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62:派閥と助言②

「殿下。言葉が過ぎます」

 

 聞き捨てならないとライアンが低い声でデヴィッドを諫めた。

 デヴィッドはむっとし、ライアンをねめつける。


(また助け船だしてくれた)


 ライアンの素早い反応に、クリスティンはほっとする。

 

「なんだ。本心一つ、私は言えないのか」

「このような場で、滅多なことを言うものではありません」

「マージェリーも去った。残っている学院生もまばらだ。誰も聞いていない」

「俺と彼女が聞いている。そのような周囲を顧みない言い方をされては、一番迷惑を被るのは彼女ですよ」


 ライアンは顎をしゃくって、クリスティンを示す。

 デヴィッドはむっとする。

 ふたりのやりとりをクリスティンはまじまじと見つめた。


(気持ちがいいほど、はっきり言うのね)


 初めて会った時から、ライアンはデヴィッドに対して毅然とした態度をとっている。

 言葉遣いはそれなりに気を使っている様でも、態度はまるで年下の弟を相手にするかのようだ。例えるなら、兄弟喧嘩が近いだろう。


(こうやって素顔を晒せる一瞬があるから、殿下は素直な一面を失わずにすんでいるのね)


 無自覚なのかもしれないが、デヴィッドにとってライアンの存在が支えになっているのだろう。


「私は、マージェリーが怖いんだ。なぜ父も母も、あんなに彼女を気に入っているのか分からない。

 いつも女子学院生を従えて、まるで一番偉いかのようじゃないか」

「公爵家で、王女殿下がいない今、家格から見ても、マージェリーの立場が一番上です。なにより、彼女は家訓を重んじ、懐が深い」

「ライアンも、マージェリーの肩を持つのか」

「同学年として、長年見てきた正当な評価です」

「周りに優しいのも、人から評価が得られるからだろう。私にはいつも厳しいじゃないか」


 ライアンがマージェリーの味方につくのもデヴィッドの立場からしてみれば面白くない。

 眉間に皺を寄せたライアンが遠くを眺め、また視線を戻した。


「その点は、分かりますよ。しかし、総合的に見て、人格も家格も、なにもかもが申し分ない」

「父も母も、騙されているんだ」

「そんなわけがないでしょう。それを言うなら、殿下の外面と内面の違いを理解して、厳しく接しているのかもしれませんよね」

「仕方がないだろう。私は立場上、振舞わないといけない態度がある」

「だからこそ、我慢している内面が、どこかで噴出しないか心配しているのかもしれませんよ」

「そうなのか?」

「仮説です」

「なんだよ、それ」


 平静なライアンに、つまらないとばかりにデヴィッドが言い捨てる。最後の言葉の乱暴さこそ、デヴィッドが隠している一面だ。


(やっぱり、色々我慢しているんだ。でも、ライアンの前では本心がこぼれてしまうのね)


 だだをこねる年相応のデヴィッドは、早熟な部分と未熟な部分がアンバランスなのかもしれない。そこに若干の危うさを感じさせる。


 マージェリーを背が高いと言っていたように、身長差も気にしているのかもしれない。年齢を考えるとデヴィッドの身長はまだまだ伸びる余地があるというのに。まるで、永遠に溝は埋まらないと勘違いしているようだ。


(弟のロイより大人びて見えたけど、精神面はロイの方が落ち着いているかも。

 殿下って、今の話を聞く限り、そのまんまでいることを許されているわけじゃなさそうだもの。きっとどこか窮屈なのね)


 当たらずとも遠からず。

 クリスティンは知らないが、一人で王家を背負うデヴィッドは、幼少期から常に大人であることを求められた。聡い子どもであった彼は、大人の要求にいつも応えることができた。

 だからこそ、子どもとしての成長がおざなりとなり、どこか極端に未成熟な部分が残されていたのだった。


「もう、いいよ」

 

