63:派閥と助言③
両開きの扉が開け放たれた食堂に入る。
中は案の定、混雑していた。
ざっと眺めただけで空いている席はない。
「これは端っこになりそうですね」
「もっと早くきたら良かったか」
「あの会場で最前列にいたらこんなものですよ、殿下」
クリスティンは二人の会話を聞き流しながら、ホールにもなる広い食堂に仰天していた。
二階を突き抜ける天井。花園に面する一階の一面は大きな窓になっている。花々を愛でる窓際の席は人気なようで、女子学院生たちの集団が陣取っていた。
ビュッフェ近くには、食べ盛りの男子学院生が多い。
男女混合の集団も珍しくない。
階段もあり、二階席が用意されている。空間を見下ろせる場所を好む学院生で眺めの良い二階席も埋まっていた。
「不便ですけど、奥に行きましょう」
ライアンに導かれ、デヴィッドとクリスティンも歩みを進める。
ライアンに声をかける学院生もいた。彼らは最高学年のようで、一緒に座らないかと誘うが、三人分の席が空いていることはなく、ライアンはお礼を言いながら、断っていた。
あくまでも、三人で座れる席を探しているようだ。
(面倒見がいいのね)
クリスティンなら知っている人もいないし、早々に帰宅しても良かったのだ。オーランドの屋敷に寄って、ラッセルとロロと遊んでも楽しいだろう。
デヴィッドは人前であるからか、絶えず笑顔を絶やさない。声をかけられれば、愛想よく振舞う。
(小さい頃からこんな風に、誰に対してもにこにこしてばかりいたのかな)
デヴィッドの笑顔はとても上品で、彼を嫌う人はいないように思えた。それもこれも、どこか無理をして、立場を踏まえての積み重ねだとしたら、歪に育つ一面を抱えても、致し方ないのかもしれない。
(私も、最初は騙されたものね)
デヴィッドとライアンを見つめるクリスティンであったが、二人と一緒にいることで、否応なく目立っていた。
ひそひそと「あれは誰」と囁く声が耳に届く。
途端に見られていると自覚したクリスティンは、居心地が悪くなる。
(席がないなら帰ってもいいのに……)
ライアンに、混んでいるなら帰ると提案しようとした時だ。
「四人掛けの席が空いている」
二階にあがる階段の陰に、暗がりに紛れた寂しい席がまだ空いていた。
「暗いけど、あそこにするか」
「いいんじゃないか。目立たなさそうだし」
「殿下、先に料理を持ってきてください。俺が座って、座席を確保しておきます」
「いいのか?」
「かまいません。料理の数が減ってしまいますよ。席も取られたら困るでしょう」
「わかった」
「クリスティンも、行ってくるといい。殿下にどうしたらいいか教えてもらいなさい」
新入生で、身分も一番低いのにとクリスティンはまごつく。
ライアンは、料理のある方角へと視線を流す。
「気にせずに、行っておいで」
「行こう、クリスティン」
デヴィッドがクリスティンの腕を掴んだ。
ライアンは陰に隠れる席に向かう。
デヴィッドに腕を引かれるクリスティンは料理が並べられた場所に向かった。
壁をくりぬかれた大窓の向こうに、調理場が見え、料理人がせっせと料理を作っている。壁から離されたいくつもの台の上には、大皿が並べられ、数種類の主食、おかず、スープ、果物からデザート、はてはドリンクまでも数種類用意されていた。
台を囲うように、多くの学院生が取り皿を持ち歩き、好きな料理を選んでは皿によそっている。
「すごい。毎日こうなんですか」
「だいたい、こんなものだよ」
「毎日こんなに人数で食事を!」
「いやいや、ここまで人数が揃うのは珍しいさ。
十一時から初等部、十二時から中等部、一時以降に高等部が利用するんだ。各部の講義時間の兼ね合いで、食事時間が決まっている」
「そんなルールもあるんですね」
「自然とそうなっていっただけだよ。おぼんを持ったら、カトラリーとお皿を乗せて、自由に好きな食べ物を好きなだけ盛る。簡単だろ」
デヴィッドからおぼんを渡され、彼に習い同じようにお皿とカトラリーを載せた。
お腹が空いているデヴィッドは肉料理に誘われて行く。
クリスティンはパンのコーナーに向かって動き出す。数歩歩いたところで、きゅっと袖を引かれた。
立ち止り、引かれた腕側を見ると、女子学院生が二人立っていた。
胸元にかざる赤いリボン。
顔を見て、同級生だとすぐに分かった。
「ちょっといい」
「悪い話じゃないわ」
ひそっと二人に呼ばれて、クリスティンはおぼんを手にしたまま、物陰に連れ去られる。
腕に覚えのあるクリスティンは、連れ去られることは恐ろしくなかった。女子学院生二人から逃げるだけなら、そんなに大変ではない。
食べ物を選ぶのに夢中なデヴィッドは、クリスティンが連れて行かれたことに気づかなかった。
ただ遠くから見ていたライアンは、クリスティンの動きに気づいていた。すぐに動かなかったのは、連れて行った二人がマージェリーとつながりがある新入生だったからだ。
人がたくさんいる場所でも、物陰はある。キッチンスペースとの境にある荷物を積み重ねている一角に三人は立った。
ホール側に背の高い植木鉢があり、その陰に隠れれば、食事と会話に夢中なっている学院生から、三人の存在は見えにくくなる。
「ごめんなさい。悪気はないの。大きな声は出さないで」
「悪いことはしないから、安心して」
「では、なんの用ですか」
「忠告。忠告よ」
「マージェリー様からの伝言もあるわ」
「マージェリー様の?」
クリスティンがオウム返しをすると、二人はうんうんと頷いた。
「あなたが、クリスティン・カスティルだと私たちは知っている。でも、私たちの名前は憶えていないでしょう。自己紹介したけど、全員の名前なんてすぐに覚えられないものね」
「もしかして、同じクラスの……」
マージェリーと集会場から出ていった二人だとクリスティンも気づく。
「私たちの名前分かる?」
「ごめんなさい、覚えていないわ」
「いいのよ、私はジェーン。メリング伯爵家の者よ。隣の子はシルビア。トムリンズ子爵家のご令嬢よ」
二人の掛け合う声には聞き覚えがあった。クリスティンの脳裏に、登校中に後ろから聞こえた女子学院生の会話が蘇る。
「私たち、マージェリー様から伝言を預かってきたのよ」
「クリスティンが困らないようにって……」
マージェリーの名が出ていたことで、ジェーンとシルビアの話をクリスティンは黙って聞くことにした。
「マージェリー様は殿下が心配なのよ」
「そして、何も知らないクリスティンが巻き込まれることを懸念されているのよ」
話しが見えないクリスティンは、どういうことと怪訝な表情を浮かべた。