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55:騎士団の稽古場③

 掴もうとする門番の横へと飛んだクリスティンは、剣の柄に手をかけて、踏みとどまった。


 帯刀が許されていないというなかで、抜刀すればさらにややこしくなる。瞬時に、剣を抜かない判断を下す。


 かわりに、腕をふりあげ、身体を捻ったクリスティンは、前のめりになった騎士のうなじを狙い、魔力で硬化させた手とうを振り下ろした。


 がんと石でも叩きつけられたと思うような衝撃を受けた騎士が、かはっと口を開け、空気と唾を吐いて、前のめりに倒れ込む。


「なにをするんだ! 君は!!」


 もう一人の門番が仰天する。

 まさかクリスティンが反撃するとは思わなかったのだろう。さらには、油断していたとはいえ、たった一撃で騎士一人を泡をふかせて気絶させるとも思っていなかったに違いない。


 もう一人の門番もクリスティンを捕まえようと試みる。警戒心を働かせ、両手を伸ばし、隙はないかと伺う態勢をとった。

 二人は見合ったまま、動かずにいた。


 騒ぎが始まると、沿道の人々が足を止め始める。

 門番の騎士が倒れている姿を見て、これはただごとではないぞとざわめき始めた。


 門の奥から騎士が現れ、そのうち一人が奥に消えた。


 クリスティンは口を真一文字に結び、ここで暴れちゃう、どうすると迷い始める。


『入り口で、猫のようにあしらってくる奴がいたら、喧嘩うってきたと思ってやっちゃっていいぞ』


 ウィーラーの一言が頭のなかに響き渡った。


(こうなったら、仕方ないわ。腕試しだと思ってやれるだけやってやる)


 腰を低く落したクリスティンは、走り出す。手首をくいっと返して、風を操ると門番の騎士が下からの突風に煽られ、バランスを崩し仰け反った。胸元ががら空きになる。

 そこに飛び込み、門番の胸に硬化した平手をつく。

 

 衝撃で背後に飛ばされた門番は門のへりにぶつかり、ずるりと座り込んだ。背を打ちつけた衝撃で意識を失っていた。


 その光景に愕然としたのは、奥から様子を見ていた騎士達だ。


「つっ、捕まえろ。まずは、この子を捕まえるんだ」


 誰かの声が飛ぶと、驚くばかりだった騎士達の顔が引き締まる。

 このままでは騎士団の名誉が傷つくとでも考えたのだろうか。


 クリスティンの方も、こうなれば後には引けない。

 地を擦る片足を後ろに引き、腰を落とすと、騎士の人数を冷静に数え始めた。





 騎士団の稽古場へと向かう兄エイドリアンとともに、マージェリーは学院へ行くため馬車に乗っていた。

 

 マージェリーは忙しい兄を捕まえ、どうしても聞きたいことがあった。


「お兄様、先日の馬車の車輪部分、覚えていらっしゃいますか」

「ああ、覚えているよ」


 外れた車輪を元に戻すため、車軸の端がコブのように盛り上がっていた。

 死んでいるはずの木がその部分だけ急激に成長するわけがない。明らかに魔力による所業だ。


 マージェリーは魔力をあからさまに王都で扱うのは騎士の関係者以外ありえないと考えていた。


「あの時、私を助けてくれた少年が施したのではないかと思うのです。あのような高度な魔力を使う人が、騎士団が把握していないわけがありませんわ」

「その通りだね。マージェリーのいう通りだ」


 しかしながら、エイドリアンには、マージェリーが言うような子どもが騎士団に出入りしている姿を見たことがない。

 

