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59:入学式③

 正面の壁に大きな黒板を備える教室は、中央の通路を挟んで、それぞれ五人ほど並んで座れる机が左右に設置されていた。

 デヴィッドとクリスティンは最後尾の窓際に、並んで座る。


「クリスティンは高等部からだよね」

「はい。地方受験を受けて来ました」

「頑張ったんだね」

「殿下こそ、飛び級と聞きました。すごいですね、二学年も飛び越えるなんて」


 デヴィッドはくりんと目を丸くして、破顔した。

 表情の変化にクリスティンはたじろぐ。


「ははっ、面と向かって、褒められるのは面映ゆいな」

「えっ、あっ。ごめんなさい。不躾でしたか」

「いや、いい。私がそれぐらいできるのは当然だから、褒められることが珍しかったんだよ。

 出来て当たり前と思われていても、たまに褒められると嬉しいものだな」


 にこにこするデヴィッドを見ていると、とても二歳も年下に感じられなかった。


「殿下こそ、失礼かもしれないですけど、実は同い年だと思っていました。私にも殿下と同じ年ごろの弟がおります。比べると、殿下の方がずっとしっかりしていて、びっくりしました」

「また、褒めてくれたの。嬉しいなあ」

「いいえ、褒めるなんておこがましいです。率直な感想です」


 笑顔のデヴィッドにつられてクリスティンも笑顔になる。

 デヴィッドがクリスティンに肩を寄せた。口元に手を添えて、小声で囁く。


「ねえ、その眼鏡。伊達眼鏡でしょ」


 まずいと真顔になったクリスティンは眼鏡の縁に手を添え、顔を逸らした。


「目が悪くないのにかけているんでしょ」

「ええ……、そうですね」


 まさか変装用にかけているとも言えない。


「なにか理由でもあるの」

「特に、理由は、ない……、です」


 歯切れが悪い。これでは理由があると言っているようなものだ。


「もったいないね」

「もったいない?」


 変な答えが返ってきてクリスティンは驚く。

 相変わらずデヴィッドはにこにこしている。


「うん。眼鏡がない方が、可愛いから」


 金髪碧眼の美少年たるデヴィッドが臆面もなく褒めるため、クリスティンは一気に頬が熱くなった。


「でっ、殿下。かっ、かわ、かわっ……って」

「可愛いって言ったんだよ」

「……畏れ多いです。私は、地方から出てきた、平民上がりの男爵家の者ですよ。冴えないに決まっているじゃないですか」

「うん。そういうところもいいよね」


 デヴィッドは頬杖をつく。


「今日は入学式とオリエンテーションだけだ。終わったら食堂で一緒に昼でも食べないか」


 クリスティンは顔を横に振りたい気持ちを抑える。断ってもいいのか、断らない方がいいのか、分からなかった。

 

「真剣に悩まないでよ。でもいいや。式が終われば自由解散になる。その時、もう一度聞くよ」

 

 がらりと黒板側の扉が開き、教師が現れた。

 立っている者、雑談をしていた者が、一斉に手近な席に着く。


 断れなまま用件が保留になったクリスティンは頭を抱えた。


(初日から殿下と一緒にいたら目立つわよね。目立つと思うわ。そもそも、殿下の傍なら、上位の貴族の方々が取り巻いているはずで、私なんかお呼びじゃないはずなのに)


 周囲を見ても、みな同じ制服を着ている。服装だけで、身分は特定できない。それこそ、殿下だって、同じ服を着ているのだ。


 黒板前に立つ教師が教室中を見回すと、しんと静まり返った。


「無事、入学式を迎えることができたこと、心よりおめでとう。

 私はバート。魔法魔石科を専門に教えている。このオリエンテーション進行役としてきたが、知っての通り、担任ではない。


 そもそも高等部から担任はいない。中等部からの復習を兼ねた一般教養期間が終わると、各人、騎士科、魔法魔石科、文士科、魔石技術科、農業科、工業科、家庭科、芸術科などとそれぞれに分かれて学んでいく。


 この教室に集まる三クラスも名目上の所属で、学院行事や共同授業での目安になり、こうやって全員で集まることも珍しくなるだろう。


 中等部からの持ち上がりが多いが、高等部から試験を受けて入学する者もいる。

 顔合わせも兼ねている初月の一般教養期間だ。

 将来のためにも、互いに尊重した、よりよい関係を築いてほしい。


 ともかく、高等部は将来を考える大事な時期である。勉学に、遊びに、いっそう楽しみ、各々の未来を建設的に悩む時期と心得ておきなさい」


 教師はそこで一区切りする。

 ざっと見回し、再び話し始める。


「次に、三週間後の歓迎会についてだ。

 学院には、有名な花園を眺める広い食堂がある。

 その食堂を解放し、花園の手前にある芝生までを会場にして行う予定だ。

 雨天時は、ホールを兼ねている食堂のみで行う。その際は少し窮屈かもしれない。


 高等部全員集まる行事であり、高等部最初の社交の場でもある。新入生から最高学年まで参加する行事だ。

 今後のことも考えて、慎重にふるまうこと。


 互いに尊重する心があれば、無用なトラブルは起きないだろう。身分や立場、そういう垣根を越えて、信頼を築ける場なのだ。隣人愛を忘れずに日々を過ごせば、それは未来への恩恵となる。

 今はこの意味が分からなくとも、いずれは実感する時もあるだろう」


 歓迎会の話題となり、教室内が少しざわざわする。教師の訓示も学院生の耳を素通りしていく。

 楽し気な雰囲気に包まれる教室で、(やっぱり顔を広げるための貴族のお茶会なのね)とクリスティンは頭をかかえる。

 領地で開かれる、子どもの成長を祝う行事であつまるのは近隣の平民。みんなで準備して、歌って、躍って、食べて、楽しむ行事だ


(平民同士で楽しむ雰囲気とはずっと違うはずよねえ)


 オーランドが用意してくれたドレスを思い出し、クリスティンは不安になる。王都にきてから、慣れないこと、知らないことが多く、失敗ばかりしている気がして、簡単に気落ちするようになっていた。


 ざわざわする教室に、バート教諭が両手を打つ。

 ぱんぱんと乾いた音が鳴ると、さっと静まり返った。


「静かに、話はまだ終わっていないよ。

 では、式に向かう前に、端から自己紹介をしていこう。通路側の扉前から始め、最後は窓際の最後尾だ。

 名前と一人一言。簡単な挨拶でいい」


 バート教師が告げた順番にクリスティンはびっくりする。


(私、最後に挨拶することになるじゃない)


 さらには殿下の後である。


(いやだぁ……。なんてことなのぉ)


 クリスティンは間が悪い自分に辟易する。




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