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50:もう一度、出会う時②

 二人は互いのリボンとタイの色を見た。


(赤いリボン。新入生か)

(えっ。この人のネクタイ、紫色。最上級生だったの)


 てっきり新入生だと思っていたクリスティンは朝のことを思い出し気まずくなる。


 咳ばらいをした青い髪の青年は腕を組み、クリスティンを下から一睨みした。

 その眼光に気圧されて、クリスティンはおどおどしてしまう。


「ここは学び舎だ。有名な花園とはいえ、走り回るものではない」

「はい」


 厳しく注意され、クリスティンはうなだれる。


(好きで走ってきたわけじゃないのよ)


 言い訳したくても、急いた気持ちに後押しされた行動をなぜとったか、自分でも理解ができないため、なにも言えない。傍から見れば、息を切らして走ってきた姿に変わりなく、額にはうっすらと汗がにじむし、高揚感からくる動悸の余韻も残っている。


(なんか、怒られ損だわ)


 気持ちだけがしゅんと萎む。


 あまりの落ち込みように、ライアンは気の毒に感じた。

 高等部から学院に通う生徒は、持ち上がりもいるし、地方受験で入学する者もいる。地方から出てきた新入生ならば、この花園を楽しみにしている者も少なくない。

 

「とはいえ、見学日だ。見なかったことにする。以後、気をつけなさい」

「はい。以後気をつけます。ご指摘、ありがとうございます」


 クリスティンは、素直に謝罪する。一歩後退し、その場を去ろうと振り返った時だった。


 花壇の端に人影が見え、その人物が大きく手を振った。


「おーい。何しているんだ」


 その声と姿に、クリスティンは動けなくなる。

 花壇の間にある小道をぬってくるのはさっき門前でぶつかった少年だ。


(えっ、なんで。なんで、ここにあの時ぶつかった人が?)


 すると背後でも人が動く気配がした。後ろを向くと座っていた青い髪の青年が立ち上がっていた。


 前からも人が来る。後ろにも人が立つ。挟まれたクリスティンは動きようがなくなくなり、困ってしまう。


「ライアン。ここは道が曲がりくねって面倒だ。ちょっと、降りて来てくれよ」


 歩いてくる金髪の少年が叫ぶ。

 背後でライアンと呼ばれた青い髪の青年が、「自分で待ち合わせをここを指定したんでしょうに」と独り言ちる。

 

 クリスティンは知らないが、パンを食べ歩いた後に、二人は一度それぞれの家に戻り、学院で待ち合わせることにしていたのだ。


 ライアンは塀があるガゼボ内を回り込み、石畳の小道に立つと、クリスティンに目をやった。


 睨まれたと感じたクリスティンは亀のように縮こまる。


「新入生だろう」

「はい」

「反対の道を行きなさい。ここに来るのは、王太子殿下だ。ガゼボや花園を見学に来ただけなら、挨拶するのも億劫だろう」


 クリスティンは目を丸くする。

 まさかさっきぶつかった人物が、第一王子の王太子殿下であるなど、思いもよらなかった。


(どうしよう、さっきぶつかって逃げちゃった。しかもネクタイは赤。嫌でも顔をあわせるじゃない!)

 

 まさか初っ端から、不敬なことをして、目をつけられたり、咎められたりするきっかけを作ってしまうとは思わなかった。


 頬に手を寄せあわあわするクリスティン。


(殿下が来ると聞いて驚いたか)


 前に立ったライアンが、殿下が歩いてくるのとは反対側の道を、殿下に見えないように指でちょいちょいと示した。


「ほら、緊張するなら、さっさと行きなさい」


(去ったら去ったで、もしさっきぶつかったとばれたら、逃げたようで困るじゃない)


 逃げる判断も下せない、事情も説明できないクリスティンが迷っている時だった。


「ライアン、その子も、そこで待ってるように言ってくれよ」


 王太子殿下の声が飛んできて、クリスティンは固まった。不安気な目をライアンに向けると、彼は眉間に皺を寄せた。


「殿下が待てとおっしゃっている。待てるか」


 途端に、クリスティンは情けない顔になる。


(殿下、やっぱりさっきぶつかったの覚えていたのね)


 おろおろするクリスティンは逃げることもできずに、ライアンと殿下を交互に見つめた。

 殿下はどんどん近づいてくる。

 

(どうしよう。私、ここで怒られるの)


