29:衛撃騎士団①
男爵家の兄弟姉妹はソファ席に座り、紅茶とともにお菓子を食べ始めた。
双子には、温めたミルクに焼き菓子を浸し、さじで細かくしながら、クリスティンとケイトが食べさせている。
双子がもぐもぐする合間に、焼き菓子を食んだケイトと紅茶を口に含んだクリスティンが目配せした。軽く頷きあい、話し始める。
「お母さんはなにをしているのかしら、ケイト。洗濯物を干すにしては時間がかかっているわよね」
「騎士団の方々に城内を案内しているわ。それから、料理人の方に厨房の使い方を教える予定なのよ」
二人は双子の食べる速さに合わせて、口元へ匙を運ぶ。
「厨房は騎士団と交代で使うことになりそう? 時間調整して同じ厨房を使うのも気を使うわね」
「その点は心配ないわ。長い逗留になりそうだから、今回は騎士団の料理担当の方が私たちの食事も一緒に作ってくれるの。それで調味料とか食材とか、うちから提供できるものをお母さんが伝えているのよ」
「王都の料理が食べられるかもしれないんだね。それは楽しみだ」
クリスティンとケイトの会話にロイが口を挟む。
「いつも食べれない料理が食べれるの? 王都の美味しい料理?」
マークも目を輝かせる。
エマが小首を傾げた。
「食材も調味料も変わらないのに?」
「王都の料理人が作るんだろ。僕たちの知らない料理がでてもおかしくないじゃないか」
「期待できないわよ。今回は大人数のため、大鍋で調理するのよ。いつも通り、スープとパンと思っている方が妥当よ」
「えー、つまんないな~」
ケイトの冷静な見解に、マークが口をすぼめ、ロイが苦笑する。
「ケイトは夢がないなあ」
「期待して、いつも通りだったら残念じゃない。ロイ」
「それはそうだけどさ」
「料理を作らなくてすむのは助かるもの、贅沢は言えないわね」
「クリスティンのいう通りよ」
「確かに、食事を作らなくていいのは助かるな」
ロイが噛みしめるように呟く。
「差し当たって、しばらくは掃除と洗濯は私とエマ、厩舎はロイ、双子の面倒はマークが担当することになるわね」
「私も手伝うわよ」
「クリスティンには、別にやることがあるんじゃない」
ケイトから意味深な視線を向けられ、クリスティンの心臓がドクンと跳ねる。脳裏に、男爵に報告に行く、鶏小屋の足跡が浮かんだ。
(私、ケイトに足跡のこと話したっけ……)
空き家の鶏小屋で見たことはロイ以外には話していない。ケイトには、におわせるような話だってしていないはずだ。
「やることって、なによ」
どこでばれたのかしらとドキドキしながら、クリスティンは慎重に問う。
ケイトは得意げに答える。
「荷造りよ」
「荷造り!?」
思いもよらないケイトの返答にクリスティンは目を丸くして、素っ頓狂な声をあげた。
「そう。王都に行くのに、荷物をまとめないでどうするの。クリスティンはまずは自分のことを優先してちょうだい。向こうに行ってから、あれがない、これがないとなって困るのはクリスティンよ」
ピシッとケイトは指摘する。
瘴気や魔物がらみのことでなく、クリスティンは心のうちで胸をなでおろした。
「そうね。荷造りはちゃんとするわ」
クリスティンは穏やかに同意した。
お菓子の甘みが溶け込んだミルクを双子の口に運ぶケイトとクリスティンが最後の一匙を食べさせて、空になったお椀を双子に見せる。「これで終わりよ」と、おやつの時間が終わったことを双子に告げた。
エマとロイがティーセットを片づけ、クリスティンとケイトが双子をおもちゃの傍に連れていく。マークは満足そうに一人掛けの椅子にふんぞり返った。
その時、そっと扉が開かれ、男爵夫人である母が入ってきた。
夫人は子どもたちの様子をさっと見回し、後ろ手に扉を閉める。
「みんな。おやつは食べた?」
母の声が響き、子どもたちが一斉に顔を向ける。「お母さん」と各々が声をあげた。
アンを降ろしたケイトが、母の元に寄っていく。クリスティンも後を追う。様子を見ていたマークが立ち上がり、軽やかにおもちゃの山へ向かう。
二人に変わって今度は、マークが双子の様子を見ている役を担うのだ。
歩きながらケイトが母に訪ねる。
「お母さん、お話は終わったの」
「ええ、終わったわ。ケイトもありがとう。廊下や食堂を掃除してくれて、助かったわ」
母の前で立ち止まったケイトが子どもらしい笑顔を浮かべ、頬を赤らめる。ケイトの頭を軽く撫でながら、近寄ってくるクリスティンに母は顔を向けた。
「お帰りなさい、クリスティン」
「ただいま」
ロイ経由で黙って出かけたことがばれているクリスティンは罰悪そうな表情を浮かべた。
母は気にせずに告げる。
「お父さん、戻ってきているわよ。ちょうど今、執務室に行くと会えるわ」
「……うん」
「お父さんも気にしているはずよ。なにかあっても、なにもなくても、顔を出してね」
「……ありがとう」
(お母さんはなにもかもお見通しね)
諭すように注意するものの、怒ることは少ない母は恐ろしい。ロイがしゃべってしまったように、どこか隠し事がしにくい雰囲気を常に醸している。
クリスティンはおずおずと母に訊ねる。
「お父さんに伝えたいことがあるわ。すぐ行っても、邪魔にならない?」
「それは、瘴気や森についてかしら」
「ええ……」
「お父さんが戻ってきているのなら、すぐ行ってきたほうがいいよ」
言いにくそうな返事するクリスティンの背後から、ロイの声が飛んでくる。
母は二度瞬き、微笑んだ。
「騎士団の方もいらっしゃるから、行ってらっしゃい。クリスティン」
「うん」
母とクリスティンの間に立つケイトが不安げな表情を見せる。三者の交わすさりげない雰囲気から、良くない事態を察したのだろう。
不安にさせたくないクリスティンは微笑んだ。
「大丈夫よ。ちょっと気になることがあるだけ、瘴気がとめどなく溢れてくるとか、魔物を見たというわけではないから。小さなことから綻びって生じてくるでしょう。だからね、気になることを報告したいだけなのよ。悪いことが起こっているわけじゃないのよ」
姉妹の不安をなだめるように、クリスティンはゆっくりと語り聞かせる。
「……心配はないのね」
「ええ。なにもないわ」
(今のところは、ね)
不安にいざなう一言は心のうちで呟いた。
ほっとするケイトの顔を見届けて、クリスティンは再び母を見つめる。
「行ってくるわ。またお父さんに出かけられても、困るもの」
「いってらっしゃい。うちのことは私たちで分担してできるから、なにも心配しなくていいのよ」
母の声音が(大丈夫よ、なんとかなるから)とクリスティンの心に響く。
ほっとしたクリスティンが頷く。
「いってきます」
兄弟姉妹をざっと見回し、満面の笑みを浮かべたクリスティンが、母の横を通り過ぎる。
扉を開き、廊下に出た。
「大丈夫よ。今は騎士団の方々もいらっしゃるもの。なにがあっても、きっとすぐに解決してくれるわ。私たちは、邪魔にならないようにしながら、いつもの日常をまわしましょうね」
子どもたちをまとめる母の言葉を背に受けて、クリスティンは父がいる執務室へと向かい、歩き出した。