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60:入学式④

 自己紹介が始まった。

 指示通りの流れで、学院生の挨拶は進み、順番はどんどん近づいてくる。

 とうとうデヴィッドの順になり、彼は立ちあがった。


「私はデヴィッド・グランフィアン。ここでは、年齢や立場を気にせず接してほしい。魔法魔石科に所属する。皆も知っての通り、この国の第一王子であり、王太子でもある」


 殿下に対しても周囲の反応は平静で、ぱちぱちと柔らかな拍手が広がっただけであった。クリスティンも周囲にならって手を叩く。


(さすがね。場慣れしてますって感じだわ)


 引き続き、クリスティンが立った。

 周囲の視線が集まると、急に体が強張った。


(殿下であの雰囲気だもの。大丈夫、きっとあっさり終わるわ)


 胸に手を当て、大きく息を吸った。これだけの同年代を前にして挨拶をするのは初めてである。


 心臓が早鐘を打つ。

(おさまれ、おさまれ)

 願っても、鼓動は早くなるばかりだ。

 徐々に胃がきりきりして、顔も熱くなってきた。


(早く挨拶しないと……)


 焦るクリスティンは諸手を握った。手のうちに汗がにじむ。


「初めまして、クリスティン・カスティルです。よろしくお願いします」


 早口で告げた。

 一礼して顔をあげると教室中の視線が向いていた。

 間が空く。


(えっ、なに。なんなの、この反応。私、なにかおかしかった?)


 大抵、ここで拍手が起こるのだが、なにもない。

 うろたえるクリスティンに、横からひそっとデヴィッドが助言した。


「クリスティン、所属する科を忘れているよ。あとどこの家かも」


 クリスティンは、はっとする。

 自己紹介の時、必ず出自の家と所属する科を告げていたのだ。


「すいません。

 カスティル男爵家の長女です。魔法魔石科に所属します」


 ここで拍手かと思いきや、ぽかんと全員の視線がクリスティンに注がれた。


(またなに、なに? 変なこと言った、私)


 狼狽するクリスティンの隣で、デヴィッドが軽い拍手を打ち始めた。

 すると、どこともなく、デヴィッドの調子に合わせて、拍手が折り重なっていく。

 

(なんだったの、あの間は……)


 腑に落ちないまま、クリスティンは椅子に座りなおす。

 拍手はじきに収まった。

 再びデヴィッドがクリスティンに肩を寄せ、口に手を添えて、囁いてきた。


「魔法魔石科は人数が少ないんだ。このクラスからも私とクリスティンの二人だけだろう」

「魔法魔石科って言うだけで、驚かれるんですか」

「そんなところだね」


(そんなこと知らない)と、クリスティンは目を丸くする。ウィーラーとオーランドに言われるままに受験していただけに、細かな学院の事情は知らなかった。


(そう言えば、先生も力のさじ加減には気をつけなさいと口を酸っぱくして言っていたのよね。それも人数が少ないせいなのかしら?

 しかも殿下と一緒で、このクラスから二人だけ……)


 口元がミミズのように曲がりくねる。


(なんか、嫌な予感がする)


 なにがとは当てられなくても、デヴィッドと一緒に動くことが増えれば、ライアンとも接点が出てくるだろう。


(殿下と一緒だったら、否応がなくあの人までついてくるわよね。三役全部で顔合わせるなんて、どこかでボロが出るわよ。

 ああ、もう、なんでこんなに面倒なことになるの。

 貴族のおぼっちゃんが平民のパン屋になんか来る必要ないじゃない!!)


 心のうちで叫び、頭を抱えた。


「クリスティン、クリスティン」

「はっ、はい」


 呼ばれて顔をあげる。


「科も同じなんだね。三年間よろしく、クリスティン」

 

 晴れやかに笑うデヴィッドに、妙な因縁を感じ、クリスティンの頬は引きつった。







 自己紹介が終わると教室から入学式を行う集会場へ移動する。


 歩きながらデヴィッドは、初等部、中等部、高等部と順番に入学式が行われるとクリスティンに説明した。


 初等部の面々は、保護者と一緒に入学式を終えてからオリエンテーションを受け、午前中に帰宅する。

 担任の顔合わせを終え、入学式に臨む中等部は、再び教室に戻り長いオリエンテーションを受けることになる。

 高等部は二つの入学式が行われる間にオリエンテーションを行い、入学式を終えると、その場で自由解散になるという。


 中央校舎と研究棟の間に伸びる道を進むと集会場がある。

 そこに高等部の学院生全員がわらわらと集まってゆく。


 中に入ると、真っ先にステージが目についた。

 フロアには二つの通路を挟んで、多くの椅子が均等に並べられている。

 先んじて到着した学院生が、それぞれ好きな場所に座ってゆく。


 クリスティンは新入生の挨拶を行うデヴィッドに連れられ、一番前に座ることになった。終わった後に、一緒にお昼を食べるかどうか答えを聞く時に、どこにいるか分からないのは困る、と押し切られ、うまく断れなかった。


(本当は一番後ろか中ほどあたりで、周囲を見回せる位置にいたかったのにな~)

 

 真正面にステージがあり、居心地の悪い。お尻がすぐに浮きそうになる。


(これじゃあ、ずっと顔をあげていないといけないわ)


