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41:いざ王都へ①

 のどかな景色が広がる街道を、相乗り馬車が王都に向かって進む。

 

 赤や紫、黄色の果実をたわわに実らす木々、風に揺れる金の穂、黒々とした土に植わっている様々な作物。収穫間近の豊かな実りをたたえる畑では農民たちが働いている。

 真っ青な空の下で、畑道はたみちを子どもたちが走り抜けていく。


 相乗り馬車に揺られるクリスティン・カスティルは車窓から流れる景色を見つめていた。

 青草い香りを乗せた風が吹き抜け、榛色の髪が煽られる。その髪をクリスティンは片手で押さえた。

 煌めく髪から柔らかな花の香りがかすかに飛んだ。


 抑えた髪の毛先がなびくはるか彼方に、天に向かって白くそびえる山脈が現れる。

 手櫛で髪を整えるクリスティンは、見えてきた山脈をじっと見つめた。


 青空を背景に、白とも灰色ともとれる山脈が迫る。稜線と空の境界線は薄く、どこか溶けあって見えた。


(雲に隠れる山頂はほとんど見えないわ。すごく大きいとは地図を見て知っていたけど、いったいどれだけ高いのかしら)


 ふもとにある都市が浮かび上がるように見えてきた。

 重なり合う建物がひしめき合う様は、まるで積み木を隙間なく立てて並べたようである。


(あの傾斜面に広がる街並みが王都なのね)


 王都の頂点には一際目立つ建物があった。

 圧倒的な存在感に、城下の街並みがまるで傅いているかのように見える。

 都市を一望する王城。その存在感に山肌も都市も霞むようであった。


 幌馬車は進む。

 王都に近づくごとに、王城や街並み、それに城壁がくっきりと見えてくる。


(あんなに狭い場所にどれだけの建物がひしめいているの。しかもあそこにはそれだけの人が暮らしているってことなのよね)


 驚愕するクリスティンは息をのんだ。


「あれが王都……」


 隣に座っていた案内役のウィーラーが、クリスティンの呟きに合わせるように手元の本をぱたんと閉じた。


「もうすぐつくね、クリスティン」

「はい、先生」

「圧倒される?」


 ウィーラーの問いに、うんうんとクリスティンが頷く。

 

「地図で見るのと実際見るのではやっぱり全然違いますね、先生」


 興奮気味のクリスティンにウィーラーが笑いかける。


「あとね、クリスティン。家庭教師役は終わっているからね、私のことを先生なんてもう呼ばなくていいんだよ」

「でも、先生は先生よ。何年もそう呼んでいるから、沁みついちゃっているわ」


 クリスティンは肩をすくめる。


殿下あれは、おいちゃんなのにな」

「あれって……?」

「ここでは呼べない人」

「ああ……。でも、おいちゃんはおいちゃんですから。呼びようがなくて……」

「そう呼べるのは、クリスティンだけだよね」


 くすりと笑むウィーラーに座り直したクリスティンが苦笑いを浮かべる。

 オーランドの立場を理解した男爵家の子どもたちだって、最近は殿下と呼ぶようになっていた。おいちゃん呼びするのは、今ではクリスティン一人きりだ。


 クリスティンもその呼び方がいかに不敬なことか、それなりに理解していたものの、慣れた呼び方はなかなかなおせなかった。

 なにより、過去一度、殿下と呼び掛けたら、ものすごく悲しそうな顔をされており、その表情を思うと、もうなおすになおせなくなってしまったのだった。

 そんなことを思い出し、クリスティンは口をすぼめる。


「おいちゃんについては私一人のせいじゃないです」

「それはそうだよね」


 ウィーラーが口角をあげて笑む。手にしていた本を再度開き直した。

 

「じゃあ。まず王都についたら、下宿先に向かうよ」

「はい、分かりました」


 本を黙読し始めたウィーラーから視線を外し、クリスティンは再び流れる景色に目を向けた。

 





