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56:騎士団の稽古場④

「なんだ、なんだ。どうしたっていうんだ、この騒ぎは!!」


 今度は門の向こうに並ぶ騎士達の背後から声が飛んできた。

 構えていた騎士達がさっと左右に避ける。ネイサンとライアン、彼らを呼びに行った騎士の三人が現れた。


 視界が開け、三人にも門前の状況が飛び込んでくる。

 その惨状にさすがのネイサンも呆気にとられた。


「おいおい、どうした。これは一体何なんだ。私闘厳禁を忘れたわけではないだろう」


 場を収めたと思しきエイドリアンを見たネイサンは、周囲の騎士に、路上で倒れた騎士達を稽古場の医務室で救護するよう指示をだした。

 周囲の騎士達が一斉に動き出し、二人一組で、倒れる一人の肩を両脇から支えて、門の中へと運んでく。


 大人しくなった少年は、とても今しがたまで暴れていたとは思えない、不安げな表情をしている。


(まるで手負いの獣と相対したかのようだな)


 副団長と団長が現れ、騎士達が動き出したことで事態が収束したと思った群衆は徐々に散っていった。


 ネイサンは少年の目の前に立った。

 容貌から、それが誰か、もう分かっている。



 

 偉い人が現れたと悟ったクリスティンも正気に戻っていた。


(どうしよう、やっちゃった。やっちゃったよぉ……)


 怒られると不安に襲われる。

 倒れた騎士を門の中に運ぶ騎士達を見回す。

 証拠がそろっている状況にクリスティンは青ざめた。

 後の祭りとはまさにこういうことを言うのである。


(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)


 胸に手を組み合わせたクリスティンは祈るような仕草でネイサンを不安げに見上げた。

 帯刀を咎められたこと、ウィーラーに暴れてもいいと仄めかされたことを言い訳にしても、ここまでやってしまったら通じないだろうと怖くなっていた。


 髪色と背格好からネイサンは(この子がクリスティンか)と思っていた。容姿など、オーランドから耳にタコができるほどきかされていたのだ。年の頃、背丈、髪の色、長さ、あらゆる点から、見紛うわけがなかった。


(まったく、何をしてくれるんだか)


 呆れ半分だが、そこはリディアの魂を受け継ぎ、剣豪オーランドの直弟子である。しょせんこんなものだろうと腑に落ちる部分もあった。


 ネイサンはエイドリアンに視線を投げた。エイドリアンもネイサンを見る。

 処罰を待つクリスティンは大人二人を悲し気に見上げる。

 ネイサンの後ろにいるライアンは真顔でクリスティンを凝視していた。


「エイドリアン、なにがあった」

「私も詳しくは分かりません。なにせ、ここに来た時にはすでに数人の騎士が倒れていたのです」

「場を収めたのはお前だろう」

「偶然ですね。先日、馬車に乗った妹が助けられまして、その時、妹が彼の名を聞いていたんです。

 名前を呼びかけたことが功を奏し、この事態が収まりました」

「名前を知っていたわけか」

「はい。彼はクレス。オーランド殿下の直弟子だそうです。普通なら子どもの戯言かと思ってしまうところですが、妹が助けられ、この惨状を見れば、疑う気は失せました」

「だろうな」


 ため息をついたネイサンは皺を寄せた眉間をもむ。

 顔をあげると、クリスティンを見た。

 その視線がまるで憐れむようで、それはそれで怖いと、クリスティンは思った。


「まずは中に入れ、話をしよう」


 団長が踵を返したことで、全員が門へと顔を向けた時だった。

 四人の背後に馬車が滑り込んできて、停車した。すぐさま扉が開き、マージェリーが飛び出してきた。

 

 彼女はクリスティンを見つけるなり、嬉々とした表情を浮かべ、駆け寄ってきた。


「クレス様。その節はありがとうございました」


 目の前に現れた白銀の髪に深紅の瞳の美しい女性にクリスティンは気圧される。彼女の方が少し背が高く、前のめりになって迫られると、クリスティンが及び腰になる。覆いかぶさられるような格好になった。


