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40:旅立ち前のお祝い④

 男爵家の兄弟姉妹たちがお茶の時間を楽しんでいる応接室にウィーラーが入ってきた。


「先生!」


 男爵家の兄弟姉妹たちがいっせいに顔をあげる。クリスティンだけでなく子どもたちはみな、ウィーラーを先生と呼ぶ。


「やあ、久しぶり。みんな、元気にしていたかい」


 ウィーラーは愛想よく、軽く手を振る。

 ソファ席に座っていた子どもたちはわらわらと動きだした。一人掛けのソファから立ちあがったマークが横の長椅子にずれる。ケイトは新たに紅茶を淹れ始めた。


 ウィーラーは「ありがとう」と、マークがあけた席に座る。すぐ横の長椅子に座ったマークの頭に手を伸ばし、撫でた。照れながらマークははにかんだ。


 男爵家の子どもたちはウィーラーを慕っている。彼はクリスティンの師というだけでなく、他の子どもたちも平等に扱い、どんな質問にも丁寧に答えた。

 子どもたち一人一人と向き合う姿からは、胡散臭さより、子供好きという意外性が際立った。

 オーランドの紹介とはいえ、どんな人物なのか遠目に眺めていた男爵夫妻も、子どもたちと関わる彼を見て、今では親戚のように接していた。


「先生、随分遅かったですね。一緒に王都まで行ってくれると聞いていたので、いつまでも来ないからやきもきしてましたよ」


 冗談交じりのクリスティンに、足を組んだウィーラーが両手を膝の上に組んで答える。


「男爵家の兄弟姉妹は仲良しだからね。家族水入らずを邪魔しては申し訳ないだろう。だから、ギリギリに来ることにしたんだよ」


 軽く笑うウィーラーに、ケイトが紅茶を差し出す。

 ソーサーごとカップを両手で受け取った。


「ありがとう。ケイト」


 さっそく、紅茶を一口含んだウィーラーがケイトに微笑みかける。


「また、お茶を淹れるのが上手になったね」

「ありがとうございます、先生」


 ケイトも嬉しそうに笑んだ。


「そうそう、クリスティン」

「はい」

「さっき男爵に挨拶した時、奇妙な鶏を保護したと聞き、それを一度見てほしいと言われたんだ」

「クックのことですね」

「一息ついたら、案内してもらえるだろうか」

「はい。わかりました」


 ウィーラーがケイトに視線を向け、告げた。


「では、しばらくしたら、席を外させてもらうよ」




 


 紅茶を飲み終えたウィーラーとともにクリスティンは厩舎へ向かう。歩きながら、クックが来るに至った経緯を話した。

 厩舎の扉に手をかけたクリスティンは、背後に立つウィーラーをちらりと見た。クックにどんな反応を示すかと思うとドキドキし、すぐに開くことができなかったのだ。


「びっくりしないでくださいね」

「びっくりはしないと思うよ。笑うかもしれないけど」

 

 ウィーラーは肩をすくめた。

 厩舎の扉をクリスティンが開く。

 さっそく鶏やひよこが通路を歩いている姿が目に入る。厩舎の奥には鶏小屋があるが、大きなクックを一緒に入れることができないので、クック一家は、最初に入れたホルンの隣の馬房にそのまま居ついている。


 開け放った扉をくぐり、二人はクックの前に立つ。馬房の柵越しに見上げるウィーラーが腕を組んだ。

 そのでっぷりした姿は牛ほどの大きさがある。


「これはまた、大きくなったものだね」

「初めて見た時は驚きました。でも、こんな風に大きくなったから、ひよこたちを黄貂から守れていたのかなと思うんですよ」


 ぽつりとウィーラーが「どちらが先かね」と呟いた。

 聞こえた呟きの意味が分からず、クリスティンが小首をかしぐと、ウィーラーは気にするなとばかりに、口角をあげて「話を遮って悪かった」と腕を組んだまま、片手をあげて降ろした。

 クリスティンは話しを続ける。


「飼料を食べていたのも、黄貂じゃなくて、クックの家族だったみたいなんですよ。鶏だけど、頭は悪くないようです。いつも朝は、一声鳴くだけで、後は大人しいものなんです」


