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45:王家に連なる三人①

 おかみさんが開いてくれた歓迎会は楽しかった。誕生会も兼ねていると言われ、尚更嬉しかった。


 ラッセルを膝に乗せて本を読んであげると、故郷の弟妹きょうだいを思い出し、重苦しい気持ちが軽くなった。


 食事が終わり、歓迎会のお礼を伝え、部屋に戻る。

 温かい気持ちに包まれ、王都二日目の夜は幸せに眠ることができた。


 翌日の朝も六時に起きて、パン屋を手伝い。八時半に、朝食用にと、パンとミルクをもらって部屋に戻った。


 質素な朝食でも、温かい気持ちになる。パンからもミルクからも、おかみさんの気遣いの香りがした。


 今日は騎士服で街を歩こうとウィーラーから言われている。

 ズボンとシャツに詰襟の上着を着た。靴は短靴と黒い乗馬ブーツが用意されていた。王都で馬に乗る機会があるとは思えなかったクリスティンは小首を傾ぎ、短靴を履く。

 最後に、髪を後ろで束ね、紐で結んだ。


 部屋の扉がノックされる。

 剣を佩き、扉をあける。迎えに来てくれたウィーラーがいた。


 おやっとウィーラーが目を見開く。


「似合うな、クリスティン。今は、クレスか」

「クレスと呼ばれても、馴染みがなくて、返事し忘れそうよ」

「そうか、なら今日は、一日、クレスと呼ぼう」

「ええ~」

「何回か呼ばれていれば慣れるさ、クレス」

「うーん、返事する気になれないんですけど……」

「慣れさ、慣れ。一見すれば男の子にしか見えない、言葉遣いに気をつけてのりきれよ」


 クリスティンの肩を叩きウィーラーは、親指を立てた拳をつきだす。


「なんか、楽しんでません?」

「いいや~。そんなことないさ」


 うろんな目をむけると、かかと笑ってウィーラーは階段へと歩き出した。

 

 今日は午前中に騎士団の稽古場を見に行く。その足で、学院の入り口まで行ってみる。パン屋、稽古場、学院、この三つが主に移動する場所となるため、道順を覚えるのが目的だ。

 学園内を見学するのは後日、一日がかりの予定だ。


(入学式まで一週間もあると思っていたら、あっという間に終わりそうだわ)

 

 雑談をしながら通りに出る。

 城に向かって歩き始めた時だった。


 緩やかな傾斜の通りで、ロバに引かせた荷車から男が木箱を降ろそうとしていた。木箱には溢れんばかりのリンゴが詰め込まれている。

 よいしょと木箱をゆすり持ち上げた瞬間、数個のリンゴが転がった。

 あっと男が落ちたリンゴに気をとられると、持っていた木箱が傾ぎ、さらにもう数個、リンゴが落ちる。

 

 勾配がある通りをリンゴが転がり始めた。

 男は残りのリンゴは転がすまいと箱を水平に支える。


 通りを歩く人々が転がるリンゴに目を奪われた。

 ウィーラーとクリスティンもリンゴを目で追いかける。

 リンゴに目をつけたのは人間だけではない。

 店と店の間から、いきなり成犬が飛び出した。


 転がるリンゴ。

 かすめ取ろうとする犬。

 リンゴと犬の交点に馬車が迫る。


(犬が轢かれる!)


 クリスティンは走り出した。

 走り出したクリスティンの背後で、教え子がどうするか静観しようと、微笑を浮かべたウィーラーが腕をくんだ。


 リンゴをめがけ走り込んできた成犬が転がる一つをくわえ込んだ。頭上に影がさし、見上げた成犬は迫る馬に驚いた。

 すぐさま跳ねて、走り出す。

 

 成犬の動きに馬も驚く。高く上げた前足で空をかき、いななく。御者が慌てて手綱を引いた。

 

 走り去る成犬に道行く者が目を奪われている時、クリスティンだけは馬の足元を見ていた。


 視線の先には、成犬の後ろから飛び出した子犬が、高らかと足をあげた馬の真下で、リンゴをかじる。リンゴをくわえ、逃げようとしているものの、うまく運べず、苦心していた。