 目立つ場所なだけに、話をじっと耳をそばだてて聞かなくては、登壇する人たちにも失礼だろう。入学初日から、厳しいなあとクリスティンは泣きたくなった。


 右を見れば通路を挟んで二年生が座り、左を見れば通路を挟んで最高学年の三年生が座っている。その最前列には見知った顔が二つ見えた。


(あの二人……)


 まっすぐ前を向いて座るライアンとマージェリー。公爵家の二人は周囲の手本となるべく、前列に座っているのだろうか。


 そうこうしているうちに、開式の言葉が告げられ、入学式が始まった。

 国歌斉唱ののち、学院長による長い式辞が終わる。


 続いて、在校生代表による祝いの言葉として、ライアンが登壇した。


(ああ~、パン屋でも、稽古場でも、ここでも顔を合わすのね。しかも今も殿下の隣って、否応なく目につくじゃない)


 真正面に座るクリスティンは気が遠くなる。目を逸らしても怪しいと思われるだろう。

 努めて、普通の新入生であろうとするために、背筋を伸ばしてライアンを見つめた。

 顔を覚えられているからか、デヴィッドの隣にいるからか。一瞬彼と目があった気がした。


 続いて、新入生代表による誓いの言葉として、デヴィッドが颯爽と登壇し、そつのない挨拶をこなす。

 その態度から、いかに場慣れしているのかが伺えた。


(年下に思えないわ)


 堂々とした姿にクリスティンは感心するばかりだ。


 挨拶を終えたデヴィッドへ、在校生から歓迎の花束を渡すということで、マージェリーが登壇し、大きな花束を渡した。

 まさにご令嬢という、背筋もしゃんと伸びた、麗しい立ち姿にクリスティンは息を呑む。


(まさか、子犬だけじゃなくて、公爵家の方まで助けていたとは思わなかったわ。そして、彼女の兄はエイドリアン近衛騎士副団長。騎士団の稽古場で、接点があるかもしれないのよね。まさか、マージェリー様まであそこに来るとは思えないけど……)


 三役それぞれで、別々に違う人間として会うのは、とっても気を使う。それぞれ固有の人間関係は歓迎するけど、同じ人物と違う顔では会う機会は少ない方がいい。

 

(ライアンなんて三役それぞれで会うことになるわよね。しんどすぎよ。さらにマージェリー様と二役で顔を合わすとなると、もう頭の切り替えができる自信がないのよ。お願いします、どうか稽古場には来られませんように、そして学院でも接点がありませんように)


 クリスティンは心の中で祈る仕草をして、神頼みで願う。


 続いて各科の教師紹介が行われ、閉式の言葉で入学式はつつがなく終わった。

 終わると、会場中が急に騒がしくなる。後ろの学院生から順次集会場を出るため、真ん中より前列にいる学院生たちは自ずと会話に花を咲かす。その明るい声音が会場中に響き、今日がハレの日であると、改めてクリスティンに印象付けた。


「クリスティン、緊張した?」


 隣のデヴィッドが話しかけてくる。


「はい、少し。最前列は、登壇される方々にも見られるので、ね。やっぱり……」

「そうだよね。私も事前に打ち合わせていたとはいえ、緊張したよ。なにせ、これだけの人数の前での挨拶だからね」

「とてもそうは見えませんでした。立派な挨拶でしたよ、殿下」

「そう。やっぱりクリスティンは褒めてくれる。嬉しいな」


 なんとなく親し気な雰囲気が漂い始めた時だった。


「殿下」

 

 呼びかけられデヴィッドが声の主に顔を向ける。聞き覚えのある声にクリスティンもつられる。

 そこにはライアンが立っていた。


「なんだ、ライアンじゃないか」

「なんだじゃないですよ。また、この女子学院生とご一緒ですか」

「ああ。同じクラスだからな。しかも、科も一緒だ」

「科も、ですか」


 ライアンの眉がぴりっと震えた。

 にこやかなデヴィッドがクリスティンを見て、返した手のひらをライアンに向けた。


「ライアンも同じ科だよ。魔法魔石科は人数が少ないから、三学年一緒に受ける授業もあるんだ」


(えっ!)

 目を丸くするクリスティンに、ライアンはぴりっと渋い顔をする。

 怒っているように見えて、クリスティンはたじろいだ。


「殿下」


 さらに声が飛んできる。この声も聞き覚えがあり、途端にクリスティンは緊張した。


「その方は、どなたですの」


 冷たい声に背筋が凍った。明らかに敵対するような声音だ。恐る恐る、顔を向けると、そこには冷ややかな視線を向けてくるマージェリーがいた。


(私、怒られるようなことした?)


 クレスとして会った時とは別人のように冷たい表情に、クリスティンは思わず自分に落ち度がないか、思考を巡らす。

 学院では接点がないのだ。なにも理由は思い浮かばなかった。


(そんなことより、この状況。なに、これ、この状況!!)


 歩み寄る、冷ややかなマージェリー。

 隣に立つ、にこやかなデヴィッド。

 目の前に立つ、渋い顔のライアン。


(なんで、私、こんな立派な方々に囲まれているの!)


 逃れようもないクリスティンは、あわあわする。

 これからなにが起こるのかと、とても生きた心地がしなかった。



読んでいただきありがとうございます。

ブクマ、ポイント多謝です。


11月1日100話まで予約投稿済んでおります。

引き続き、読んでもらえたら嬉しいです。

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