「それで、その少年はクレスと名乗ったんだね」

「はい、お兄様。騎士団と何らかのかかわりがあるのではないでしょうか」


 一生懸命な妹を邪険にすることもできず、エイドリアンは困り顔になる。


「どうだろうね。

 子どもで出入りしているのは、ライアンぐらいだからね」

「ライアンはもう子どもではありませんわよ」

「そうだね、マージェリーと同い年だものね」


 兄はなだめすかすように妹に応じる。

 困っていると、急に馬車が停まった。

 御者が車内に通じる小窓から話しかけてきた。


「申し訳ありません。人だかりができており、これ以上馬車をすすめられません」

「人だかり?」

「はい、エイドリアン様。どうやら、騎士団の門前でひと騒動起きている様で、見物人が集まっているのです」


 眉間に皺を寄せたエイドリアンが、渋い顔をする。


「マージェリーは馬車の中で待つように。私は外へ出て、様子を見てこよう」

「お兄様、私も……」

「駄目だマージェリー。人も多い、馬車の中で待機していなさい。

 もし何かあったら、御者と馬車を捨て、逃げるんだ。分かったね」

「はい」


 エイドリアンはマージェリーの返事を確認しないまま、車外に飛び出した。

 稽古場門前の騒動など、ただ事ではない。


(騎士同士のもめごとか? 私闘厳禁は基本中の基本だぞ。騎士団所属の騎士で、分かっていない者はいないだろうに)


 門前で諍いが起きる理由が思いつかない。

 状況確認のため、人だかりをぬうように進む。

 かき分ける人々の頭越しに、門前の様子が見え始める。


 そこには長い榛色の髪を後頭部で束ねる少年が立っていた。彼の足元には数人の騎士が倒れていた。


 汗をにじませる少年が、額から頬に落ちた汗を手荒く拭った。

 

(なんだこの子は! 一人で騎士数人をなぎたおしたのか!!)


 エイドリアンは驚愕する。

 マージェリーと話していたおかげで、ピンときた。


(まさかこの子がクレスか?)

 

 長い髪を後頭部で結わえているところも、背格好もマージェリーから聞いている外見通りである。


 門からはじりじりと他の騎士がにじり寄っていく。抜刀していない様子から、なんとか子どもを取り押さえようと考えていると伺えた。

 クレスと思しき少年は肩で息をしながらも、寄ってくる騎士達を睨んでいる。

 

 一発触発。

 騎士が子ども相手にのされているのも問題だし、子どもが帯刀しているのも問題だ。さらには、大衆の前で騒ぎを起こし、見世物になっているなど言語道断。

 近衛騎士副団長のエイドリアンにとって、捨て置けない事態である。


 血走り、猛る双方を同時に引かすにはどうしたらいいものか。

 騎士達にしても、子ども相手にしてやられて面白くないだろう。

 片や、一対多数の少年もまた必死に違いない。


 エイドリアンは大きく息を吸い叫んだ。


「クレス! 君はクレスだろう」


 びくっと少年が肩を震わす。

 前を向いたまま、眼球だけ動かして声の主を探そうとしている。


 その反応から、エイドリアンは彼がクレスだと確信した。


 エイドリアンは群衆から抜け出て姿をさらした。


 優美な白銀の髪を揺らし、深紅の瞳を輝かせる。燦然と輝く立ち姿に、大衆の視線もまた釘付けになった。


 姿をさらすことで、エイドリアンは、騎士達を牽制したのだ。


「どうしてこのような事態になったのだ。説明願おう、クレス」

 

 群衆の前に出たエイドリアンは門前に手のひらを向ける。騎士達はエイドリアンの仕草から、この場を近衛騎士副団長が預かると読み取った。


 エイドリアンは手負いの獣に近づくようにゆっくりとクレスに近づいた。







 クリスティンは、「クレス」と名を呼ばれ硬直した。尻目に名を呼んだ人を探す。


 白銀の髪に深紅の瞳を持つ秀麗な男性騎士が近づいてくる。

 彼は手のひらを、門側に向けた。その手の動きによって、騎士達の警戒が緩んだ。 


「どうしてこのような事態になったのだ。説明願おう、クレス」

 

 悠々と歩くエイドリアンがクリスティンのすぐ横に立ち、腕を組んで見下ろしてくる。


「君は何者だ」


 このような事態においても、なんの動揺も見せずにエイドリアンは首を軽く傾けて、クリスティンに問うた。


 その落ち着いた態度に、高ぶっていたクリスティンの気が宥められる。

 

 重心をあげ、構えを解いた。


 クリスティンは、心のうちで(今の私は、おいちゃんの弟子)と自分の立場を三度呪文のように唱え、確認した。


「剣豪オーランドの直弟子です」


 今まで平静さを保っていたさすがのエイドリアンも、その答えには瞠目せざるを得なかった。




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