 馬車は王都の正門に到着した。


 石で作られたアーチ状の門をくぐり、馬車は洞窟のような通路を進む。車窓から見える景色は、石壁と壁にかけられた洋灯だけとなる。

 

 その薄暗い通路の途中で馬車が停まる。そこは相乗り馬車の停留所のようだった。

 他の地域から入ってきたと思しき馬車も停まっており、乗客を降ろし終えると別の場所に移動していった。


 そこで、しばし待たされる。

 先に降りた御者が門の番人に通行証を見せ、正規の相乗り馬車であると証明をしている。確認はすぐ終わり、馬車の扉が開くと、乗客は順々に降りていく。


 おりた乗客は、通路に立つ番人に、身分証や証明書を見せる。ウィーラーは職業証、クリスティンは入学許可証を見せた。


 確認を終え、通行が許可される。

 水蘚(みずごけ)を思わせる青臭くも湿った臭いが充満する石造りの通路を歩む。

 壁のところどころにかけられた洋灯が、オレンジの光を足元に落とす。細長い影が石壁に映りこんだ。

 出口はまだ見えない。


「随分、長いんですね」

「王都を守る城壁は分厚い壁になっているんだよ。(いにしえ)から王都を守っている大切な壁だよ」

「へえ……」


 角を曲がる。進む先に真っ白い壁が見え、クリスティンは目を細めた。白む壁の向こうから活気のある音が響いてくる。


「あそこが出口だ」

 ひそっとウィーラーが囁く。

 クリスティンは白い出口を凝視する。

 

(あの向こう側が王都なのね)


 高鳴る胸に手を添える。


 そして、クリスティンは門の出口を抜けた。


 暗がりが一変し、まるで別世界に飛び込んだかのような華やかな王都の賑わいが目に飛び込んできた。


「わあぁぁ」


 クリスティンは周囲を見渡し、感嘆する。


 目の前に噴水があり、周囲が広場になっていた。

 小ぶりな馬車が円形の広場を行きかっている。

 人もたくさん道を歩いている。

 広場を囲むようにびっしりと数階建ての建物が並ぶ。建物の一階は店になっており、色とりどりのひさしが鮮やかだ。


 胸いっぱいに感動がせりあがってきた。頬を紅色させ、クリスティンは「すごい」と呟いた。


「ほら、いくよ」

「はい、先生」

「だから、もう先生じゃないって」

「じゃあ、なんて呼べばいいですか。先生は先生なんですよ」

「さん付けでいいさ」

「ウィーラー、さん?」


 言いなれない呼び方にクリスティンは首を横に傾ける。違和感がありありと顔に出た。


「なんかむずがゆいですよ」

「クリスティンに敬語を使われているのも、けっこうむずがゆいんだよ。勉強と遊びの区別つかない子どもだったんだから」

「酷い、先生。それ、どれだけ昔の話ですか」

「もう先生じゃないよ」

「うー……、ウィーラーさん」

「そうそう」


 二人は並んで歩き始めた。

 門から正面に続く大きな通りはメイン通りであり、のぼっていくと城がある。

 ウィーラーはクリスティンに周囲を紹介しながら歩き、横道に入っていった。


「これから行くのは、下町のパン屋さんだ。クリスティンが下宿する話はつけてある」

「私はパン屋で働かせてもらいながら学院に通うのね」

「そう。家格が低いと言えども男爵家のご令嬢だから、店に出てて身元がばれても困る。念のため、店で働く時と学院に行くときには名前を変えよう」

「はい」

「パン屋のおかみさんも了承済みだ。もちろん働いた分の給料は払ってくれるよ」

「本当ですか」

「本当だよ」

「よかったぁ。正直言いますと、受かったのはいいけど、領地の経営状況も年々悪化していますし、生活費や寮費まで用意してもらうのは両親に申し訳ないなと思っていたんです。

