30:衛撃騎士団②
執務室の扉の前でクリスティンは立ち止った。
(騎士団長様がいるかもしれないのよね)
オーランドに対しては緊張しないというのに、見知らぬ偉い人がいると思うと急にドキドキしてきた。
深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてからノックする。
返事はなく、一呼吸おいてから「失礼します」と、扉を開いた。
室内では、男爵と背の高い女性が窓際にある執務机の手前に立っていた。机に広げた書類を見ながら、なにやら話をしている。
(あの髪の長い女性が、もしかして騎士団長様)
騎士団長が女性とはクリスティンは想定していなかった。瘴気を払い、森から出てきた魔物を屠り、国を衛る仕事のトップなら、オーランドのような壮年の男性が騎士団をまとめていると思い込んでいたのだ。
女性と言えど、騎士服をぴっちりと着こなす姿には隙が無い。大ぶりな剣を腰に佩く姿は、距離を置いていても威圧感がある。
騎士団長と言われても、十二分に納得できる。
見入っていたクリスティンに二人が気づく。
「クリスティンか、ちょうどいいところに来てくれた」
男爵が手招きする。
大人しくクリスティンは近づき、男爵の隣に立った。
「長女のクリスティンです、アマンダ様。
クリスティン、こちらが、衛撃騎士団長のアマンダ様。代々高名な騎士を輩出するティアナン伯爵家の方だ」
青く艶光る黒髪を流す、高身長の美女に見惚れ、クリスティンは思わず、ため息が漏れそうになる。
(強くて、綺麗って……、そんなのありなの)
涼し気な流し目に光る瞳は赤い。
その眼光から放たれる鋭い圧迫感に、クリスティンはいっそう緊張してしまう。
「ほら、ぼんやりしないで。挨拶なさい」
「あっ、はい。初めましてめまして、クリスティン・カスティルと申します」
男爵に横からせっつかれて、クリスティンは頭を下げる。
領地に立ち寄る衛撃騎士団のなかには顔見知りが何人かいるものの、騎士団長と直に会うのは初めてであった。
「よろしく、クリスティン嬢」
「はい!」
脳天から突き抜けるような返事に、アマンダ衛撃騎士団長がほほ笑む。
とたんに女性らしい柔らかな印象に変わる。同性でも惚れてしまいそうになる艶っぽい微笑に、クリスティンはさらに緊張する。
「ちょうど男爵からクリスティン嬢について聞いていたところだったのだ」
「私のことを!」
「今朝方、漏れ出る瘴気の様子を見に行ったのだろう」
「はい、行きました!」
「今回の任務上、森の様子を聞いておきたいと思っていてね。ぜひ、今朝の状況を教えてもらえないだろうか」
どぎまぎするクリスティンは、話していいの、という視線を男爵に向ける。
「クリスティン、今朝の様子をアマンダ様に説明してほしい」
「わっ、わかりました」
男爵からも促され、緊張した面持ちでクリスティンは語る。
森から漏れ出てくる瘴気が朝日が昇っても、森に戻りきっていなかったこと。風に煽られ、目に見えない瘴気が畑地に降りそそいでいる可能性があること。そして、鶏小屋付に足跡のような気になるくぼみを見つけたことを話した。
その話しぶりは、まるで新兵が初めて上官に報告するような、たどたどしさがあった。
男爵は苦笑し、一生懸命語る娘の様子を見守る。
騎士団長は、ただ黙って聞いていた。
話し終えたクリスティンが、ほっと一息つく。
騎士団長は、ふむと顎に手を当てて、しばし考える。顔をあげると、執務机に広げられた地図を指さした。
地図上には男爵家の領地周辺が描かれており、森に添って黒い一線が引かれ、その線上に赤い丸印が幾つか記されていた。
「クリスティン嬢」
「はい」
「今回の逗留における主なる目的は調査である。調査結果をともに、森と人里の境に簡易の防護壁となる魔道具を設置するまでが、オーランド殿下の依頼により為される公共事業だ」
(おいちゃん依頼?)
オーランドの名が出たことで、クリスティンがぴくんと反応する。
騎士団長は話を続ける。
「この魔道具は高純度の魔石を数個埋め込んでいる高価な品だ。瘴気が流れ出た時に、中和する機能を持つが、永続的に使えるものではない。
機能するのが半年か、数年か、予測もできない。あてられる瘴気の質量にもよるのだ。が、一定期間、人里を守る機能はある」
「とても男爵家では用意できるような品ではないんだよ、クリスティン」
「数が限られている魔道具だ。ある程度、今までの記録から設置個所の目星はついているとはいえ、最終判断は現地確認を行ってからとなる」
「そのための調査なんですね」
クリスティンは、空き家の背後に広がる収穫間近の畑地を思い浮かべる。
(それなら今日行った空き家近辺にこそ、いの一番に設置してほしいわ)
そうすれば、畑地は守られ、収穫物も守られる。
民家に住まう人々も安心するだろう。
希望を得たクリスティンの瞳が輝く。
そのきらめきを騎士団長は見逃さなかった。
「そこでだ、クリスティン嬢。今回の調査に、貴女も協力してはくれないかい」
「私が!」
「地図を見てみなさい」
騎士団長が地図上に指を這わし、ある赤い印を指さす。そこはちょうど空き家周辺であり、当然のごとく赤い線で囲われていた。
「地図で見ればこの円は狭いが、実際にはそれなりの広さがある。設置場所によっても、効果は違ってくる。故に長年この地に住み、地域の状況を知るクリスティン嬢に同行してもらいたいのだ。案内役がいてくれた方が、仕事はスムーズに進められるだろう」
(私でも協力できるの!)
領地の役に立てると思い、ぱっとクリスティンの表情が華やいだ。
しかし、そんなことが許されるのかと疑念が押し寄せ、父の顔色を伺うように尻目を向ける。
男爵は眉を歪めながらも、軽い笑みを浮かべていた。
「今回は、案内役だ。現地調査の手助けだと思いなさい。単独での行動は、絶対に控えるように」
「同行していいの、お父さん」
「クリスティンが大人しく案内役に徹すると約束できるならね」
「約束する。約束するわ」
「なら、常に判断は分隊の長に従うこと。集団行動を是とする騎士団で、自由行動は慎むように」
気持ちが昂り、頬を赤らめたクリスティンはうんうんと大きく頷く。男爵は内心、本当に分かっているのかなと一抹の不安を覚えた。
「分かった、ちゃんと約束事は守るよ」
ぎゅっと拳を握り、輝く顔を騎士団長に向けたクリスティンは宣言する。
「私、手伝います。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」
そんなクリスティンを見て、騎士団長は満足そうに微笑んだ。