 じっとクックの目を見ていたウィーラーが視線を落とす。


「まあ、大丈夫なんじゃないか」

「本当ですか」


 落ち着いたウィーラーの返答に、クリスティンはクックを飼っても大丈夫と太鼓判を押された気になり嬉しくなる。

 伏せていた目をあげたウィーラーが語る。


「ああ、元家畜だからか、人慣れしているしな。恐らく、家族を害する者がいなければ大人しいだろう。差し当たって問題なさそうだが、いざという時のための魔道具は用意した方がいいかもな」

「魔道具って……」

「暴れた時に、首を絞めるものがいいだろう」

「ええぇ」

「仕方ないだろ。人間に危害を加えるようなことがあってはそれこそ一大事なんだから」

「確かに……」

「男爵が魔道具を用意するのは難しいからな……、こっちで用意するとして……」

「私がいなくなったらその魔道具は誰が扱うんですか。お父さん、魔力ないから魔道具使えないじゃないですか」


 んっ? とウィーラーが片眉をあげて、首を傾ぐ。


「魔力がなくても魔道具は使えるぞ」

「えっ?」

「教えてなかったか。初歩の教科書に載っていただろう、基本的なことすぎて忘れたのか。ああそうか、貴族関係の扱い方は覚えているが、平民の扱い方の方は重点事項じゃないので、忘れたというわけだな」

「えっと……」


 初歩的な内容がすっぽりと抜けていると指摘されたクリスティンは罰悪く視線を泳がせる。これから王都に行くのに、なんたることか。


「クリスティンは魔力が有り余っているから、その扱い方ばかり教えてきたもんな。ちょっと世間ずれさせちゃったかな」

「意味、わかりませんけど……」

「いい、いい。そのうち分かる。それより、基礎を忘れていたということは、一度みっちり復習した方がいいようだな、クリスティン。

 受験が終わり気が抜けたところに、瘴気にばかりかまけて、度忘れしたんだろう。久しぶりだ。日が暮れるまで、みっちり鍛えてやろう」

「!!」


 悪辣に笑うウィーラーに、クリスティンは声にならない悲鳴を喉奥で鳴らし、涙目になった。


 





 意気揚々と居館の廊下を歩き応接室に向かうウィーラーの後ろから、意気消沈するクリスティンがついてくる。


 応接室の扉前で先に止まったウィーラーが、そっと扉を開けて、隙間から内部を覗き、音を立てずに再び閉めた。

 そんな小さな動きに、俯いていたクリスティンは気づかない。

 振り向きながらウィーラーが横に避けた。手のひらを返し、クリスティンに扉を示す。

 クリスティンが顔をあげた。


「クリスティン、ちょっと用を思い出した。先に応接室へ戻っていてくれ」

「あっ、はい」


 誘われるようにクリスティンが前に出て、応接室の扉に手をかける。

 家族が寛いでいると思っていたクリスティンは、ほっと息つき、「ただいま」と言いながら、扉を開けた。


 すると、ばさっと目の前に紙吹雪が散った。


 目の前にたくさんの白い紙がきらきらと舞い上がり、散っていく様にクリスティンは目を丸くした。

 待っていた家族が声を揃えて言った。


「クリスティン、お誕生日おめでとう」


 男爵に夫人、兄弟姉妹も、笑顔でクリスティンを迎える。その様に、驚くばかりで、「えっ、えっ」とクリスティンは戸惑う。

 背後からウィーラーがクリスティンの肩を叩いた。


「今年は誕生日を王都で迎えることになるからね。送り出す前に、お祝いしてあげたいって、ケイトに提案されていたんだよ」

「ケイトが!」


 クリスティンはぱっとケイトを見つめる。

 照れた顔で、眉をはね上げる、怒っているともむすっとしているとも言える表情で、ケイトは頬を赤らめる。

 感極まってクリスティンの目が潤む。


「お誕生日、おめでとう」

「うん。ありがとう、ケイト」


 家族を見回し、もう一度。


「ありがとう、お父さん、お母さん。

 ロイ、エマ、マーク、アン、ピーター。

 みんな、ありがとう」






 翌日、誕生日を祝ってもらったクリスティンは、ウィーラーとともに、晴れやかに家族に別れを告げ、王都へと旅立った。



読んでいただきありがとうございます。


明日から二章です。一章20話が単位になってます。


(本当に長いのですよ、この小説。ちなみに、9月中旬まで毎日一話予約投稿済みです)

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