまり①

 入学式の翌日から授業は始まった。

 一週間は教科を担当する先生方との顔合わせを兼ねている。授業ごとに、教科書が配られ、その際に、教科の概要を説明してくれる。


 院生棟の入り口にフロアがあり、そこに各クラスの一週間のスケジュールが張り出される。それを見ながら、各自教室へと散っていく。


 男女別に行われる授業もある。女子学院生特有の作法を伴う淑女としてのたしなみや心構えを教わる授業のいくつかに対して、中等部から持ち上がってきた子たちは、「またなのぉ」と不満を漏らしていた。

(毎度おなじみの授業が繰り返されると、うんざりしているのね)

 彼女たちの様子を観察するクリスティンは、そんな風に考えた。


 初回の授業で配られた教科書は各自割り当てられたロッカーにしまう。扉はあるが、鍵はないため、貴重品は入れておかないようにと注意が促された。

 

 ロッカーがある大部屋は、更衣室も兼ねており、女子と男子で別れていた。


  


 入学式を終えて三日後、ロッカーに鞄を置きに行くクリスティンは、大部屋の入り口にあるゴミ箱に、投げ入れられている一冊の教科書を見つけた。

 早めに到着し、あまり人がいないなかで、捨てられている教科書の真新しさがひどく目に付いた。


(誰か間違って捨てたか、上級生が不要として捨てたのかしら)


 それにしては綺麗な本で、まだ新品同様。

 思わず手が伸びる。


(誰かの持ち物だったら、ゴミが回収されたら困るわよね)


 ぺらりと表紙をめくる。名前があれば、その人に届けられるし、落としものとして届けやすい。はたまた持ち主に捨てて良いものか確認できるかもしれない。手を伸ばしたのは親切心からの行為だった。


 ところが、めくったクリスティンは固まってしまう。

 表紙裏の隅に自分の名が書かれていたからだ。


 ジェーンとシルビアが言っていた台詞が蘇る。


『トレイシー様側の一派がなにかしてくるんじゃないかって、マージェリー様はご心配されているのよ』


 まさか、式が終わって一週間以内に、こんな事が起こるとは思わなかった。


 クリスティンは、この事態をどう受け止めたらいいものか、困ってしまう。

 ただ、ごみ箱にぽんと置かれていただけで、意図して捨てられたという証拠もない。

 疑っていいものか、迷ってしまう。


(どうしよう……)


 マージェリーが心配していることの前兆か、確信は持てない。まずは、ジェーンとシルビアに相談するのが無難だろう。

 ライアンもなにかあれば相談するように言っていた。


(こんな小さな一件が本当にマージェリー様が懸念している事態に繋がっているといえる? 

 間違って、ということも否定できないし。たまたま、どこかに私が置き忘れてて、ゴミに間違われたとかもあるかもしれないわ)


 理由をこじつけて、相談することをためらってしまう。

 ほこりをはらえば、何事もなかったかのように教科書はきれいだ。


(このぐらいで、すぐに助けを求めていたら、いざという時に信じてもらえないかも…。

 なにもありませんでしたという結果だったら、心配かけさせるだけで申し訳ないわ)


 きれいな教科書を見ているうちに、なにもなかった気になっていく。


 王都に出て、学院に通い始めたばかりである。なにかに巻き込まれたとは俄かには信じがたい。己が被害者になったと、勇んで認めることなどできないものだ。

 例に漏れず、大事おおごとにしたくないと考えたクリスティンは、出来事を過小評価し、なにも起こっていないと思うことにした。


(こういうことがまたあった次の機会に相談しよう。二度目があれば相談に値するわ。これなら、偶然ということもありうるわよ)