「そっ、その節って……、あっ……」


 クリスティンは子犬を拾うことになった事件で、馬車で座面の背もたれにしがみついて怯えていた女性を思い出した。


「馬車にいた」

「はい。クレス様。あの時は、助けていただき、心よりありがとうございます。すぐに去られてしまい、お礼を申し上げることもできず、心苦しい思いをしておりましたのよ」

「えっ、あっ……、はい。あの……、ご無事で、なによりです、はい……」


 複数人の騎士を倒した猛者とは思えない狼狽ぶりに、エイドリアンは苦笑する。


「クレス君。妹を助けてくれたことについては私からも感謝する。しかし、今回の事態については話は別だ。

 ひとまず、中で事情を聞きたい。

 マージェリーは学院に行く用事があるだろう」


 マージェリーが不満げな表情を浮かべる。


「お兄様、あまりクレス様をいじめないでくださいね」

「そんなつもりはないよ。話を聞くだけだと言っただろう」

 

 再び、マージェリーがクリスティンと向き合う。


「クレス様。クレス様は騎士団に出入りされていらっしゃるのですか」

「えっと……、これから、時々稽古をつけてもらおうと思っていますが……。実はまだ許可は得ていなくて……」

「クレス様ほどの方ならすぐに許可はおりるでしょう」

「どうでしょうか。暴れてしまっていますし……」

「私を助けてくださった方ですもの、お兄様が悪いようにするわけがございませんわ」


 そこで、マージェリーは二歩引いて、綺麗なカーテシーで挨拶をする。


「私は、マージェリー・ウルフォード。ウルフォード公爵家の長女で、次年度は貴族学院の最高学年に在籍する者でございます。

 以後、どうぞお見知りおきください」


 ぴきっとクリスティンは固まってしまう。


(公爵家の長女! まさかあの時助けた方が!! ということは、私、この方と、学院で顔を合わせるかもしれないのね)


 笑顔のマージェリーとは反対に、クリスティンは狼狽する。


(ああ……、どうしてこう、面倒ごとばかりが増えていくの~!!)


 すると、マージェリーの視線が斜めに逸れた。クリスティンもその視線に誘われて、振り向いてしまう。


 そこには昨日も会って、今朝も会った青年がいた。

 その顔を見た瞬間、クリスティンは真っ白になる。


「ライアンも、一緒に通える『子ども』()が現れて良かったわね」


 青年は呆れ顔で息を吐く。そして、口角をあげる。

 見下すような視線を受けても、クリスティンはもう反応のしようもなかった。


「まさか。ここでこんなことをしでかす奴だ。先が思いやられるよ」

「相手になる同年代がいなくて、手を抜かざるを得ないと、困っているくせに」


 くすりとマージェリーが笑む。

 放心状態のクリスティンに、青い髪の青年が吹雪のように青く冷えた目を向ける。


「俺はライアン・ストラザーン。稽古場には、近衛騎士団長である叔父のつてで子どもの頃から通っている」


 気が遠くなりそうなクリスティンの脳天に、さらなる重みがのしかかる。


「あっ……あの、ストラザーンって……。あのストラザーン公爵家の方ですか……」

「ああ、そうだが」


 ひょえっとクリスティンは変な悲鳴を漏らしそうになり口を両手で覆った。


「ライアンも私と同じ学院の最高学年に在籍していて、生徒会長でもあるのよ」

「今は関係ないだろ」


 笑顔で教えてえくれるマージェリーに、真顔で答えるライアン。

 悪気はまったくないであろう二人だが、クリスティンは(知りたくなかった)と内心涙目で、絶望していた。 


(詰んだ。私、絶対、詰んでる)


 灰になって消えてしまいそうになるクリスティン。

 三役をこなす状況は、想像するよりいっそう複雑かつ困難になりつつあった。



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