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57:入学式①

 首根っこを掴まれた猫のような気分で廊下を進み、クリスティンは稽古場の応接室に通された。


 座らされたソファ席の真向かいには、ネイサン近衛騎士団長。その横には、エイドリアン近衛騎士副団長、隣にはライアンが座っている。


 問いただされたクリスティンは帯刀を咎められたこと、ウィーラーにそそのかされたことを素直に話した。


 腕を組んだネイサンは大仰にため息をついた。


「だいたい、元凶が誰か分かった。そいつが悪い。そういうことにしておこう」

「すいません」

 

 肩をすぼめ平謝りするしかない。

 暴れても許さるとウィーラーがクリスティンに植え付けていたことが元でも、実行したのはクリスティンだ。

 ウィーラーは親切で、教師として信頼していたため、まさかこのように意地悪をされるなど考えてもいなかった。


(私が浅はかだった。でも、どうやって、取り次いだらいいのかも、分からなかったし……)


 言い訳をする勇気のないクリスティンは押し黙る。


「もしくは、オーランドだ。とりあえず、あいつのせいにしておけばいい。それでどうとでもなる」


 きっぱりと言い切るネイサンに、クリスティンははっと顔をあげた。

(なんで、それですんじゃうの)

 いったいどういう理屈だと目を丸くする。

 

「オーランド殿下の直弟子で、腕試しをしにきたといえば、誰も何も言いませんよね」

 

 エイドリアンも笑いを噛みつぶし納得する。どうやらウィーラーにそそのかされたことが面白かったらしい。

 

「そんなものだと思うだろうな」


 ネイサンもさも当たり前という返答をする。


(おいちゃん。王都でなにやっているの? こんな扱い、おかしくない。仮にも王弟殿下でしょう。これじゃあ、まるで問題児みたいな扱いじゃない)


 子ども達に振り回される人の良いオーランドしか知らないクリスティンは彼らが示す評価の意味が理解できない。

 男爵家の城を訪ねる時と、それ以外では、別人であることをクリスティンは知らなかった。


 ネイサンはちらりとライアンに視線を向けて、にやにやする。


「良かったな、ライアン。年の近いのが来たぞ」

「年が近いって、殿下ほどじゃないですか」


 憮然とライアンは言い切る。

 一緒にしないでくれと言われている様で、クリスティンはさらに居心地が悪くなった。


「んー、それでも、武器を持たないとはいえ、騎士を何人も黙らせたんだ。手加減しないで済む同年代は貴重だろう」


 笑顔のネイサンに対し、子ども扱いされていると感じるライアンは渋い顔を向ける。

 クリスティンは恐る恐る横を向く。腕と足を組んだライアンに斜め上から睨まれた。すぐさま怖くて目を逸らしてしまう。


(学園で会った時の厳しい顔だぁ)


 やらかしたことを考えれば、凍てつくように睨まれても仕方ない。問題児とレッテルを張られてもしようがないと、涙を呑んだ。


 パン屋で会った時とはまるで別人だ。

 背が高く精悍な青年の、はにかむような照れた笑顔の面影もない。とても同一人物とは思えなかった。


(パン屋の時と違い過ぎだよぉぉ)


 パン屋でも会う、学院でも会う、騎士団の稽古場でも会う。

 これからも、それぞれ別人として会うと確定した瞬間だった。


(ああぁぁ。どうするの、それぞれ知らないふりをして対応しなきゃいけないの? やばい、やばい、やばくない!)


 どこでばれてしまうか分からない恐怖と隣り合わせなんてしんどいと、泣きたくなった。


 意識がどこかへ飛びそうなほどショックを受けるクリスティンにネイサンが話しかける。


「ところで、クレス。その剣はオーランドが用意したんだろう」

「えっ、あっ……、はい」


(たぶん)とクリスティンは心のなかで付け足す。

 部屋に初めから用意されており、真実は分からないものの、ウィーラーの話しぶりから、大抵のクリスティンの持ち物はオーランドが用意しているらしい。

 ならば、この剣も例に漏れずのはずだ。


「くっ……クレスが困らないように、オーランドの紋が刻まれているはずだ。あの男なら、そういう配慮は怠らない」

「殿下がですか」

「クレス限定なんだよ」

「へえ、やはり弟子は可愛いんですね。あの殿下でも」


 ネイサンとエイドリアンの会話を聞き、どういうやり取りだと小首をかしぐクリスティンに、ネイサンが片手を出す。


「その剣を見せてくれないか」


 クリスティンは素直に腰に佩いた剣を渡した。 

 受け取ったネイサンは一目見て、「ほら見ろ」と呟いた。

 

「柄と鞘に土竜が刻まれている。土竜と言えばオーランドだ。この剣がオーランドが贈った品でなければ、土竜の紋は彫られない」


 エイドリアンも覗き込む。


「確かに。クレスが門番にこの剣を見せれば、すぐに話が通りましたね。慌てて、団長の元に走ったでしょうね」

「だろうな。この剣そのものが、通行証の役割を果たすから、オーランドも心配していなかったんだろう」


 二人の淡々とした会話を聞き、クリスティンは引きつった。


(剣を見せれば良かったのぉ。そんな簡単なことで取り次いでもらえたのぉ。ええぇ……。じゃあ、私、本当に無駄な事ばっかりしていたってことじゃない)


 ウィーラーの説明は何だったのか。

 当然ながら、からかわれただけという結論に至る。


(先生~、なんてことをしてくれるんですか。これじゃあ、私の評判だだ下がり。おいちゃんの顔に泥をぬるじゃないですかぁ)


 顔を逸らし、目尻に溜まった涙を堪えるしかない。まんまとしてやられて、腹立たしいより情けなく仕方がなかった。





 ライアンは背もたれにもたれながら、無表情で横にいる落ち込むクリスティンを伺い見ていた。


(なら、こいつが、あの黄貂たちを草でしばりあげたやつってことか。ドナルドさんが、近々こっちに来ると言っていたのは、こういうことだったんだな)


 顔にはださなくとも、心のうちで拳を握り、ライアンは歓喜していた。



 



 話がひとしきり終わると、エイドリアンに連れられ、騒ぎを起こしてしまった事を謝りに、クリスティンは医務室に向かった。意識を失っていた騎士達もすでに目覚め、あれは何なんだと語り合っていた。エイドリアンが事情説明をし、クリスティンはひたすら平謝りを繰り返す。

 苦笑いする騎士達もまた、『オーランド殿下の弟子なら仕方ないな』という一言で済ましてしまう。


 剣豪オーランドの直弟子という肩書は万能で、誰もが簡単に納得するようだった。


 ひととおり謝って回ってから、今日は帰りなさいと門前まで送られる。いつでも来たいときに来るといいとまで言われ、目的は果たしたものの、払った対価は大きそうだった。


(おいちゃんの弟子は、やっぱり弟子でしたってことになるのかなあ)


 クリスティンは肩を落とし、帰路に就く。


 


 入学式をむかえるまで、クリスティンはパン屋の手伝いをしながら、もう一度学院に足を運び見学をはたし、オーランドの屋敷にも顔を出した。


 ラッセルとロロと遊ぶことが一番気晴らしになり、ロジャー一家との食事は何よりの慰めになった。


 入学式前に、もう一度ライアンが早朝のパン屋に顔を出した時は、泡を喰った。

 ただのパン屋の売り子のふりをするのも、色々な場面で顔を合わせていただけに気を使う。


 そんなこんなと色々あったが、あっという間に時は過ぎ、入学式当日を迎えることとなった。


 

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