 教科書をじっと見つめて、クリスティンはこの一件を胸に秘めることにした。


 ロッカーに教科書を仕舞い、鞄を置き、筆記用具だけを手にして、大部屋を後にする。

 財嚢はポケットに入れ、鍵は首からかける。貴重品は肌身離さず持つことにした。




 デヴィッドと合流し、一般教養の一つ、世界史を受けに行く。この国の歴史や、世界の成り立ち、あり様を学ぶ教科であり、中等部で習った内容のおさらいである。


 一般教養の振り返り授業で教科書は配られない。講師との質疑応答で、それぞれの知識確認を行っていく。

 終わった後に、授業の要点を記した紙が配られるので、分からない点があっても後で復習ができるようになっていた。


 ジェーンとシルビアはデヴィッドが傍にいる時は遠慮し、少し離れた席につく。

 白い髭をたくわえた初老の講師が入室し、軽い挨拶の後、すぐさま質疑応答が始まった。

 講師が本を片手に問いかけてくる。学院生はランダムに当てられる。いつあてられるか分からない状況はいささかスリリングだ。


「世界の形は」

「球体です」


「大地の形状は」

「アーモンド形です。先端は鬼哭の森(きこくのもり)、反対側は神域山脈(しんいきさんみゃく)です。大地の中央地点まで伸びる山脈のふもとに、王都はあります」


 白ひげの講師は、淡々と学院生に問いを投げていく。手には教科書を持ち、答弁内容を確認しているようであったが、基礎的な内容を間違える者はいない。


「産業地帯は」

「神域山脈を挟んで二地域に別れています。王都から鬼哭の森に向かって、右手が農業地帯。左手の奥が工業地帯となっています。左手の手前も農業地帯となっています」


「では、月は」

「世界を形成する球体のあなになります。孔は宇宙と繋がっています」


「主に月が見える位置は」

「鬼哭の森、上空です。世界を包む球体は回っており、鬼哭の森の端から端に半円を描いて動いています。見えなくなっている時は、大地の下で同じく半円を描き回転しています」


「その通り。では、瘴気の正体は?」

「瘴気は宇宙から流れ込んでくる気体です」


「瘴気の影響を三点、一人一つずつ述べよ」

「獣を魔物に変えます」

「農作物の実りを悪くします。味が劣化し、形状が悪いものが採れることも増えます」

「瘴気が濃いと息苦しくなります」


「では、瘴気が最も濃くなるといわれるのは」

「太陽と月が重なり、地上に孔が近い時です」


「瘴気への対処法は」

「瘴気を払うには、オーランド殿下のような強い魔力を持ち蹴散らすか、魔石の力を借りて払う必要があります」


「では、世界全体の形を例えるなら」

「小さな孔が空いたガラスの球体です」


「海と大地と空の関係を述べよ」

「球体の三分の一は水につかっていると言われています。

 楕円の大地は球体の南北の側面に接触しており、船のような形状です。

 東西の海は大地の下で繋がっています。ただし、鬼哭の森の下にある大地は海を侵食していると言われています」


「海底で繋がっていると考えられている理由を述べよ」

「海の水が減らないからです。月の孔が鬼哭の森の下を廻る時、海と接しているならば、海の水が宇宙に流れ、海面がその分下がると考えられます。

 しかし、潮の満ち引きと、月の孔の動きに関連性が見いだせません。

 そこで考えられるのは、鬼哭の森の下で大地は広く球体側面と隣接し、その大地と側面の接触部分の範囲内を月の孔が弧を描き、回っているという見解が主流となっています。

 つまり、海底において、鬼哭の森の下は神域山脈の様な形状になっていると考えられているわけです」


「では東西の海が海底で繋がっている理由は?」

「うちあげられる深海魚の種類は左右の海で変化がないからです。それぞれの海で固有種も見つけられないため、深海魚は東西の海を往来している可能性が高いです」


「海と大地と空の割合は」

「世界の大半は空、つまり大気がほぼ五割を占めます。残りのうち海は四割。大地は一割です。その一割のうち、陸地となっているのは半分にも満たず、山脈や森がさらに残りの半分を占めています」


「では、人が住める土地は世界の何パーセントか」

「球体内部の約二パーセントと言われています」


 講師が時計をちらりと見た。


「では、最後の質問だ。神域山脈にて王家が管理している鉱物資源は」

「魔石です」

 

 最後の答えと重なるように、終業の鐘が鳴った。


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