 本当に助かります」

「俺は頼まれただけだよ。お礼は殿下あれに言ってあげな」

「えっ? パン屋さんは、せっ……、ウィーラーさんの紹介じゃないの。おいちゃんに、平民の知り合いなんているの!」

「それがいたんだな。屋敷を維持するために働いている平民の夫婦がいて、今回の下宿先は、その夫のご両親だよ」

「なるほど。それで合点がいきました」

「二つ返事でクリスティンを預かってくれることになったらしいよ」

「ありがたいですね」


 しみじみとクリスティンは恵まれているなあと感じいる。


 男爵領は鬼哭の森から流れる瘴気に侵食され、年々被害が増していた。瘴気にあてられた作物は出荷できない。

 瘴気にあてられていると思うだけで、人々は嫌悪を示す。男爵領の作物は年々、買い手がつかなくなっていた。


 瘴気に誘われて人里に入り込んでくる魔物は、オーランドや巡回する衛撃騎士団が討伐してくれるため、人が害されるまでには至らなくとも、作物が実りにくくなっていた。魔物に怯える暮らしに耐えかねた領民はぽつりぽつりと出てゆくばかりだ。男爵領は年を追うごとに寂れていく。

 それを思うと、三年間の学費さえ、心配になる。


「私を学院に通わせるだけでも大変な状況ですから……」

「男爵が古くから剣豪オーランドと旧知の仲で良かったね」

「本当に。おいちゃんには助けられてばかりです。私の力も両親だけではどうにもなりませんでしたから」


 クリスティンは手をみる。

 ほわっと表面が光り、消えた。


「外で目立つ使い方はしないように」

「はい、気をつけます」


 クリスティンはぎゅっと手を握りしめた。

 城壁をくぐってから、王都への期待は膨らむばかりだ。男爵領で経験できないことが経験できそうで、想像するだけでわくわくしていた。

 

(いつも、おいちゃんとせっ……ウィーラーさんという上手しか相手にしていなかった。二人とも王都から来ていたんだもの、もしかしたら、二人みたいな人が他にもいるかもしれないのよね)

 

 学院に通うなかで、どうしても試してみたいことが、クリスティンにはあった。 

 そんな彼女の内心を見透かすように、ウィーラーが口角をあげる。


「クリスティン、腕試しもしたいんだろう」

「腕試しって……」

殿下あれの直弟子だ。王都の騎士とも手合わせしたいと思っているんじゃないかい」


 にやりと笑うウィーラーから思わずクリスティンは目を逸らす。


「そりゃあ……、機会があれば~、いいかな~とは思いますよ」


 黙っていたのにばれていると思ったクリスティンは照れながら、胸元で指をからめる。


「城近くにな、騎士団の稽古場がある。

 そこに顔を出せるようにも計らっているよ。すでにな」

「えっ! 本当ですか。嬉しいです!!」


 ぱっとクリスティンの表情が華やぐ。

 ウィーラーはやっぱりと受け止める。


「そう言うと思った」

「誰にも言ってなかったのに、お見通しですかぁ」

「まあまあ、この手配も俺じゃないから」

「じゃあ、おいちゃんが」

「そう。でっ、ここに通うのに、女の子だと相手も本気になってくれないかもしれないだろう」

「そうですね」

「学院でまさか殿下あれの直弟子だとばれても困る、かもしれないだろう」

「そうかもしれないですね」

「そこでだ。騎士団の稽古場でも、偽名を使って、男子のふりをして門を叩こう」


 ウィーラーが満面の笑みでクリスティンの肩を叩く。


「ええっ!」


 とびあがるほど驚くクリスティンに、ウィーラーはことさら笑顔を深めた。


「パン屋の店番や平民の町を歩く時は、パン屋の看板娘ティン。

 貴族学院に通う際は、男爵令嬢クリスティン・カスティル。

 そして、騎士団の稽古場に通う時は、剣豪の直弟子クレス。

 これから、王都で暮らすクリスティン、君は、三つの顔を使い分けるんだ」


「ええぇぇ!!」


 理解が及ばず、クリスティンは目が白黒させて仰天した。


 

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