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44:いざ王都へ④

 食べ終えた二人は、ドレスを注文した服飾店へと向かう。


 ショーウィンドーが華やかに飾られている様を見て、クリスティンは目を剥いた。


(こんな店に入っていいの。ちょっと待って)


 気後れして、逃げ出したくなる。

 なのに、ウィーラーは店の扉に手をかける。


(いいの、いいの。私も入って。この格好で大丈夫なの)


 挙動不審となり、きょろきょろする。

 夕日により赤く染まったメイン通りに、噴水の水が赤みがかって見えた。歩く人の影も長くなっている。

 溢れるほどの品を飾る店。

 色鮮やかなひさし。

 小奇麗で色とりどりの服を着た人々が歩く。小ぶりの馬車も数台登ったり、下ったりしている。


(活気があって、なんて奇麗なの……)


 王都に比べると、鬼哭の森に近い男爵領はまるで灰色の世界のようだ。


(王都と男爵領うち、なにもかも違うのね……)

 

 色彩豊かな王都の繁栄はクリスティンの目には、別世界のように映った。


 追ってこないクリスティンにウィーラーが気づく。


「どうした?」

「今行きます」


 共に入店する。

 店内は更に華やかで、クリスティンは圧倒される。

 色とりどりの衣服が整然と並べられており、こんなにたくさんの服が売られている光景を初めて見て、声も出ない。


 近づいてきた店員に応じ、ウィーラーが二言三言交わすと、その店員はすぐに店の奥へ行き、大きな箱と小さな箱を二つ抱えて戻ってきた。


「どうぞこちらへ」と勘定場の横にある四人掛けのテーブル席に案内された。店員が箱を並べ、「なかをあらためてください」と丁寧に箱の蓋を開けた。

 

 大きな箱には黒いアフタヌーンドレス、小さな箱には、靴と扇子やアクセサリーといった小物類が入っていた。


「試着してみるといい」

「買ってもいないのに!」

「着てみないで後で合わないと分かっても困るだろう。遠慮することはない。ここには試着室もあり、そういうことはいつものことだよ」

 

 店員もにこにこしており、「遠慮なさらずに、どうぞ」というので、「じゃあ、お願いします」とクリスティンは試着室でドレスを着てみた。

 サイズは靴も含めてぴったりだった。

 問題なしと確認し、改めて箱に詰め直してから、紙袋に入れて持ち帰る。


 帰宅するとパン屋が店じまいをしていた。「手伝いますか」とクリスティンが尋ねると、おかみさんは笑って「明日からでいいよ。今日は長旅で疲れているだろう。早くお休み。朝は六時に店まできてくれたらいいからね」と言った。

 

 その言葉に甘え、部屋に戻る。

 ウィーラーとは後日の約束をして、階段下で別れた。


 部屋に戻ると、真っ先に店から持ち帰った箱を机に置く。


「ああ……、疲れた」


 初めてのことばかりに緊張し、溜まっていた疲れがどっと押し寄せてくる。


(着替えて、もう寝てしまおう。明日も早いし……)


 ふらふらと木箱に近づき、一番上の蓋を開けると、衣類が入っていた。そのなかから寝間着を引っ張り出し、すぐに着替えた。

 今日着た衣服を、明日も着るつもりで無造作に箱にかける。


 ふらりと倒れこむようにクリスティンはベッドに横になる。


 静かだった。

 街灯により室内がほんのりと明るい。空を見れば星が綺麗な夜空に、月が浮かぶ。


(うちの城からも同じ月が見えているのかしら。きっと見えているわね。みんな元気かな……)


 名残惜しいけど、手を伸ばしカーテンを閉める。冷え切っていた寝具もすぐに体温で温められた。


(おいちゃんと先生に学院にいきなさいと言われ、勉強を始めた時は、こんな未来になるなんて思わなかったわ。お父さんにもお母さんにもすすめられたし、子どもだったから、なんにも考えないで安易に返事をしちゃったのよね。

 おいちゃんはなんでも褒めてくれるし、先生は教え方がうまかったから、のせられちゃったわ)


 目まぐるしい一日に疲れ、疲労感が溢れ体が重くなる。ずんと一緒に気持ちも沈む。


 目を閉じれば瞼に浮かぶ。


 公爵領を横切って王都に入る道のりに広がる豊かな実り。

 王都は賑やかで、多様な品が店に並んでいる。歩く人たちも楽しそうで穏やかだ。活気もある。


 すべてが風前の灯の男爵領とは大違いだった。


 領地は年々寂れ、実りも減っている。作物の出荷もままならず、領内で作ったものを自領で消費し、持たせていた。

 クリスティンはため息をつく。

 

 故郷への恋しさ、一人の寂しさ。

 色々な感情が混ざり、後悔という塊になる。

 男爵領から一人で逃げてきたようにさえ思えてきた。


(お父さんもお母さんも、なんで私を学院に通わせるのかしら。今の私なら、領内の瘴気を払うには十分なのに。

 そりゃあ、魔物は怖いけど、漏れる瘴気を押し返せば、魔物は近づかない。

 私がいた方が便利じゃない?

