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64:派閥と助言④

 ジェーンとシルビアの話は続く。


「私たち、殿下と同じクラスになったら、接点を持ってほしいとマージェリー様からお願いされていたの」

「でもね。私たちより、クリスティンの方が殿下の傍にいることになりそうでしょう。科も同じだし」

「だから、忠告。それと、これから困ったことがあったら、いつでも相談してねってことよ」


 思わぬ申し出に、クリスティンは目を丸くする。


「よく覚えておいて、クリスティン。高等部には派閥があるの。現在の二大派閥の一つがマージェリー様がまとめるグループと、ヘンウィック侯爵家次女である二年生のトレイシー様を信望するグループよ」

「マージェリー様のウルフォード家が農業地帯のまとめ役であり、トレイシー様のヘンウィック家が工業地帯のまとめ役なの」

「この二家は、いつも、用水路の使用や、排水状況や、土壌管理とか、もうそれこそあらゆることから対立しているのよ」

「クリスティンはその辺の事情はご存知かしら?」


 ジェーンとシルビアが交互に話す内容は初耳だった。

(知らない、知らない。貴族間でそんな事情があるなんて聞いたことない、ない)

 声も出ないほど青ざめ、クリスティンはふるふると頭を左右に振った。


 男爵領は領地をもつ他家との交流はほぼなく、領地間のトラブルなど知る機会は一切なかった。領地経営の補佐役であるロイなら男爵(ちち)からきいていたかもしれないが、クリスティンは常に瘴気ばかりに気をとられていた。

 

「じゃあ、簡単に説明するわね。

 最近、工業地帯だけでなく、国の方針もあって、農業地帯にも工場が進出しているでしょ。それを工業地帯の方々が、権利侵害と受け止め、面白くなく思っていないのよ」

「王家とウルフォード家の癒着ではないかと邪推する家もあるぐらいなの。実情は違うというのにね」

「でも、どんなに説明しても納得しない人は納得できないものなのよ。今回、殿下が高等部入りされて、トレイシー様側の一派がなにかしてくるんじゃないかって、マージェリー様はご心配されているのよ」

「殿下になにかをしかけるのではなくて、殿下の傍にいる方に対してよ」


 うんうんと二人は頷きあう。

 ひえっとクリスティンの表情が恐怖で彩られた。


「私、なにもしてないし、なにもしないわよ」

「分かっているわよ。クリスティン」

「でも、殿下に悪意を向けるわけにはいかないから、ね」

「家とか政治的な争いだけど、のめり込んで私情を向けてくる人もいるかもしれないでしょ」

「最初から殿下と一緒にいて、さらには魔法魔石科で一緒になるクリスティンが危ないんじゃないかって、マージョリー様はとてもご心配されているのよ」


「つまり、それって、政治とか領地間の問題を学院に持ち込むってこと? 私、関係ないのに、巻き込まれるかもしれないってこと?」

「ええ、そう。だって私たち、学院を卒業したら、今度は直接その問題と向き合う立場に立つのよ」

「どんどん自分事になっていくのよね。卒業後はどうしても、私たち、そういう問題の渦中に入っていくことになるし」

「他人事じゃないってことよ」


 ごくりとクリスティンは生唾を飲み込んだ。


「みんな、それぞれ、領地とか将来の立場を見据えて、事に望んでしまうから、ヒートアップしてしまう可能性もあるのよ」

「もちろん、冷静に対応する人の方が多いとは思うけど、こればっかりは誰がどうとらえているか、わからないものでしょう」

「確かに、そうね……」


(私が王都の学院で学んで、瘴気から領地を守りたいと思っているのと気持ちは似ているかも。そう思えば、理解できる部分もあるけど……。

 でも、そんな私情をぶつけられるのは御免被るわ。

 殿下と関わることで、まさかこんな対立に巻き込まれる可能性があるとも思わなかったわよ~)


 不安げなクリスティンの肩を、ジェーンがぽんと叩く。


「とにかく、なにかあったら、私もシルビアもいるから、相談してね。今はそれだけ分かっていれば大丈夫よ」


 あなたにはマージェリー様がついているわ、ともとれる力強い笑顔に、クリスティンも眉を歪めたまま笑みを浮かべる。


「分かったわ。心配しても、仕方ないものね。ご忠告ありがとう、気をつけるわ」

「じゃあ、お昼まだでしょ。また、明日ね」

「ごきげんよう、また明日」

「こちらこそ、色々、教えてくれてありがとう」

「いいのよ。私たちだって、あなたに変な役回り押し付けちゃった部分があるもの」


 親切なジェーンとシルビアは「じゃあね」と去っていく。

 マージェリーの心遣いをありがたく感じつつも、今後の心配事が増え、クリスティンの食欲は一気に萎えていた。お腹は空いているのに、憂鬱が勝り、空腹が押しのけられたのだ。

 

 それでも大皿が多数並べれている台の周りを歩き、適当に盛り付けて、席に戻った。

 同時にライアンも席に着く。


 ジェーンとシルビアと話している間に、デヴィッドが戻っていた。入れ替わりで、ライアンが立ち、料理を持ってきて、ちょうどクリスティンが戻るのに被ったのだ。

 食べ終えたデヴィッドが、もう一度ビュッフェの料理をとりに立ち上がると、席にはクリスティンとライアン二人だけとなる。


 カトラリーを置いたライアンが、組んだ手をテーブルに載せ、クリスティンに声をかける。


「クリスティン」

「はい」


 クリスティンは、返事をするなり、ぴんと背筋を伸ばした。


「食べながらでいい」

「はい」

 

