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4:罪を背負う旅のはじまり④

 ワイングラスをテーブルに置き、オーランドは立ち上がった。


「ネイサン。それぐらい俺も考えた。

 でも、ダメなんだよ」


 呟くなり、背を向け、寝室へ向かう。


 残されたネイサンはうつむき、片手で頭をがしがしとかいた。


 寝室に入ったオーランドは重たい衣類を脱ぎ捨てて、すぐにベッドにもぐりこんだ。


 ただ馬を駆っているだけなのに、とても疲れた。連日、リディアと一緒にいるからだ。

 このまま、どこかへ、彼女を連れて逃避行したい。

 時々、そんな意識がふっと湧いてきて、理性で押しとどめていた。その繰り返しに疲れているのかもしれない。

 そんな本音は言えないし、実行もできないのに。


(寝よう。もう、なにも、考えたくない)


 目を閉じると、意識はすぐに夢のなかに沈んでいった。

 

 

  ※



 成人したオーランドは鬼哭の森から湧いてくる瘴気や魔物退治を仕事とする聖騎士に就任した。

 魔力の多いオーランドにはうってつけの仕事だった。要請があれば、鍛錬のつもりでどこにでも飛んでいく。


 スタージェス公爵に収まるまで、自由討伐で国中を歩き回って遊びながら、オーランドは気ままに生きるつもりであった。

 公爵になると邸宅から離れられなくなる。

 現公爵も、若かりし頃は武勇を誇っていたと聞き及ぶが、今となっては隠居の身だ。


 鍛錬もでき、人に喜ばれ、遊び歩ける。組織に属さない自由な聖騎士はオーランドの肌に合う、とても良い仕事だった。


 気ままな討伐生活により名声はうなぎのぼり、性格の良さも相成ってどこにいっても受け入れられるオーランドは成人して半年もたたないうちに名をとどろかせた。その武勇は国中に知れ渡り、英雄、または剣豪とまで言われるようになっていた。


(英雄になるなんて簡単だ)と、オーランドは自信過剰になっていた。


 そんな旅から戻った一月前、リディアが療養でスタージェス公爵邸に身を寄せたと聞き、ジャレッド(あに)に見舞いに行ってもいいかと訊ねると開口一番「駄目だ!」と怒鳴られた。


 おいおい、なんだよ。と、その剣幕に呆れたものの、ジャレッドも見舞いに行かないところを見ると、なにか大変な病気か、と疑いを抱く。


 まさか、彼女が魅了の魔女だったなど、その時のオーランドは考えも及ばない。


 見舞いのやり取り以外、兄との関係も良好だったオーランドは、直前の舞踏会で元気にしていたリディアの姿を思い起こし、病気ではないと結論を出し、勝手に、慶事だなと解釈した。

 

 女の身体の造りは男では色々分からないこともある。リディアの見舞いに触れた際、神経質になっていたのだろう。それで軽々しい見舞い話に嫌悪を示したのだとオーランドは解釈した。過保護な兄に呆れつつ、楽観的にとらえ、気にしないことにした。

 そのうち、かしこまって、いい知らせを告げてきた時に、恨み言をぶつけて、からかってやろうとまで考えていた。


 また旅立ち、懇意にしている男爵の城を訪ね、寛いでいる時に、王都から早馬の知らせが届いた。

 至急戻れという、王とスタージェス公爵から連名の通達に、やれやれと重い腰をあげて、王都に戻ることにした。

 身重の妻を抱える男爵と「子どもが産まれる前後にまた来るよ」と約束し、初産を迎える妻と仲睦まじく手を振る男爵と別れを告げ、王都へ向かった。


 見送る二人を眩しく眺める。

 兄とリディアを重ねながら。


 戻ってみると、しばらく離宮に滞在しどこにも行くなと言われ、さらには、スタージェス公爵から直々に、この家名を名乗る役割と意義について長々と諭された。

 

 オーランドは、奔放に動き回り、英雄や剣豪と呼ばれ、有頂天になっていると誤解されたことへの説教かと訝った。


 そんな、ある朝。

 父である王がやってきて、無感情な声で言った。


「リディアが魅了の魔女であると判明した。

 その首を狩るのは、この国で最も魔力が多い王族であるオーランド。お前だ」


 スタージェス公爵の前置きがふりであったと気づいた時には逃げることも許されない状況がけっしていた。

 

