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31:衛撃騎士団③

「では、身支度を終えたら城門前に。

 そこには私の指示を待っている分隊が待機している」

「はい」

「私も男爵と話し終えたらすぐに向かう。時間は二十分もかからないだろう。上着を羽織り、武器を持っているなら携帯してもかまわない。私が到着する前にはついているように」

「わかりました」


 ぴしっとクリスティンは背筋を伸ばす。


「元気が良くてよろしい」


 騎士団長は柔らかな笑みを浮かべた。

 父が横にいることも忘れて、「失礼します」と挨拶し、クリスティンは急ぎ足で退室した。


 クリスティンがいなくなり、男爵と騎士団長は視線を合わせた。

 男爵の表情が申し訳なさげなものにさっと変わる。


「元気だけが取り柄のような子で、少々無鉄砲なところもありますが、根は良い子です」

「そのようだね。とても可愛らしいお嬢さんだ」

 

 騎士団長は地図を手にし、くるくると筒状に整えていく。

 男爵は深々と頭を下げた。


「どうぞよろしくお願いいたします」

「気にせずに。夕方には戻れる地への視察だ。ピクニックに出かけて帰ってくる程度のものとして、気楽に構えてくれ」

「視察の邪魔にならなかと、親としては心配です」

「引率者はよくここを訪問する者になる。ちょうど学院生を見習いで参加させており、人が良い面子でそろえた分隊だ。よって、なにも心配はない」

「ご配慮いただき、言葉もございません」


 恐縮する男爵に、騎士団長は自らの唇にそっと人差し指を添えて離す。


「これはオーランド殿下の依頼でもある」

「殿下の!!」


 仰天する男爵に、再び人差し指を口元に添えて、騎士団長は笑みを浮かべた。


(内密なことか。つまり殿下は、男爵領のことは心配ないのだとクリスティンに仄めかそうとしているのだな)


 男爵は呆れたと言いたげな悩ましい表情で首を傾ぐ。


「殿下も困った方だ」

「まったくだ」


 騎士団長は茶化すように口角をあげてにやりと笑むと執務室を出ていった。






 自室に戻ったクリスティンは、靴を脱ぎ、慌てて駆け寄ったクローゼットを開いた。並ぶ衣装から、一張羅の上着を手にし袖を通すと、横に立てかけているオーランドからもらった剣を掴み、踵を返した。


(急がないとアマンダ様が城門についちゃう)


 靴を履き、廊下へ飛び出したクリスティンは、飛ぶような軽やかさで、廊下を走り抜ける。


(すごい、騎士団の方と一緒に視察にいけるなんて。すごい、すごい、すごい)


 高ぶる気持ちを抑えながらも、顔は嬉しくて、我慢できずに笑みが漏れる。


 いつも守ってもらう側に立つものの、魔力を有し、ウィーラーやオーランドに鍛えてもらっている手前、心のどこかで、私にもできるのに、という自負心がくすぶっていた。


(絶対に役に立てるんだから)


 意気揚々と廊下を駆け抜けるクリスティンが、嬉しさのあまり飛び跳ねた。


 


 


 城門に出ると、何台もの幌馬車が道沿いに停められていた。

 各幌馬車の傍には騎士たちがたむろしている。馬の世話をする者や、数人で輪を囲み立ち話をする者、武器の手入れをする者など、各々自由に過ごしている。


(こんなに騎士が集うところ、初めて見た)


 空き家から戻ってきた頃より、人数が増えていた。幌馬車の数も倍以上だ。


(こんなに大人数で取り組む事業が行われるなんて信じられないわ。うちなんて一番家格が低い貴族なのに)


 クリスティンは周囲を観察しながら城門から伸びる道の端に身を寄せた。

 大勢の騎士達は緊張する様子もなく、寛いでいる。


(信じられないな、男爵領のためにこれだけの人員が集められるなんて……)


 鬼哭の森に近いというだけで、あまり良く思わない貴族もいる。そう語る父の言葉が嘘のように感じてしまう。


(今と昔は違うのかな。よくうちの城に顔を出してくれる騎士の方も、気さくだもものね。きっと昔と変わってきているのよ。アマンダ様だって、父と普通に話していたじゃない)


