39:旅立ち前のお祝い③
クリスティンがクックに乗って城に戻ると、城門前に騎士達が溢れていた。もちろん、そこには騎士団長と男爵もいる。
クックから飛び降りたクリスティンは、男爵のもとに走った。
クリスティンの背後からついてくる鶏たちを見て、騎士達が一斉に臨戦態勢を取ろうとしたところで、騎士団長が軽く手をかざし、動きを止めた。
周囲の状況に気づかず、クリスティンは男爵に必死に訴える。
行方不明の鶏を保護したと主張する娘に、男爵は眉をひそめた。
方や、騎士団長は目を丸くしたかと思うと、笑い出した。
「男爵領の鶏というなら、私たちに対応はできませんね。鶏の処遇については、カスティル男爵に一任しましょう」
思いもよらない荷物を預けられた男爵は難しい顔で、口元をゆがめた。
片や、クリスティンは騎士団にクックを殺されなくて済むと、安堵していた。
騎士達がサイモンの報告を受け、空き家に向かおうと動いていることに気づいたクリスティンは、騎士団長に空き家周辺の状況を説明した。現状を理解した騎士団長は、急きょ向かわせる幌馬車を増やし、黄貂を捕獲するように指示を出した。
動植物の魔物化は調査中のため、良いサンプルになるということだった。
新たな準備をすすめている最中、ドナルドが報告に走らせた騎士が城に到着した。
けが人の状況も把握し、準備が整っていた医療救護班がすぐに出立した。
男爵は騎士団長に対応をまかせ、クリスティンとともに厩舎に向かった。黙って歩く男爵を、クックを連れてクリスティンは追いかける。
ひとまずホルンの隣の馬房が開いており、そこに鶏一家を休ませることにした。
鶏一家は、馬房に収まると、寄り添って寛ぎ始める。その様子を見て、クリスティンは、これで良かったと思った。
厩舎から出ると男爵は立ち止り、クリスティンと向き合った。二人きりという状況になってやっと、夜中に出歩いたことやクックを連れ帰ったことなどを含め、勝手なことをしたクリスティンを淡々と男爵はしかりつけた。
理路整然としかられ、落ち込むクリスティンが部屋に戻った。
入室し、俯きながら、後ろ手で扉を閉める。
(お父さんに、怒られちゃったな)
さすがに今回は、真夜中に外に出て、騎士団の任務先に勝手に赴いている。言い訳のしようもなかった。
鶏の件もごり押ししたようなものだ。
普通なら許されないとクリスティンにも自覚はあった。
(でも、どうやって、あの鶏はあんなに大きくなったのかな。しかも一羽だけ。厩舎の飼料が減っていたのも、家族にご飯を食べさせていたってことでいいのかな。そうじゃなきゃ、あれだけ飼料があさられているわけないだろうし。クックだけなぜ……)
考えても分からず、思いなおす。
(あの鶏は、家族を守っていたのだもの。強くなって良かったのよ。そうじゃなきゃ、あの黄貂にやられていたはずよ。
きっと黄貂もクックにずっとしてやられていたから、やり返すために仲間をつのっていっぱいいただけなのよ。きっと、そう。きっと……)
クリスティンは一人で考え、一人で納得する。
草で縛り付け生け捕りにした黄貂も、捕獲はされ、殺されることはない。王都で実験されるのかもしれないが、それでも殺されるよりはずっとマシな気がした。
ほほをぱんと両手で叩いた。
(終わったことは仕方ないわ。鶏も助けられたし、怪我はしても誰も死んでいない。黄貂だって、生かされるんだもの。悪くない結果じゃない)
気持ちを奮い立たせようと前を向いても、徐々に俯いていく。床を見つめたところで、ため息が漏れた。
(でも、怒られたのは変わらないもんね。魔物化した鶏が暴れたらどうするんだとか言われたらぐうの音もでないもの。朝に勝手に城を出て行ったことは掛け値なしで悪いし。城で鶏が暴れ出したら、取り返しがつかないわけだし)
それでも男爵は譲歩し、クックたちをどうするかオーランドに相談すると言った。その上で、オーランドの出す結果に従うようにとクリスティンを言い含めていた。
クリスティンが魔物化した鶏を鶏と言えば、オーランドも鶏だと公言すると男爵は分かっていた。しかし、魔物化した鶏が暴れた場合どうしたらいいか分からない。魔物を退ける武力を男爵は持っていない。故に、その時の対処法を男爵はオーランドに早めに相談しようと心に決めたのだ。
駆除する方がずっと楽で、安全であると分かっていても、父もまた、死して産まれ息を吹き返した娘には甘いところがあった。領主の判断としては間違っていても、娘のために譲歩したのは男爵自身である。
そんな父の苦悩まで、クリスティンは分かってはいなかった。
この一件以降、クリスティンは大人しくなった。
逗留している騎士団と関わらず、成人前の男爵家の娘として、家事手伝いを中心に動き、自室や応接室で過ごした。
約束通り、空き家近くに魔道具は設置された。
早朝に屋上から見渡せば、瘴気が遠くに飛ばなくなったと肌で感じた。
王都に行ける安心とともに、クリスティンは一抹の寂しさを感じる。
時間は過ぎる。近づく旅立ちの日にそなえ、クリスティンは、荷造りをすすめた。
荷物がまとまっていくごとに、兄弟姉妹たちと過ごす時間はあと僅かしか残されていないのだと否応なく突き付けられる。
荷造りを終えると、クリスティンはほとんどの時間を応接室で兄弟姉妹たちと過ごすようになった。
スカートを着て、ケイトやエマと掃除や洗濯をし、マークと一緒に双子の世話をする。忙しい母とロイの代わりに家を切り盛りするケイトに従い、クリスティンは勤しんだ。
王都に行けば会えなくなる家族との大切な時間だと思えば、どんな小さなやりとりも貴重なものと感じられた。
まとめた荷物は、騎士団の好意で、けが人や黄貂を王都に運ぶ幌馬車にのせてもらい、オーランドの屋敷まで届けてもらえることになった。
馬房では、ホルンとクック一家が隣り合って過ごすようになった。幸いクックはとても大人しく、朝も一声鳴けば、大人しくなるという賢さを見せた。
ロイは厩舎を掃除するたびに、ひよこたちがついてくるとぼやくようになった。どうやら餌をくれる人と認識され、ごはん、ごはんと追いかけてくるようなのだ。その証拠に、餌をやると途端に大人しくなるという。
幌馬車が出立する日は、さすがにクリスティンも騎士達の見送りに出た。
けが人だけでなく、お世話になったドナルドたちも一旦王都に戻るというので、挨拶をするためだ。
騎士達に囲まれ、楽し気に言葉を交わすクリスティンを遠目から眺める者がいた。
「どうしました、ライアン様」
「彼女は、確か……」
眺めるライアンにケネスが声をかける。
「先日の下見の時に同行した男爵家の長女ですが、なにか」
「ああ、あの子が」
「なにかありますか」
「いいや、なにも」
誰か分かるとライアンは興味なしとばかりにふいと前を向き、先んじて幌馬車に乗りこんだ。
また数日が過ぎる。
クリスティンが王都に向かうのも、いよいよ明日となった昼過ぎ。
男爵領に、王都への案内役であるウィーラーがやってきた。