 すっかり怖気づいてしまったクリスティンは、泣きそうだ。王太子殿下が軽々と声をかける上級生ならば、横にいる青い髪の青年もそれ相応の身分の方だと気づいてしまう。


(もしかして、この方も、私が軽々しく声をかけられない方なんじゃない! ああ、なんてとんでもない人が平民のパン屋に来るのよ。気安く話しかけちゃったじゃない)


 こちらもこちらでばれたら大変だ。


(三役なんてとんでもない状況なのに、それぞれで接点出来たら、役回りで死にそうになるわよ。どうするのよ、それこそ平和な学院生活が遠のいていくじゃない)


 パニックになるクリスティンを見たライアンは、(殿下を見てそんなに驚くとは、どこの田舎から出てきたんだか)と思っていた。

 よもや、パン屋の売り子が目の前にいるとは考えも及ばない。


 逃げることもできずにいると、歩調を速めた王太子のデヴィッドが駆け寄ってきた。ライアンに目もくれず、クリスティンの前に立つ。


 同じぐらいの身長のクリスティンとデヴィッドが向き合う。

 嬉々としたデヴィッドと怯えるクリスティン。二人の表情は対照的だった。


(なんで私の前に来るの。やっぱり、逃げちゃったのがまずかったの)


 笑顔を浮かべる麗しい尊顔を前に、クリスティンは胸に手を寄せて、半歩後退する。

 

 二人の様子を冷静に眺めるライアンは、(いささかまた面倒なことになりそうだな)と、考えていた。

  

「良かった。君、さっき私とぶつかった子だろう」

「はっ、はい」

「ケガはなかったかい」

「ええ、ないです」

「それは良かった」

「あっ、あの……。殿下こそ、おけがは」

「ないぞ。殿下って呼ぶからには、私が王太子だと知っていてさっきは逃げたのか」


 不思議そうな顔をするデヴィッドに、クリスティンは慌てて首を左右に振った。


「存じ上げていなかったとはいえ、軽い謝罪で逃げてしまい、大変申し訳ありません」

「いいんだ。いいんだ。気にしないで。

 それより、君も新入生だろう。私も同学年だ。これからよろしく頼むな」


 泣きそうな顔で、クリスティンは首を上下に慌ただしく振る。兎にも角にも、この場から解放されたくて仕方がなかった。


「知っているかもしれないが、私の名はデヴィッド・グランフィアン」

「はい、存じております」

「あなたの名前は」

「私?」

「そう。どうせ新入生の顔合わせで挨拶するとはいえ、せっかく知り合ったのだ。教えてほしい」

「えっと……。私はクリスティン・カスティルです」


 ライアンの眉がぴくりと反応する。

 名前が分かり、デヴィッドは満足そうに笑んだ。


「クリスティンか。これから三年、よろしく頼むな」


 デヴィッドが手を差し伸べる。握手だと分かっても、緊張のあまり、クリスティンはすぐに手が出せない。

 

「殿下が握手をお求めだぞ」


 背後からライアンの静かな声が響き、ビクンとクリスティンの全身に緊張が走る。

 ライアンからの助け舟に、やっとの思いで震える手を前に出した。

 

 すかさず、デヴィッドはクリスティンの手を握り、微笑んだ。

 クリスティンは小声で「よろしくお願いします」と答える。

 ライアンが人知れずため息をつく。


「では、殿下。俺たちは校舎へ向かいましょう。入学式の打ち合わせで来ているのです。用事を済ませる方が先です。

 彼女は、花園を見に来たようですので、きっともう少しここにいたいのではないかと思いますよ」

「ライアン。そんなに急かさなくてもいいだろう。

 クリスティン、今日、これから時間はあるか?」


 にこやかな殿下に、怯えるクリスティンはどう答えればいいかわからず、固まってしまう。


「殿下」

「なんだ、ライアン」

「見学に来た新入生です。俺たちの都合で振り回しては可愛そうですよ」


 さすがのライアンも、困っているクリスティンを見かねて直球でデヴィッドに物申した。

 デヴィッドはライアンを見て、クリスティンも見た。


(確かに、怯えているよね……)


 デヴィッドは、またどうせ会えるか、と頭を切り替える。


「そうだな。私たちには用事があるしな。行くぞライアン。

 クリスティンも、入学式で会えるのを楽しみにしているよ」

 

 踵を返したデヴィッドの後ろをライアンが追う。

 二人はクリスティンに見向きもせず、小道を歩き出した。


 残されたクリスティンはへなへなとその場に座り込んだ。


「こっ。怖かった~」



 

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