 宥められた馬が、足を地面に降ろそうとする最中、滑り込んだクリスティンが、子犬を抱え、真横に飛んだ。

 間一髪で、馬の両前足が地面に落ちる。


 がたんと馬車が左右に傾く。

 左右の車輪が交互に浮き上がり、馬車内から女性の悲鳴が聞こえた。


 その声を耳にしたクリスティンは、抱いた子犬を守りながら転がり、着地する。すぐさま体勢を整えた。

 片手で子犬を抱き、もう片方の手は地面すれすれにかざす。

 手のひらが発光し、地面と手の僅かな隙間に風が渦巻いた。


 驚いた馬はなかなか落ち着かず、馬車はがたがたと揺れている。その度に、車輪が浮く。右の車輪にリンゴがはまり、ぐしゃりとつぶれた。

 

 クリスティンが風を這わす。 

 地を這う風に煽られた人々が、スカートを押え、帽子を押さえる。


 馬車は人の目に分からぬ程度に浮き上がり、御者が馬をいなすまで、車内の揺れを緩和した。

 

 御者が大人しくなった馬の首を叩く。

 リンゴは通りの下まで転がり、これで一段落だと見物人は胸を撫でおろした時だった。 


 がんと何かが割れる音が響いた。周囲にいる人々は何の音か分からず、キョロキョロする。


 馬車を凝視し、風を収めようとしていたクリスティンは見ていた。

 馬車の車輪の留め具が割れた瞬間を。

 馬の動きと、クリスティンの風、リンゴを割った僅かな力が絡み合った結果だろう。

 

 がくがくと車輪が揺れる。

 まだ落ち着かない馬がぶるりと震え、地をかいた。留め具が割れて、その半分が道に落ちる。

 

(車輪が外れたら、危ない!)


 バランスを崩した馬車が横転する可能性を考えたクリスティンは、子犬を置き、走り出す。

 

 同時に、四つある車輪の一つが外れた。


 片手を払うと放たれた風が、転がりそうな車輪を引き留める。車輪は渦巻く風にクルクルと回った。

 手首を返し、片手を前に着きだし、風圧で馬車の傾きを支える。

 

 走り込んだクリスティンは車輪を掴む。

 急いで、車軸に車輪をはめ込み、留め具を失った車軸の先端を掴む。手が発光し、木製の車軸先端が膨張した。

 成長させた木がコブになり、留め具代わりに変化した。

 車輪は元居た場所に収まると、馬車は水平に保たれる。


(なかの女性は大丈夫かしら)


 作り出した風を霧散させ、クリスティンは馬車の扉に手をかけた。躊躇なく開き、叫ぶ。


「馬も車輪も落ち着きました、もう大丈夫です。無事ですか!」

 

 扉を開けると、背もたれにしがみつき身を強張らせる、ご令嬢が縮こまっていた。







 長期休みを領地で過ごし、入学式をむかえるにあたり戻ってきたマージェリー・ウルフォードは馬車に乗っていた。


 激しく揺れる馬車のなかで、飛ばされないように必死で背もたれにしがみついていた。


 揺れが収まりかけた時、馬車の扉が開かれる。

 騎士服を着た少年が現れた。


「馬も車輪も落ち着きました、もう大丈夫です。無事ですか!」


 怯えていたマージェリーがほっと安堵し、軽く頷く。

 破顔した少年が、「良かった」と踵を返す。とっさに、マージェリーは手を伸ばし問うた。


「あなたのお名前は?」


 少年の動きが止まる。


「クッ……、クレスと申します」


 後目しりめに名乗った少年は颯爽と去る。

 その姿を、マージェリーは胸に手を寄せ見送った。血色の良い薄紅の唇がかすかに動く。


「クレス様……」







 クレスと名乗ったクリスティンは馬車から離れる。

 目の前に、子犬を抱いたウィーラーが立っていた。


 ウィーラーが片手を城側へ振る。

 その動作を見て、頷いたクリスティンは、城側へと向きを変えた。

 すぐさま二人はその場から逃げるように、全速力で走りだした。



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