 両手で持っていたスコーンをぱかんと割った。

 食べならがでいいと言われても、受け答えをしなくてはいけないことを思うと、片方のスコーンにジャムを塗り終えて、すぐに頬張る真似はできなかった。


「さっき、女子学院生に呼び止められていたな」

「はい。同級生です」

「なにか言われたか、彼女たちはマージェリーと親しいだろう。さっき集会場でも彼女に話しかけていた」


(さっき二人に連れられた姿を見ていたの)


 ライアンの目ざとさにクリスティンは仰天する。

 本当のことを話す方が良いのか、それとも誤魔化すか、迷うクリスティンの視線が泳ぐ。

 その様子もライアンは観察していた。


「……、同級生だったので、挨拶した、だけですよ」


 嘘をついた。

 マージェリーから殿下と親しくすることについて忠告を受けたといっても、まだなにもされていない。

 本当に忠告されるようなことが起こるとも起こらないとも言えないなかで、誰かを疑う真似はしたくなかった。





 ライアンは大仰にため息をついた。


 ライアンが知るマージェリーは信頼できる。

 学院では多くの女子学院生を束ね、手本となる立場上、厳格さを保ち、毅然としているものの、元はとても明るく表情が豊かな女の子だ。


 幼いデヴィッドを支えるにあたって、しゃんとしなければという彼女の立ち位置もあり、あのような振る舞いとなっている。


 ウルフォード家の家訓は、慈善。

 彼女はその家訓を常日ごろから胸に秘めて動いている。

 ただ、デヴィッドにはあまりそれが通じていないとライアンはよく知っていた。

 

 彼女が、殿下と関わる、ましてや科も一緒というクリスティンを心配しないわけがないのだ。


 カスティル男爵領主の娘であることも気にする理由だろう。

 かの男爵領から移り住む領民を一番受け入れているのも、ウルフォード公爵領である。


(クリスティンの立場では言いにくいか)


 地方から出てきたばかりの右も左も分からない女の子が素直になんでもべらべらしゃべるようでも考え物だ。その場合は、デヴィッドに、この娘と関わるなと忠告しなくてはいけない。


「クリスティン」

「はい」

「何かあっても、一人で抱え込まないこと」

「えっ?」


 そんなことを言われるとも思っていなかったクリスティンは目を丸くする。


「殿下に相談するより先に、俺のところにこい。生徒会室に行けば取り次いでくれる。もしくは俺がいる」


 クリスティンはまじまじとライアンを見つめた。

 まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。


 ライアンはクリスティンの返答を期待せず、話は終わったとばかりに、ぬるくなった珈琲に口をつける。


 クリスティンはふいにぶっきらぼうな優しさを示すライアンから目を逸らせなくなった。


 ウィーラーのように頼れる悪戯好きの師というのとも違う。オーランドのようになんでも褒めてくれる、甘やかしたがりの師とも違う。


(困ったら、いつでも助けてやるって言われているみたい)


 素っ気なくも優しい学院のライアンを、クリスティンはどうとらえていいか分からなくなった。


「お待たせ」

 

 隣の席にぽんとお盆が乗せられたと思うと、デヴィッドが座る。

 これでもかというほど盛られた料理が目に入ると、クリスティンは我に返った。

 手にしていたスコーンから塗っていたジャムが垂れる。


「どうしたの、クリスティン」

「でっ、殿下」

「食べないの」

「食べます、食べます」


 クリスティンは慌てて、ジャムをのせたスコーンを頬張った。

 サクサクとした食感に、甘いジャムが混ざり、とても美味しい。


(おいちゃんが、お祝いの時に持ってきてくれるお菓子に似ているかも)

 

 頬張りながら、故郷を懐かしむ。

 育ち盛りのデヴィッドも食べ始めた。

 腕を組んだライアンは、天井に視線を投げて、珈琲をすすっていた。






 数日後、クリスティンは、思わぬ事態に見舞われる。

 教科書がゴミ箱に捨てられているのが目に留まり、拾い上げてみれば、そこに自分の名前が書かれていたのだ。


諸事情あり、明日はお休み。

別の小説の番外編一話挟みます。

明後日から普通に投稿続きます。


(実は、毎日投稿しているつもりで、『設定』投稿した当日に次話投稿しているつもりでいたところ、次の日に次話投稿予約してて、慌てて一話投稿して、その後の投稿全部ずらすのかと途方に暮れてたところ、ある中編の番外編を準備してて、その一話がかき上がっていたので、急きょ明日それを投稿して、毎日投稿不慮の事故で潰える、を回避したのでした。こんなところで記録潰えるやだっていう超自分事の理由で、別小説の番外編でお茶を濁したのでした。やっちまったよ。明後日からは毎日投稿されます。11月1日まで。設定投稿する時は、きをつけないと!うっかりミスで自己満足の記録が潰えるのは嫌だってだけです、はい。三年とは言わないから、せめて千日ぐらい続けたいのですよ~)

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