 騎士達の様子を見ていると、任務に参加する自覚がより一層強まり、クリスティンはわくわくしてきた。


(楽しみなんて言ってはいけないわよね。大事な大事なお仕事なんだから)


 そう自身に言い聞かせても頬が緩みそうになる。誤魔化すように、両頬を両手で包み込んだ。


「クリスティン嬢」

「はい」


 いきなり呼びかけられ、ピンと背筋が伸びる。髪は総毛立ち、飛び上がりそうなほどびっくりした。

 慌てて両手を降ろし、横を向く。


 城門を抜けて騎士団長が、クリスティンの方に歩いてくる。手には筒状に巻いた地図を持っていた。

 大股で闊歩する騎士団長はあっという間に目の前に立った。


「よく間に合ったね」

「はい、急いできました」

 

 騎士団長に体を向け、クリスティンは両腕をぴったりと横につけて、しりもちをつくんじゃないかと思うほど反り返りピンと立つ。

 一生懸命敬意を示めそうとするものの、子供らしさばかりが目立つ。


「クリスティン嬢は可愛らしいな」

「かっ、かわいい!」


 緊張していた気持ちが突如折られ、クリスティンは目を見開く。


「私の姪はもっと堂々としていてね。風格があり子供らしくないんだ。どこか大人めいているのだよ。十代半ばとは、クリスティン嬢のような感じが普通なのだろうな」

「はっ、はあ……」


 子どもっぽいと言われ、気が抜けそうになる。

 突如、騎士団長が踵を合わせ背筋を伸ばした。柔らかい雰囲気がさっと消え、厳めしいオーラが漂う。

 その圧を受けたクリスティンは再び緊張し、背筋を伸ばす。


「よろしい。では、時間もない。さっそく参加してもらう分隊を紹介しよう」

「よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。


(さすが、アマンダ様。雰囲気だけで圧されるわ)


 顔をあげると、にっこり笑う騎士団長と目が合う。その魅惑の笑みに、ぽんと頭から湯気が噴き出しそうになった。

 強さと美しさを瞬時に使い分ける大人の雰囲気に、クリスティンはただ翻弄されてしまう。


 そんなクリスティンに、騎士団長は「少し待ってほしい」と告げた。さっと笑みを消すと、顔を横に向ける。すぐに騎士が一人近寄ってきた。騎士団長は「各分隊の長をここに集めておくように」と彼に指示した。その騎士は「かしこまりました」と答え、素早く退いた。


 あっという間のことにクリスティンは目をくりくりさせる。騎士団長の無駄のない指示に心のうちで(かっこいい)と呟き、騎士の機敏な動きに見惚れていた。


 表情を軟化させ騎士団長は再びクリスティンと向き合った。

 

「では、行こうか」

「はい」


 歩き出す騎士団長をクリスティンは追いかける。

 騎士団長はある幌馬車に向かって行く。

 馬の世話をする騎士が騎士団長の姿を見て、ブラッシングしていた手を止めた。


(あの人、ドナルドさんじゃない)

 

 茶系の髪を後ろになでつけ、ひとまとめにしている髪型で、すぐに分かった。

 マクナリー男爵家のドナルドが率いる分隊は、男爵家の城周辺を見回る担当であり、彼らはよく城に顔を出していた。

 

「ドナルド・マクナリー分隊長」


 騎士団長に呼ばれて、「はっ」とドナルドが姿勢を正す。真面目な騎士の顔をするドナルドをクリスティンは初めて見た。物珍しく、じっと見てしまう。


「貴殿の分隊に、カスティル男爵家のクリスティン嬢を案内役として同行させる」


 騎士団長の一言に、ドナルドが仰天する。


「はっ、クリスティンちゃんを! 団長、待ってください。えっ、いきなり、急に、この子も……」


 驚きのあまり、砕けた返答をするドナルドの額めがけ騎士団長の拳が飛ぶ。すれすれのところで拳は止まり、指先でピンと額を弾いた。


「てぇえ!」


 騎士団長のおふざけにクリスティンは目を丸くする。

 ドナルドは額に手を当て、恨めしい目を向けた。


「始めて任務に参加する者がいるのだ、緊張感をもてよ、ドナルド」


 悪戯っぽく騎士団長は口端をあげて、からかうように笑んだ。


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