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48:王家に連なる三人④

 店に入りたかったデヴィッドが、腕をくみ、苛立ちを募らせ、かっかっとつま先で地を踏んでいた。


「せっかく私が行こうと誘ったのに、待ちぼうけなんて、ひどいじゃないか」


 文句を呟きながら、右を見て、左を見る。視界に入るだけで、護衛の騎士が二人もいた。ライアンとのお忍び遊びだと思っていたのに、とんだ期待外れだ。


 理由は分かっていた。

 現王の子息はデヴィッドだけ。不動の王位継承権第一位である。両親の年齢を考えれば、今さら弟や妹が産まれるとは考えられない。そもそも、第一子である。魔力もそれほどなく、父のように王になるようしっかりと両サイドに壁を作られ固定された人生が真っ直ぐに伸びていた。


 立太子されて数年経つ。

 婚約者もいる。


 何もかもが揃っている境遇にありながら、デヴィッドは不満を募らせていた。


 思い通りになるというのも、つまらないものだ。

 与えられる課題はどれも簡単で、家庭教師はほめそやすばかり。実際に、二年飛び級で進級しているのだから、誰が見たって優秀な部類に入るだろう。


 なのに、どこか満たされない。

 張り合いがない。

 安全な場所で守られるばかりで、認められても、自由はない。

 そんなぬるま湯の中で、しがらみだけは巻き付いてくる。

 

 得も言われぬ、不満。それがなんなのか、十三歳のデヴィッドは自分の感情を掴み切れず、ライアン相手に時折、わがままを噴出させていた。


(せっかくの忍んで出かけても護衛つきなんて。どれだけ、私は信用がないんだ)


 ほんのちょっとの冒険さえ許されない。

 そんな境遇が面白くなかった。


(ライアンもライアンだ。『なにかあっても逃げ道が限られる狭い店内に殿下をお連れするわけにはいきません』だと!

 余所行きの言葉であしらうなよ。こんな平和な王都で、なにがあるというんだ)


 デヴィッドはぷっくりと頬を膨らませる。 


(だいたい、あの狭い店内だぞ。行って帰ってくるだけのことじゃないか。それも許されないなんて。まったく、興醒めもいいところだよ)


 さらにデヴィッドは、激しく足先を地面に打ち付ける。


 カランカランとパン屋のベルが鳴り、ライアンが出てきた。手には紙袋が抱かれている。

 駆け寄ってくるライアンを今か今かと待つ。真っ先に不満をぶつけてやろうと、手にも力がこもる。

 

「お待たせしました。殿下」

「遅い」

「すいません。でも、焼きたてのパンですよ」


 焼きたて、という単語にデヴィッドの耳がぴんと立つ。

 ライアンが紙袋を開くと、暖かく甘い香りがした。苛立った気持ちが、熱せられたバターのように溶けていく。


「すごいな。焼きたてか。食べてもいいか」

「待ってください」


 ライアンが手にして、先に食べる。咀嚼し、飲み込むと紙袋の口をデヴィッドに向けた。無言で手に取ったデヴィッドもそのまま、食べた。


「美味いな」


 二口目を頬張る。


「うん、美味い」


 焼き立てパンの温かさは、デヴィッドの怒りを氷解させた。

 ライアンは口元をほころばせる。


「また買ってきてあげますよ。殿下」

「そうか」

「ええ。たまにね」

「うん、楽しみだな」


 新たに取り出したパンを二人は嬉しそうに頬張るのだった。






 パン屋の手伝いを終えたクリスティンは遅い朝食をすまし、学院の制服に着替えた。

 姿見に制服姿をうつす。

 淡いグレーを基調とした清楚な制服に、クリスティンはむずがゆくなった。


(すごい、本当に私、王都の貴族学院に通うんだ。信じられない)

 

 胸ポケットには、合格通知の封筒に印刷されていた校章が刺繍されている。胸元の赤いリボンは、学年を示す。


(三年が紫、二年が青、一年が赤なのよね)

