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58:入学式②

 入学式当日。

 パン屋の手伝いを早めに切り上げたクリスティンは、部屋で軽い朝食を食べ終え、制服に着替えた。

 指定の鞄を持って、学院へと向かう。


 さすが入学式である。学院に近づくごとに、馬車が何台も後ろから通りすぎていく。学院に近づいてくると、半円の停留所に入りきらない通り過ぎていった馬車が数台路肩に停まっていた。


(見学日にはこんなに馬車はいなかったのに。さすが入学式ね。びっくりするわ)


 徒歩で登校する学院生に紛れるクリスティンは、眼鏡をそっと直す。物珍しい景色に好奇心がうずくが、努めて顔に出さないよう気をつけた。


 何も知らない田舎者である自覚はあっても、それをあからさまに晒し悪目立ちするようなまねはしたくない。先日の騎士団での一件でこりている。行動は慎重に選ぼうと心に決めていた。


 半円の停留所には馬車が所狭しと並んでいる。


 入学式と新学期の開始、両方合わせた式典が開かれるために、全学年集まっているのだ。


(これだけの馬車を見るのも初めてだけど、こんなに人がいる場所に来るのも初めてかも)


 六歳と十二歳のお祝いで、近隣から人を呼んで賑やかに祝ったことも今は昔。ここ数年は領民も減っており、催し物の規模は徐々に縮小していた。

 去年あえた人と今年会えない。ここ数年は、毎年そんな苦い思いを味わうばかりだった。

 年々寂れていくことを思い出し、気落ちする。

 こんなところで学んでいる暇なんてないという焦燥感が湧いてきた。


(おいちゃんだってはからってくれているのに、帰りたくなってきたわ。領地が心配? ううん、ちがうわ。かこつけて、帰りたくなっているだけね。心細いのね、私……)


 クリスティンは、そっとため息を吐いた。

 領地に何かあればいつでも戻ると男爵(ちち)に手紙は出している。案の定、数日前に心配しなくていいと返ってきた。


 クリスティンは頬に手を当てて、誰にも気づかれない程度にぱんと軽く叩く。本当は気合を入れるために、強く叩きたかったが、ここで変な行動をして目立ちたくはなかった。


 挙動不審に見られないように慎重にふるまおうとするクリスティンの背後から会話が聞こえてくる。


「入学式は、いつもこうね」

「全学年、一堂に会する唯一の行事にも困ったものよね」

「そうそう。停まれない馬車が道を塞いで迷惑なのよ」

「ねえ、知ってる? 今年は王太子殿下のデヴィッド様も高等部に入学するのよ」


(それって、花園であった殿下のことね)

 クリスティンはぴくんと耳をそばだてる。


「えっ、もうそんな年齢?」

「違うわよ。二年飛び級で、入られたのよ」

「うっそぉ。じゃあ、同学年に……」

「いるのよ」

「二年年下だなと思っていたら、去年一学年下になっていて、今年は同級生よ」

「それは、気を使うわね」

「本当に」


 女子学院生のよく通る声で語られた内容に、クリスティンは仰天する。


(あの王子様は二歳年下だったのね。ということは、弟のロイと同じ年なんだ。しかも二年飛び級って、相当頭良いんじゃない)


 意外な事実を知ってしまいクリスティンはなんとも言えない気持ちになる。そんなに急いで進級しなくてもいいでしょうに、と殿下との出会いを思い出し、得も言われぬ顔になっていた。


 左側の建物内にある、一年生の教室へと向かう。

 

 教室は三クラスある。

 男女混合で、クリスティンは一組に割り当てられていた。

 

 教室に入ると、すでに学院生どうしのグループができている。クリスティンのような高等部からの入学組よりも、中等部からの持ち上がり組の方が多い。休み明けで、顔見知り同士が声を掛け合っているようだった。


 地方受験などで入ってくる貴族の子弟もいるが、大抵近隣の貴族と交流を持っている。年が近い子弟がいれば、自ずと顔を合わせている。誰かしら、知っている人がいるのが一般的であり、クリスティンのように知り合いがまったくいないのは珍しいことであった。


 教室へ足を踏み入れたクリスティンは、入り口の邪魔にならないよう奥に入り、後ろに立って教室全体を眺めていた。


(どこに座ったらいいのかしら)


 困っていた時だった。


「クリスティン。クリスティン」


 聞き覚えがある声に呼ばれて、びくんと背が反り返る。

 恐る恐る声の主を確認すると、そこには案の定、金髪碧眼の華やかな笑顔を称えるデヴィッドがいた。


「久しぶりだね」


 満面の笑みにたじろぐあまり、クリスティンは半歩後ろに下がってしまう。前回手を差し伸べてくれたライアンもいない。この場を一人で乗り切らねばならないと思い、生唾を飲み込んだ。


「おっ、お久しぶりです」


 動揺を隠せず、おどおどするクリスティンにもデヴィッドは完璧な笑顔を崩さない。


「同じクラスだね」

「同じクラスなんですか!」


 嬉しそうなデヴィッド。

 正反対に、クリスティンは絶望する。


「そう。一緒のクラスだ。これからよろしく頼むな」

 

(頼むって言われても、ねえ……)


 答えようがなく、クリスティンは力なく苦笑いを浮かべた


「どうした、なにか困ったことでもあったか」


 歪な表情のクリスティンを見て、デヴィッドが問うた。

 困っているといえば困っている。例えば、どこに座ったらいいのか分からないこととか、デヴィッドから話しかけられたこととか。


「困っているといいますか……」

「困っていないのか」

「いいえ、そういうわけではなく。えーっと、そうですね。強いて言うなら、どこに座ったら良いのか分からなくて……」

「ああ、なるほど。

 教室は自由席なんだ。どこでも座っていいようになっている。

 誰も座っていない空いている席なら自由さ。

 だいたい五十人は座れるようになっているから、一クラス三十人ほどの人数なら全員座れる。余裕だよ」

「そうなんですね」


 座席の仕組みが分かり、クリスティンはほっとした。


「細かいことで、知らないことはまだありそうだね」

 

 屈託なくデヴィッドは笑む。

 周囲の学院生には麗しい笑顔に見えても、クリスティンにはどこか影が差して見えた。怯える気持ちと、光の加減でそう見えただけかもしれない。


(悪気はない方なんでしょうけど……)


 悪意の無い人の親切を無下にするのも忍びない。互いの立場もあり、クリスティンは断りにくい。さらに、まだ友達がおらず、知っているのはデヴィッドだけ。

 教室の席に座る場所さえ知らないクリスティンである。

 差し当たって、一人でも、知っている人がいるのは救いなのかもしれない。


「一緒に座ろうか」

「はい」


 デヴィッドの誘いに簡単にのってしまう。

 が、その会話を遠目から複数の目がとらえていたなど、知る由もない。


 

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