表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/146

43:いざ王都へ③

「あんた、今、こっち出られるかい」


 おかみさんが勘定場の後ろにある出入り口に向け、大きな声で呼びかけた。奥から、がたんと音が響く。

「くるね」と呟いたおかみさんが振り向きざまに、「奥はパンを焼く調理場だ。パン焼き職人である、うちの亭主が仕事をしているんだよ」と言った。

 奥から、中背で小太りな男性が顔を出す。


「クリス……いや、ここではティンだったね。この人が私の亭主のニールだ」


 おかみさんから紹介を受け、クリスティンはぺこりと頭をさげる。

 ニールが被っていた帽子をとり脇に挟んだ。

 おかみさんはニールに顔を向ける。


「この子が今日から家で預かる子だよ。殿下あのかたの秘蔵っ子だ」


 粉のついた手を布で拭きながら、ニールは頭をさげた

 

「よろしくな」

「よろしくお願いします」

「うちは朝が早い。パン作りで日の出前には起きて焼いている。店を開くのも、ここいらで一番早い。

 早起きは大変だと思うが、がんばれよ」

「はい、頑張ります。どうぞよろしくお願いします」





 挨拶を終えたクリスティンは、ウィーラーとともに街を見るためにパン屋を出た。


 近場の食料品や雑貨を扱う店、被服店や公衆浴場など、いくつか見て回った。

 パン屋の周りは商店が多く、生活には便利そうである。どの建物も、階下に店があり、上階が住まいとなっていた。


 正門から城まで続く通りにも店舗はあるが、宝飾品や高価な衣料品、地方の名産などの高級品を扱い、平民の生活では手が出ない品も多いそうだ。日用品を揃える時は、平民の生活を支える商店を主に利用した方がいいと説明を受ける。


 市民の商店街を見てからメイン通りへと向かう。

 横道を出て、振り向く。

 正門と噴水が見えた。城壁も高くそびえる。

 太陽が傾きかけ、青空だった空の端っこに赤みがさしていた。


「少し早いが、夕食にするか。食べに行こう」

「はい」


 通りを城に向かって進む。

 山脈の傾斜面にあるため、道は緩やかな坂となっていた。

 

「お城、小高いところにあるんですね」

「王都の一番高いところに城があるからね。あそこからはこの街全体見渡せるんだ。

 上に行くほど、貴族や金のある者が住んでいて、平民は門に近いところに住む。

 メインの通りに近い方が治安が良い。王都だからすべて安全とは言えない。女の子は特にね、気をつけて」

「はい」

「貴族学院も貴族の子弟が通うから上にあるし、騎士団の稽古場もしかりだ。明後日、案内するよ」

「よろしくお願いします」


 ウィーラーが足を止めた。

「あそこでいいか」


 通りに面したオープンな店があった。

 黒い柱にガラスがはめられ、店内が見える。落ち着いた雰囲気の店だ。

 クリスティンは今着ている服を見た。平民が歩く商店街ならいいが、高級な店かもしれない場に相応しいか疑問に思う。

 恐る恐る、入ってもいいのか伺うようにウィーラーに問うた。

 

「通りに面している店は高いんじゃないですか」

「正門に近い一階のカフェなら、平民も利用する店だ。気にしなくていい。

 正門に近ければ、平民も歩くし、通りの店も利用する。今日は平日だが、休日はここら一体、出店が並ぶこともあるんだよ」

「まだ増えるんですか。想像もできない。お店がこんなにあるのも見慣れないのに。これ以上に増えるなんて」


 嘆息するクリスティンにウィーラーは笑む。


「上に行くほどに、貴族が住み、値段が高くなると思っているといい。噴水が見える位置にあるオープンな店は、平民も利用する店さ。

 ほら店内に座る人も、軽装でくつろいでいるだろう」

「言われてみれば……」


 ウィーラーと共に店に入る。直前にクリスティンは三角巾を外した。

 店員に案内されたテーブルに座り、クリスティンは三角巾のハンカチを細長く畳み、髪を束ねた。


 お茶を飲む人も多いが、軽食をつまみながら本を読んでいる人もいる。過ごし方は色々なようだ。


 メニュー表を開いたウィーラーが、クリスティンに見せながら「これとこれにするよ」と了承を得て、店員を呼び注文した。


 頬杖をつき、ウィーラーはにやりと笑う。


「初の王都暮らしだな。一人暮らし、がんばれよ。慣れるまでが大変だな」

「きっと、慣れないことばかりね。実感わかないけど……」

「これからの日程は分かっているか」


「はい。

 入学式は一週間後。それまでにパン屋の仕事を覚えたいですね。

 騎士団の稽古場にも顔を出してみたいです。

 学院は、今日から新入生の下見に解放されているんですよね。入学前に、一度見学してみたいです。

 それから……、初日に入学式とオリエンテーションがあり、授業開始。最初の一月ひとつきは一般教養で、学部別に分かれるのは二か月目から。

 入学式が終わり、約三週間後に、新入生歓迎会があるんですよね」

 

 指折り数えて、確認していたクリスティンの手が止まる。

 おずおずとウィーラーを見た。


「歓迎会って出なくちゃいけないんでしたっけ」

「今後のためにも参加するのが一般的だよね」

「貴族のお茶会のようなものだよっておいちゃんは言ってたけど、貴族のお茶会ってどんな感じなんですか。

 お茶会っておいちゃんは気軽に言いましたけど、私からしたら、まったく、気軽じゃないんですよ」


 困り顔のクリスティンにウィーラーが喉を鳴らし笑う。


「その場に相応しいドレスを着て、大人しくしていれば、つつがなく終わるよ」

「つつがなくって……」

「そうだ、衣装も用意してあるんだよ」

「えっ! もはや」

殿下あれは用意周到だよ。産まれた時から、クリスティンが着るドレスはほとんど殿下やつが買っているんだ」


 にやりと笑うウィーラーにクリスティンは苦笑する。


「おいちゃんは……、甘いから、ねっ」

「クリスティン限定だよ」

弟妹きょうだいにも優しいわ」

「クリスティンの傍にいると、優しくなれるんだよ」


 くくっとウィーラーが笑う。

 クリスティンは何と答えたらいいかわからなかった。

 同時に、スープとパンにドリンクを店員が運んできた。

 ごろごろした多種類の野菜に、大きな肉の塊も入っているスープは、色味こそ澄んだ薄茶色だが、よく煮詰められているようで、肉も野菜も柔らかそうだ。

 それに、丸パンと氷が入った橙色のジュースが並ぶ。


 ジュースグラスを見て、クリスティンは目を丸くする。


「すごいのね、平民が利用する店でも氷がつくなんて」

「地方では珍しいよね。王都は魔石が豊富でね、利用頻度が高いんだ。平民も暮らしの中で多く利用しているんだよ」

「地方と王都では、そんなに違うのね」


 ウィーラーがそっと唇に人差し指を添える。


()()は、秘密だからね。くれぐれも気をつけてね」

「はい。肝に銘じてます、先生」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

▼礼(ゆき)の別作品▼

新着投稿順

 人気順 



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