 思慮深いようで短気な一面をのぞかせるデヴィッドが、ふいっとライアンから顔を背け、クリスティンを見た。


「昼にしよう。私もお腹が空いた。お腹が空くと、人は気分も機嫌も悪くなる。一緒に行こう、クリスティン」


 急に誘われると思っておらず、答えを用意していなかったクリスティンは、助けを求めるように自然とライアンを見てしまう。

 彼はいつもさりげなく、ちょっと言葉は乱暴で、直接くれる優しさではないけれど、助けてくれる。数回助けられた経験により、自然にクリスティンはライアンを頼ってしまった。


 目が合ったライアンは、デヴィッドに視線を流した。


「俺も行きますよ」

「邪魔をするのか」

「高等部の面々は入学式が終わったら、食堂で食べならが親しい仲間と語らうのが通例です」

「私とライアンが親しいというのか」


 この答えにクリスティンは笑ってしまいそうになる。

 こんなやり取りを交わしていたら十分親しいでしょうと、突っ込みたくもなり、無理やり笑いたい衝動を押さえ込んだ。


「親しいとは言いたくないですけど、不本意ながら、殿下の動向を頼まれているもので」

「なんだそれは、父か、母か」

「両方かもしれませんね」


 二学年飛び級するだけの頭脳はあっても、どこか危うい。そこをフォローするように頼まれているのだろう。そのぐらい、今までのやり取りを見ていれば、クリスティンにも理解できた。


「そろそろ、行きましょう。殿下、話は食堂でもできますよ。ビュッフェ形式ですからね、料理に近い席は軒並み埋まってしまいますよ」

「どうせ式で一番前に座っていた私たちが最後だ。あまった席になるのは目に見えているだろう。

 いくぞ」


 スタスタと胸を張って通路を歩き始めるデヴィッド。

 クリスティンとライアンは目を合わせ、互いに肩をすくめた。それも一瞬、遅いと怒られる前に、二人は追いかけ始める。


 デヴィッドをライアンが追いかけ、その後ろからクリスティンが進む。


(やっぱり、ライアンは良い人ね)


 高い身長、広い肩幅、大きな背。歩く姿はとても堂々としている。

 将来はオーランドのような、力強い聖騎士になり、森から人々を守ってくれるのだろう。

 その時には、クリスティンはきっと男爵領にいる。


 父と母が、ふらりと予告なく訪ねてくるオーランドを歓迎する姿が思い出される。

 オーランドにライアンを重ね見て、クリスティンは迎える側にいるのだ。


 それはとても楽しい気持ちをわき上がらせる。

 なぜか、とても懐かしく、そうなったらいいのにという望みに、少しだけ悲しみが宿り、浮かぶ情景を滲ませた。


 なぜそんな気持ちになるのかクリスティンはよく分からなかった。


(なんだろう。王都に来てから、時々、変な気持ちになる)


 嬉しいような、悲しいような、懐かしいような。

 今ここで、デヴィッドとライアンが目の前で、なにか言葉を交わし合いながら、じゃれ合うように歩いている姿が、とてもとても尊い光景のように感じてしまう。


 リディアの魂を受け継いでいながら、大人たちはクリスティンに一切その事実を伝えていない。


 在りし日、クリスティンの身体に宿るリディアは、この学院で、オーランドとジャレッドとともに学んでいた。


 リディアとして学院の入学式に臨んだ記憶はクリスティンの意識に遡上することはない。ただ既視感として、感情だけがせり上がる。


 ゆっくりと追ってくるクリスティンにライアンとデヴィッドが振り向く。


「クリスティン、早く食堂に行こう。お腹が空いているだろう」

「ビュッフェ形式だから、早く行かないと、料理数が減ってしまうよ」


 集会場の出入り口からさしこむ光を背にする二人が、手を差し伸べる。その姿に涙が出そうになる。じんわりと胸が熱くなり、唇が戦慄いた。


 言葉にもならない、喜びと悲しみが混ざり合った感情のうねりに後押しされ、二人の間に飛び込むようにクリスティンは走った。


「そうですね、急がないといけないですよね」

 

 ライアンとデヴィッドがゆっくりと前を向き歩き出す。二人の間にやっと追いついたクリスティンが歩調を緩める。

 

 クリスティンを真ん中に、三人は集会場を後にした。


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