 魔道具を設置したって、あれも期限付きでしょう……。

 ああ、王都に着いたばかりだけど、帰りたいなあ。帰りたい。一人は寂しいわ。

 領地の状況を考えれば、学費だって、いつ払えなくなるかもわからないのに……)

 

 クリスティンははっと気づく。


(学費、払えなくなるかもって……。

 そしたら、自主退学で、帰れるんじゃない。

 学費が払えないなら退学しかない。ほら、うちって寮費さえ難しい状況だし……。そうよね、だからお金がかからない下宿先をおいちゃんが用意してくれたってことだもんね)


 寝ながら、うんうんとクリスティンは頷く。


(領地が苦しそうだったら、すぐ戻ろう。三年の在学期間が、一年で終わってもかまわないじゃない。

 お父さんとお母さんに手紙を出そう。

 苦しかったら、いつでも戻りますって。

 お父さんはきっと心配するなって言うだろうけど、退学も受け入れる覚悟を示しておけば、いざとなれば考えるはずよ)


 帰る理由をこじつけるとクリスティンは安心してきた。

 口元をほころばせて、目を閉じる。帰れる微かな希望が前向きな気持ちにつながる。


(いつまでいれるかわからないもの。短い期間でも来たからにはしっかり学んで、領地の役に立つようにがんばろう)


 ごろりと寝返りを打つと、また別の不安がよぎった。


(でも、こんな立派な王都で学んでいる貴族の子たちとうまくやっていけるかしら。学業面でも、人間関係の面でも……)


 クリスティンはぎゅっと掛布を口元に寄せる。


(ううん、私は学びにきたんだもの。ここにいる間はしっかり学んで、戻った時に、領地の役に立てるようがんばるだけよ)


 自然と瞼が閉じ、クリスティンは眠りにつく。

 城の喧騒が恋しくて、弟妹きょうだいたちと戯れる夢を見た。

 



 翌朝、日の出前に起きたクリスティンは着替えると店に出た。

 おかみさんたちはすでに忙しく働いている。やってきたクリスティンに気づくと、「おはよう。この籠を店の棚に並べるのを手伝っておくれ」とすぐさま指示を出した。

 言われたままに動き出すクリスティンは、パンを焼く調理場と陳列する店舗を行ったり来たり。パンは次々に焼きあがり、休む間もない。 


 ある程度並べ終えると、商品名と値段を記した木板を差し込む。

 一小銅貨いちしょうどうか、三個。などと、記されている。おかみさんからは、早めに商品名と値段を覚えてほしいと言われた。


 新聞売りが外を歩き始めると、新聞片手にパン屋に客が入ってきた。


 まずは見て覚えてとおかみさんの隣に立たされる。

 紙袋に値段を計算したパンを詰めて客に渡す仕事だ。

 

 手早く計算し、勘定を済ませるおかみさんにあたふたしながら、クリスティンは頑張ってパンを紙袋に詰め続けた。

 六時から七時が一番忙しかった。


 八時になると、一段落した。

 ほっとするクリスティンにおかみさんがはなしかける。


「今日の夜は、うちで一緒にご飯を食べよう。日が傾いてきたら、隣の家においで、私たちはそこに住んでいる。

 今日はティンの歓迎会だよ」


 ウインクをしたおかみさんがにっこりと笑う。おおらかな雰囲気に、クリスティンは幾ばくか慰められた。





 その日は、木箱をひっくり返し、部屋の片づけを頑張った。空っぽになった木箱は蓋をして重ねて部屋の隅に置く。また荷物を運ぶときに使うだろう。

 日が傾いてきたところで、クリスティンは部屋を出た。言われた通り、隣の扉をノックする。


「おかみさん、いますか。ティンです」


 かちゃりと扉が開く。

 

「よくきたね、ティン。お入り」


 おかみさんはクリスティンを室内へと導きいれる。


 ふわっと良い匂いが漂ってきた。


 真ん中のテーブルにクロスが敷かれ、たくさんの料理が並ぶ。ランプが煌々とたかれ、部屋中が装飾され、きらきらと輝いている。


 おかみさんとニール以外に、もうひと家族いた。椅子に座る女性が子どもを膝に乗せ本を読んであげている。

 ニールはソファで新聞を読んでいた。

 両手に料理皿を持った男性が、テーブルに手にした皿をことりと置く。 

 おかみさんが後ろから肩にぽんと手をのせた。

 

 クリスティンが横をむくと、おかみさんはにこっと笑う。


「うちの息子夫婦だ。オーランド殿下の屋敷を管理する仕事をしているんだよ」

 

(おいちゃんの屋敷……)

 呆けたまま、クリスティンは前を向く。

 男性が恭しく頭を下げた。

 

「はじめまして、クリスティン様。

 私は、オーランド殿下の屋敷の管理を任されているロジャーと申します。こちらは、妻のベリンダと息子のラッセルです」


 女性と子どもが頭をさげ、顔をあげると、クリスティンに微笑みかけた。


「うちはみんなオーランド殿下の秘蔵のお嬢様が来るのを楽しみにしていたんだよ」

「うわさのお嬢様にお会いできて光栄です」

「お会いできることを楽しみにしていましたわ」


 おかみさんに続き、ロジャーとベリンダも歓迎してくれた。


「貴族のお嬢様でありながら、外ではティンと呼ぶ不敬を許しておくれ。クリスティン様」

「おかみさん……。そんな……。おいてもらえるだけでもありがたいのに……」


 一人で王都に来た不安と寂しさが和らぎ、クリスティンの両目に涙が溢れた。



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