 

 クリスティンの学年は三年間ずっと赤いリボンとネクタイになる。


(貴族の方々の顔も家名もよく知らないのだから、学年ぐらい間違ってはいけないわね)


 新品の制服を着た途端、今までと違う生活が始まるとクリスティンは気を引き締めた。


 髪を梳き、薄化粧をして、黒縁の眼鏡をかける。

 あっという間に、パン屋の娘から学院生に早変わりだ。


「思ったより服装や小物、化粧で変わるものなのね。感心するわ」


 眼鏡をずらし、まじまじと鏡を見れば、ティンともクレスとも雰囲気が異なるクリスティン・カスティルが出来上がった。


 見慣れない印象に少し違和感を感じた。


(可愛くできたかなあ)


 クリスティンは男爵領で、貴族のご令嬢は薄化粧をして学院に通うものだと教えられた。

 基本的なことを母から教わり、王都の流行や、学院内での好まれる化粧はウィーラーが教えてくれた。


「先生って器用よね。女の子のお化粧の仕方まで、教えられるんだから」


 鏡の前で、眼鏡をかけなおし、クリスティンは独り言ちる。


「そもそも、先生って何者なの?」


 クリスティンは、ウィーラーが選民であることも、オーランド専属の記者であることも知らなかった。

 

 小首をかしげたクリスティンだが、考えることをすぐにやめた。そんなことより、今日は学院の下見の方がずっと大事だった。


 意気揚々とクリスティンは、指定の靴を履き、部屋を飛び出した。





 クリスティンは学院まで歩いてきた。

 学院の門が視界に入ると、身体に緊張が走る。


(そうだ、昨日もここで変な感じがしたんだ)


 新たな門出に戸惑っての感情なのか、先が分からない不安なのか。

 なんとも言えない感情に、クリスティンの動きがぎこちなくなる。


 誰かに咎められるのではないかと恐れているのか、慣れない環境に足を踏み入れることへの戸惑いか。

 名づけられない感情を持て余しながら、守衛の小屋の前を通り過ぎた。


 円形の停留所に添う歩道を歩く。

 クリスティンはおさまらない胸騒ぎに困惑しながら、胸に手をあてた。


(なんだろう。この感じは……)


 ざわざわする心を自覚しながらも、クリスティンは自身の心がなにに囚われているのか、さっぱり分からなかった。


(でも、なんか……、もっと、奥に、奥に行かなきゃって、誘われているみたい)


 ばくばくと心音が高くなる。早くいかなくちゃと気ばかり急く。


(あの門を抜けると、校舎があって……)


 目の前の景色より、門の奥の景色に意識が飛ぶ。

 門から見た校舎は正面の一棟だけだったのに、クリスティンの脳裏には、左右にある校舎も浮かんでいた。


(ここからは見えないけど、左右対称にも校舎があるの? 見えない景色なのに、なんでそんなことわかる? 合格通知に入っていた地図やパンフレットに載っていたっけ……)


 見た覚えがあるようなないような。

 はっきりしないむずがゆさを覚える。


 馬車が停まるために窪む半円の歩道を進む足取りが早くなる。

 

 せり上がってくる気持ちが、じんじんと胸を打ち、落ち着かない。


(なに、なに。この落ち着かない気持ちはなんなの)


 風景から目を離せず、よそ見をして歩いていたクリスティンは、すぐ目の前にいた人物に気づかなかった。

 早足のクリスティンは、勢いよくどんとぶつかってしまう。


「きゃあぁ」

「うわぁ!」


 二人の声が同時に響く。

 黒縁の伊達眼鏡がクリスティンの顔から地面にかたんと落ちる。

 同時に、よろめいた二人は踏ん張って、顔をあげた。


 金髪碧眼の麗しい少年が目を丸くする。

 クリスティンもまた、しまったと顔を歪める。


 赤いタイとリボンを胸元に結ぶデヴィッドとクリスティンの視線がばっちりと交差した。


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