 オーランドは魅了の魔女など半ば迷信だと思っていた。

 三人の魔女は有名だが、その後に消された魔女の話は知らない。美しい女に足をすくわれるなよという教訓のようにとらえていた。


 リディアの魔力が並外れていることは感じ取ってはいたが、よもや彼女が魅了の魔女であるとも露ほども気づかなかった。


 午前は呆然と過ごし、昼に紅茶を飲み、苛立ちまぎれに早めの夕食をがっぱり食べた。食事が終わる頃、王妃(はは)が来て、スタージェス公爵邸に行くよう告げた。裏口から旅立てる準備をするようにも指示された。

 

 夕刻、公爵邸に赴く。

 言いつけられた通り、裏口に愛馬を繋ぐオーランドは空虚だった。

 

 英雄と受け入れられ、うぬぼれていた自己をまるで他者のように感じながら、馬に水をやり、干し草をやった。


 ブラシをかけながら、王族のなかで魔力が強い者の真の役割を噛みしめる。


 そこには、オーランドの意志はなにも介在しない、ただの役割しかなかった。

 

 魔女の監視者とは、魔女を見出し、魔女を殺す、者。

 つまり、英雄としての鍛錬はすべて、魔女を殺すための準備運動だったのだ。


 スタージェス公爵が語った意図を、馬の世話の最中で気づいた時には、日はとっぷりとくれていた。


 闇夜は語り掛けるようであった。


 お前は宿命から逃れることはできない、と。


 虚無なままとぼとぼと指定の部屋に入り、立会人と当事者の顔ぶれを見た。感情は揺れず、どこか現実感なく、まるで空気と溶け合ったかのように、自己の存在が消えた体感をオーランドは得ていた。


 怒りに火がついたのは、足枷をはめたリディアを見た瞬間だった。


 なにもしていない彼女を裁くしかない現状に、腹立たしさが噴きあがった。


 その怒りは、虚無な儀式の最中から、ずっとオーランドの体中を這いまわり、蝕み続けていた。


 憤怒は思考を回す。


 馬を駆る旅の最中、ネイサンが語るような逃げ道を数種類考えた。

 怒りを原動力とすれば、幾通りも思い浮かんだが、そのどれもが、最後は、兄の二の舞で終わるとしか未来を描けなかった。


 リディアが役割から解放されないからには、オーランドも役割からは逃れられない。

 

 途方もない、憤りとと無力さに襲われ、英雄や剣豪という称号はぼろぼろの張りぼてと化していた。



  ※



 翌朝、目覚めたオーランドは、いつもと同じようにリディアを乗せて愛馬を走らせる。


 宿泊した村を抜けると、畑が広がる。農夫たちと実りを横目に、踏み固められた道を進む。畑をぬけると、そこは草ばかり生える平地になり、時々、羊や山羊を従える子どもたちが遊んでいた。

 そのずっと向こうに霞がかる黒々しい森が見えた。

 その暗澹とした彼方の森こそ、鬼哭の森だ。


 ここまでくると、誰も追ってくるまいとネイサンとオーランドは馬の速度を緩めていた。


 風向きによって薄い瘴気が流れてきた。肺に入ると少し痺れる。


 そのぴりりとした痛みに、なぜかオーランドは腹の大きな男爵の妻を思い出す。


「なあ、少し寄り道してもいいか」


 誰に声をかけるともなくオーランドは呟いた。

 声が聞き取れなかったネイサンが馬を寄せてくる。


「なんだ」

「寄り道したいんだ」

「どこに」

「ここの男爵の城だ。もうすぐ、子どもが産まれるんだ。その子が産まれる頃に遊びにいくと約束していたんだよ」

「へえ……、いいんじゃないか」


 二人にとってそれは、鬼哭の森への到着を遅らせる理由には丁度よかった。

 

「その男爵の名は」

「カスティル男爵」

「名は」

「ジョンだよ」


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